5章 星降る町

5-1 ステラの町で

 星が空を焼いている。

 ステラの星空を初めて見上げた時そう思った。ひと際輝度の強い一等星とそれらの間を埋め尽くす無限の星の砂。空を焼くほど輝いているのは一等星、オーティクス、ベルギーナ、タクト、ヨールス。


 それぞれの星には色があって、一様ではない。赤、黄、白、青、生まれたばかりの星、尽きようとしている星。

 それらの輝きが混然一体となって大地に降り注ぐ。


 この地に来るまでずっと星は儚い物と思っていた。だが、迸る煌めきを前に、もはや儚いなどと言う言葉は浮かんでこない。代わりに浮かぶのは強さ。

 どんなに人が群れてこの大地を席巻しようとも揺るぐことのない強さ。じっと星を眺めているといかに人は力ない存在であるか気付かされる。


 セラがステラの町に来て二年が経とうとしていた。


 船舶での船旅を終えたセラはまっすぐこの町を目指した。夏の始まりだった。

 初めて町に足を踏み入れた時の浮遊感は命の森で感じた物とひどく似ていた。

 町に溢れた精霊を見て確信する。そう、ステラの町には精霊王の生き血である経脈がこんこんと流れていた。

 足元を流れる動脈のように太く力強い光の束、セラにはそれがはっきりと感じられた。ステラは精霊の加護を受けた町だった。




 この複雑な町並みにももう慣れた。通りを歩いているとそこら中で星の人(占星術の精霊)が囁く。


「セラ、セラ」


 この町の精霊は特に人懐っこく、幼い。子供のように好奇心旺盛でセラの姿を見かけるとどこにでもついてくる。初めにうっかり話しかけたのがいけなかった。


「スコットリドリーという学者を知らないか」


 人に問うべきことだったのだろうが、何しろ精霊に慣れたセラはそうしたことへの意識が希薄だった。喜んだ星の人はセラの手を引き、路地裏へと案内した。


 路地に面した石造りの小さな家。訪ねたのは夜だった。

 ノックしたが出てこない。夜なので無礼なのかもしれない。日を改めて出直そう、と思ったら星の人がドアを開けた。キイと木戸が開く。やめろよ、と静かに諌めると星の人は去っていく。残されたセラは仕方がないのでドアをノックした。


「すみません、いらっしゃいますか」


 中を覗くと本が目線の高さまで山積みで、古い紙の匂いが充満していた。入り込む隙間などなく、とても人が暮らしている所には思えなかった。


「ああ、間にあってます」


 中から明るい男性の声がする。何が間にあっているのだろうとセラは眉を顰めた。


「スコットリドリー先生ですか」


 声を掛けると暫くして積み上げた本と本の間から巻き毛の男性が顔を出した。セラよりも華奢な枝のような骨身の男。


「はい、ボクはスコットリドリーです。でも、本は生憎間に合ってます」


 そうだろうな、とセラはため息を吐く。彼の顔をよく見ると目の周りに真っ黒な悪戯書きがあった。


「あの、目が……」


 セラはやんわりと指摘する。彼が目元をこすると掌に真っ黒につく。


「ああ、また精霊たちめ。寝ている間に悪さをしたな」


 そうヒステリックに叫ぶと家の奥へと走って行った。それが精霊学者スコットリドリーとの出会いだった。


 スコットリドリーは精霊の見えない普通の人間だった。あれほどに優れた精霊学の本を著した人物なのであるいは、という期待があったが確認するとそうじゃないとあっさり否定をされた。


 なら、どうしてあのように緻密な本を記すことが出来たのか。その答えは彼の人生にあった。

 彼は若い時から世界各地を巡る旅をして、大地に結びつく精霊の研究を重ね、見える人々の体験を具に聞いて回り、その知識を一冊の本に束ねた。もう、十年以上前の話だと言う。


 世界を流れるように旅した彼がステラに身を置くようになったのはステラが精霊の加護を信じる町だからだ。旅の途中で逗留して感動のあまり町を離れられなくなったのだと言う。それを聞いてセラは不思議に思った。

 世界各地に精霊の加護を信じる町など数多で、しかも実際に加護を受けている都市も微かに存在する。どうして彼がひと際この町に運命的な物を感じたのだろう。


 それは人々の精霊への接し方が寄るところが大きいとスコットリドリーは語った。彼の家へと来る途中セラは家々の前に置かれた小さな枡を見かけた。枡の中には色とりどりの淡い砂糖菓子が山盛り。実はそれは精霊のための物だという。


 町に住む精霊が人目を盗んで砂糖菓子を一つ二つと摘まんでいく。知らない間に砂糖菓子は減り、それを見た人々は精霊が自分の家へとやってきたのだと喜ぶ。

 人々には精霊が見えない。でも、その存在を信じ大切にしている。


 世界には精霊を祀る国が多いが、そう言うのは彼の理想から程遠いという。

 精霊はどこか親近感があり、時にいたずらを好み、また時には人々をそっと助ける。古くから精霊が人々の生活に密接に関わってきた文化がこの町では残っている。だから、好きなんだと話した。


 もうひとつ町に住むことを決めた理由があって、それは占いだという。


 逗留中、彼はこの町で占いをした。この町の占いが当たると言うのは兼ねてからの評判で、元々それにささやかな興味を持って町にやってきたらしい。彼を最初に占ったのは老齢の占い師だった。

 占い師は星盤というこの町独特の占い道具をじっくり眺めた後で言った。


「精霊について学びたければ、この町で暮らすといい」


 学者である身分を明かしていなかったのでそれはそれは驚いたという。興味を持ったスコットリドリーは日ごとに人を変えては翌日の出来事を占って周り、次の日そのどれもが当たる。占いが当たるという町の噂は本当だった。


 その話を聞いて精霊との関連性を掴めなかったセラだが、スコットリドリーに言わせるとそれは案外重要なことらしい。


 精霊の溢れる地、すなわち『経脈』では不思議と占いが当たったり幸運に恵まれたり、往々にしてそういうことがある。この町には間違いなく経脈が流れていると確信する出来ごとだったそうだ。


 幼いころからいつか精霊のいる町で暮らしたいと夢見ていた永遠の少年は瞳を煌めかせ、ステラに住むことを決意した。以後、この町で精霊のことを学びながら精霊学の本を執筆し続けているという。



 

 彼の身上を聞き終えた後、セラはすこし考えてから心を決めて、上着を脱いで胸にのたうつ文様を見せた。


 彼は一瞬驚いたような顔を見せ、「これはすごい」と呟いた。


「精霊に飲まれたときに出来た物です」


 スコットリドリーは科学者の目で真剣に語り始めた。


「精霊が人を飲む。一部で聞いたことがある。だが、助かった人間がいるというのは信じがたいな」


 そう言って「触っていいかい」と尋ねるとそっと文様に触れた。


「遺恨という言葉は聞いたことがあるかい」

「先生の本で知りました」

「なるほど。それでボクを訪ねたのかな」


 セラは静かに頷く。


「遺恨と言うのは精霊に深くかかわった時に出来る、というのが一般的だ。精霊を殺したり、その精神を阻害するようなことをしたりすれば出来るそうだが」


 そう言って近くにあった本を手に取り捲った。


「これは北のトルーという谷間の少数民族の村で見た物だ」


 本に細かく描写された極太のシミの様な文様はセラの胸の文様と少し似ていた。


「この民族はこれが人々に出来るより半年前、谷を覆っていた原生林を焼き払った」

「精霊が住んでいたのですね」

「この文様が出来た後、暫くしてこの民族は皆死に絶えた。年寄り、女、子供、全て。人は時に知らずして精霊の逆鱗に触れることがある。見えないのは仕方ないけれど、昔からそこにある物にはそれなりに意味があるのだよ」


 セラは頷く。


「精霊の宿った木を焼き払いました」


 するとスコットリドリーが目を丸くした。


「オレには精霊が見えます。直接話し、関わることが出来ます」


 そうしてセラは自身の力、旅をするきっかけとなった出来事、身に起きた事の顛末を順を追って語った。




「不思議な白い光……」


 話を聞き終えたスコットリドリーは考え込むように口元に手を当てた。


「人知の及ばない現象はボクにも分からない。光る遺恨など聞いたことがないな」


 そう言ってまじまじと胸の文様を見つめた。


「遺恨と言うものは普通禍々しい。黒くまるで呪いのようにどんよりと広がっていく。だが言われて見るとキミの物はよく見るとすっきりしている。もしかすると違う種類の物ではないだろうか」


「違う種類の物」


「これはボクの仮説だがキミは精霊に飲まれた時何らかの契約をしたとは考えられないだろうか。エルダーの木というのは実に執念深い木だ。キミがいずれ死んで大地に埋まった時に契約した体から芽が伸びてエルダーの木が再び生えるのかもしれない。エルダーの木の目撃例も多くは無いけれど、古い文献にはある。少し調べてみよう」


 そうして、スコットリドリーは二年に渡る長い調査を始めた。

 調査を始めた時彼自身もまさかこれほどに長い時間を賭すことになるとは想像していなかっただろう。ただ、彼は懇切丁寧に調べてくれた。


 時にはセラに熱心に問うたり、様々な文献を読み漁り知識をより深めたり。学者と言うのはそういう人種なのかもしれないが彼はその典型である気がした。

 その間セラは彼に師事し、彼の知る限りの精霊についての知識を学ぼうと勉めた。

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