5-2 アリアの占い

 セラの学びは文献を読むことから始まった。師の集めた膨大な数の書。世の中にこれほど精霊に関する書物が出版されているとは知らなかった。

 これまでセラが読んだ精霊学に関する本は森の絵本数冊と本格的な物はスコットリドリーの『精霊学』一冊のみ。


 知らない知識を叩き込むだけで膨大な時間を費やした。だが、脳髄を刺激する楽しい作業でもあった。自身の身の上など殆ど忘れ純粋な学問として楽しんだ。


 一冊一冊丁寧に読み終えるたびに、部屋の片隅の本棚へと片付けて、一年も経つとすっきり部屋が綺麗になった。

 本の下から現れた赤い絨毯がシミだらけで汚れていたので勝手に業者に発注して青い物に張り替えたし、立てつけの悪かったドアは職人を呼んで修理させた。


 すっかりと綺麗になった部屋でセラはロッキングチェアに座ると先日リドリーが持ち帰った論文の写しを読んだ。

 南半球の古参の学者がしたためた論文だったが、経脈についての見識が書かれていた。



――この世の理、万物の流れの中に存在する精霊の元。その流れを総じて経脈というが、経脈は精霊のみならず人の中にも流れていて、いずれこの世の生き物は死すると自然に返り、そこに溜まった命の残骸の集合の中から精霊が生まれる。

 精霊は自らのエネルギーを注いで自然を育て、その自然を食することにより動物の中にも経脈が流れる。動物は死ぬと死骸となってまた精霊の一部となる。動植物と精霊は常に流転して、この世界はその交互通行を繰り返しながら続いていく……



 師は昨日、この文献を間違っていると激しく怒鳴りつけたあと屑かごに捨てた。それをセラが今朝拾ったのだ。

 ただ、読んでみるとやっぱり怒鳴りつけただけあって師の考える経脈と本質がまるで違う。


 セラにどっちが本当かは正直判断できない。ただ、やっぱり師を師事している以上これは信ずるべきではないだろうな、と思いながら「これも一つの意見」と呟いて屑かごに捨てた。


 読む物が無くなってしまったので、セラは本屋へ行くことにした。


 石畳の坂道の途中に本屋がある。本屋に寄らず、ずっと上がっていくと天文台があり、そこに年少の子供たちが通う学校が併設されている。師はそこで週四日、精霊学を教えている。

 幼い子供たちが精霊学を学ぶということに初め驚いた。学問として学ぶにはかなり難しい分野で、教える側も手腕を問われる。


 どんな教え方をしているかと興味があり覗いたこともあるのだが、実に懇切丁寧に柔らかく精霊についての基礎を教えていた。

 精霊について学ぶ子供たちの笑顔は幸せに満ち、やはりここは精霊の住まう町ステラなのだ、と意識させられた。


 本屋に入るとセラはまず正面に据えられた目線より高い本棚を上部から眺めまわした。新刊は大抵ここに並ぶ。先日来た時にはなかった本が数冊並んでいた。


 『ヨードルの嘆き』、『浮雲の城』、『トスカの論理』、それらを手に取ると全て購入した。椅子に座り本ばかり読んでいる年老いた店主は釣銭を渡し微かに笑う。


「あんた一日何冊読む気だい」

「お互い様ですよ」

「ありがとな」


 笑い返すとセラは本屋を後にした。


 本は正直高い。一日食えるほどの値段だ。一冊一冊職人が手を掛け模写しているため、とてつもない人件費がかかるのだ。それをどうやってセラが賄っているのか。


 セラは占いをしている。


 この町の占い師は星盤と呼ばれる透明なガラス盤を用いて、反射した星の輝度を測り占うのが一般的だ。星の力が強い場所ならではの方法だと思う。

 星の力が強いのはこの場所が経脈の真上にあるからだというのは何となく過ごすうちに理解した。


 正確にいうとこの地の上空を訪れた時だけ星自身の瞬きが増すという訳でなく、この町の空には経脈の力が吹きあげていてそれを通して見ることにより、輝度が増して見える。と、師がいつだか語っていた。


 ただ、セラは星盤なんて物は持っていない。星盤は占星術を教える学校で一通り学んだあと、初めて所有を許可される物で、その理由は占星術について学んだ者でないと人々の人生に危険を及ぼす可能性があるからだそうだ。

 占いごときに人生が左右されるなんて、ともセラは思うがそれくらいこの町の占いに対する信頼度は高い。


 進路、恋愛、家具の配置、人生相談、読み方を間違えなければかなりの確率で当たる。

 人々が占いをするのは決まって夜、星が見えないと話にならないからだ。

 したがってこの町の夜は非常に活気づく。




 三冊の本を抱えたまま、セラは占い師の多く集う精霊区へと足を踏み入れた。


 自然が多く残る精霊区はひと際経脈の力が強く、占いが良く当たる。経脈が強いということに関しては殆どの人々知らないだろうが、とにかく当たるというのは事実なので、それが人伝に広まり、毎晩競うように多くの占い師が出店している。


 セラはいつもの木陰に寝転び、途中昼休憩を挟みながら夜まで時間をつぶす。

 木陰を好むのはたぶん森の子だからだと思う。背後に木を抱えるとどうにも安心する自分がいる。


 本を読んでいると彼らが耳をくすぐった。


「セラ、占いやらないの」

「夜やるよ」

「今やりたい」


「後でな」

「ねえ、やろうよ」


 セラを取り囲んでいた星の人たちがわらわらとセラの周りに群れた。

 読書どころではなくなったのでセラはパンッと本を閉じると立ち上がった。占いをこの時間やれば非常に目立つ。セラのからくりに気付く人もいるかもしれない。


 だが、自分を手伝ってくれている星の人の機嫌を損ねる訳にもいかなかった。だから、セラはにっこりと笑った。


「よっし、じゃあオレを占ってくれ」


 セラがいつも占いをするのは空に張り出した崖の上。中空に向き合い、そっと手を広げる。目を閉じてそっと心で伝える。



――教えてください。教えてください。私の遺恨を取り去る方法を教えてください。



 すると願いを聞き届けた星の人たちがふわりと浮いて、中空に緑に輝く大きな陣を指で描く。細かい文様が描かれた陣に光が溢れ、それがセラの衣服をはためかせる。


 セラは真っ直ぐに陣を見つめる。陣の中から出てきたのは腰に掛るほど長い黄金の髪をし、柔らかな衣を纏った美貌の女性だった。


「アリア」


 セラの声に女性が微笑む。


「あなたに伝えるべきことはありません」


 ゆっくりとした穏やかな声だ。


「方法は無いというのか」

「私は知らないのです。あなたのような人を知らないのです」


 そこでセラは質問を変えた。


「遺恨を取り去るには謝罪が必要か」

「あなたを許す者はこの世にいません」


 そう微笑むと陣が光を放ちながら解けて、アリアもまたそれと共に消失した。後に残るのは青い空。

 占いはまた、変わらなかった。そう、また変わらなかった。


 セラは少し落胆して、木陰へと戻った。先ほどのアリアへの質問は以前にも聞いたものだった。星の人の力を頼り占いが出来ると知った時、セラはまず初めに自分を占った。

 しかし、種々の正確なことを告げてくれるアリアも遺恨のことに関してだけは何も知らぬ存ぜぬを貫いた。



――ならばオレはいつまで生きられるのか。



 一度聞いてみたいと思いながらも口に出来なかった質問だった。世の中には死期を悟りたい人間も居るかもしれない。だが、大半は違う。

 限りある生を不安を抱くことなく過ごしたいと思っている、セラもまたその例外ではなかった。


 すぐの死が決まっていのであれば知りたいかもしれない。やるべきことがある。だが、セラの遺恨はこの町に来て以降、成長を止めていた。


 ゆえに師はセラの胸の文様は遺恨でないと仮定して研究を進めている。

 遺恨が体に現れると心身に異常をきたす。精霊ののたうつ幻聴が聞こえたり、遺恨が疼いたり。症状が進んでくると殆どの人が日常生活を送ることが困難になり、遺恨で死ぬ前に自身で身を絶つ者もいるくらいだ。

 だが、セラにそのような症状は全くない。


 師はセラの文様の成長についても言及した。遺恨という物は基本的に日を追うごとに成長していく物だ。だが、セラの物は違う。

 これまでに成長したのはわずか二度だけ。どちらも遺恨から光が溢れた時。力が発せられた時にのみ、成長した。


 これを師は、セラの体内におけるエルダーの木の影響が強くなったせいだと解釈した。実を飲んで契約したことによりセラの体内にエルダーの木の力が宿った。

 力を使い、存在感が増していくごとにセラの体はエルダーへの道を辿る。師はその見識を述べた後、長生きしたければあまり使わない方がいいと忠告した。


 また、アリアの占いはどんなにでも解釈出来る。



――あなたのような人を知らない。

――あなたを許す人はこの世にいない。



 エルダーの木と契約した人間はもはや人でないのかもしれない。もしくは人ではあるが、同じ現象を持つ人間はこの世に居ない。

 許すはずの命の森のエルダーはもうこの世に存在していないから、許すなどと言うことは不可能。もしくは死ぬまで許さないということだ。


 考えれば考えるほど、気が遠くなる。

 読書に集中できなくなり、本を閉じた。とうに昼は過ぎて辺りは夕刻だった。 

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