4章 海を渡る

4-1 密航

 トニヤはロドリアの町に着くと聞き込みを始めた。

 

 目を奪う建物、酔いどれの人の姿、驚くべきものは沢山あったが何しろトニヤはセラを早く見つけねばという思いに息巻いていた。


――黄金色の髪をした少し華奢なセラという少年を知らないか。


 臆せず二、三人に聞いた後、行き当たった昼間から酒に酔った陽気な男が「ああ、覚えてるよ」と大きな声で頷いた。「確かずっと以前にこの町で働いていたよ。町の入り口に近い『ピコット』という酒場だ」と教えてくれた。


 意外にも早くセラが見つかった。


 トニヤは途端に嬉しくなり、元気に礼を告げると町の入口付近へと戻った。

 昼なので店内は真っ暗。客はなく、ひっそりとしていた。


「すみません、どなたかいらっしゃいますか」


 声を掛けるとカウンターの奥から四、五十歳くらいの恰幅のいい女性がエプロンで手を拭きながら顔を覗かせた。


「お客さん悪いね、店は夕方からなんだよ」


 女性はトニヤの姿を見て「おや」と驚いた。


「子供でも来て構わないけど酒は出せないよ」


 そんな冗談を挟みながら戸棚から焼き菓子を出した。カウンターに皿を置くと「どうぞ」と人懐っこい笑みを浮かべた。

 トニヤは困ってしまい俯き加減で皿をじっと見た。


「あの、お菓子は頂きます。でも、そうじゃなくって」

 女性は首を傾げる。


「ボク、セラの弟なんです。兄がここで働いていたとお聞きして」


「セラの弟」

 女性は驚いたように目を輝かせた。


「兄は今どこにいるんですか。ここで働いているんですか」


 女性はトニヤの問いかけに少し困ったような様子を浮かべた後、低い声で丁寧に語ってくれた。




 セラは確かに二年以上前に二カ月程酒場で働いていた。だが、今この街にはいない。事情があって北の大陸ノーザンピークへと渡ったという。

 向かったのはステラという占星術師の町だそうだ。


 ノーザンピークという名前の知識はぼんやりと、ステラに及んでは名前も聞いたことがなかった。今いるのが南の大陸で、セラが向かったのは北の大陸。一体どれほど遠いのだろうと想像した。


 女性の語る『事情』というのも気になった。セラがどこかへ向かわなければならない事情を抱えている。それが何なのか聞くと女性は話しにくそうにして断片的に教えてくれた。


「アタシも詳しくは知らないよ。何か知り合いは呪詛だと言っていたね。精霊から呪詛を受けたと。セラの胸に大きな刺青があるだろう。アレはどうやら精霊の呪詛らしいんだ。その呪いを解くために精霊に詳しい学者さんを訪ねて行ったんだ」


 トニヤはひどく混乱した。自分が馬鹿なせいか、もしくは知らないことが多すぎるせいか彼女の言っていることの大半が理解できなかった。


 そもそもセラの胸に刺青などない。だが、彼女が嘘を言っているとは思わなかった。


 精霊と関わったセラがどのタイミングでかは分からないが森で呪詛を受けた。それを自分たちには隠していた。

 ここからはもっと想像になるのだが、大樹を焼いたのはそのせいなのかもしれない。


 あまり明け透けな方ではないし、反って秘密は多いセラのこと。きっと自分ひとりで解決しようとしているに違いない。拙い頭の中で推理するとトニヤは声を上げた。


「どうやってステラへ行くんですか」


 女性はやや不安そうな顔でノーザンピーク行きの船を漁港で見つけて乗せてもらうしかないね、と教えてくれた。女性の息子も船舶に乗っているそうだが、今は生憎外洋に出ているらしい。


 礼をして店を出ようとすると「あんたホントに行くのかい」と問われた。そこで少し考えた。セラが居るのであれば何としても会いに行きたい。でも、大陸を離れて、海を越えノーザンピークという未知の大陸に渡るという壮大な旅をするとは夢にも思っていなかった。

 ただ、自分は母にセラを連れて帰ると約束した。その約束が背中を押した。


「会いに行きます」 


 そう言うと店を後にした。


「幼いねえ」

 女性の心配げな呟きはトニヤには聞こえなかった。




 漁港に停泊中の船は多くトニヤは片っ端から声を掛けた。ノーザンピークに行きたいんだと。だが、殆どの漁船は危険な外洋を超えて旅することはないと言う。ほとんどが地元の船だった。


 そこで、トニヤは作戦を変えた。外洋で漁をする様な大型漁船を見つけて乗せてもらう。今度は船を選んで声を掛けた。すると暫くして外洋に出るという大型漁船が見つかった。


 トニヤは事情があってノーザンピークへと渡らなければならない、だから乗せてほしいと頼み込んだ。


 相手をしてくれたのは網を修理中の年配の男性だった。痩せていて、だが筋肉が浮き上がっており日に焼けて短髪の白髪。眼鏡の奥の鋭い眼でトニヤの全身を品定めするように見た後「乗せられない」と無愛想に言った。


「どうしてですか、お金なら払います」

「金の問題じゃない」


 そう言うと網へと視線を戻した。


「船に乗せるなら、労働力として雇う。だが、坊やはひ弱すぎる」


 トニヤは膨れた。別に好きでひ弱なわけじゃない。それにセラよりはずっと逞しいはずだ。


「一生懸命働きます。だから乗せて下さい」


 トニヤがしつこく縋るので男性は呆れ顔でため息をついた後、こう言った。


「どれだけ頼み込まれても船には乗せん」


 立ち上がるとトニヤには目もくれず、歩き去ってしまった。


 途端に悲しさが込み上げる。目から涙が零れた。老人の口調がきつかったせいもあるが、このままではセラに会えない。希望が寸断されて、急に距離が遠のいた気がした。

 自分は森にも帰れないし、セラの所にも行けない。自分の境遇があまりに惨めで、しゃがみこんでしとしとと泣いた。



       ◇



 ロドリアでのひと月の休息を経て、セレス号は長い航海へと乗り出した。


 この近辺では一番の大型漁船、乗組員は総勢十七名。十七名の中には生涯を賭して働いてきた熟練の漁師も含まれていれば、ようやく産毛が取れたばかりの人生のひよっこもいる。

 漁をしながらその都度寄港して魚を売り捌き、ティエリア海を二年かけて一周する日程で、ひよっこはその期間を経て一人前の漁師へと成長する。


 セレス号がこの海域で狙っているのはシピという中型魚。シピはドムドーラ(南の大陸)では良く食べられる白身の魚で、どんなに調理しても美味く安い。各家庭でも頻繁に食べられる魚だ。


 今回の航海で初めてとなる底引き網を巻き上げ、ジャンクは息を吐く。

 初めての経験をする新米漁師たちはまだまだ使い物にならない。怒鳴りながら巻き上げを教え、これから鮮度がいいうちに皆で魚を外さなくてはならない。これが毎度骨の折れる作業だ。


 網外しを取りに倉庫の扉を開けてジャンクは目を丸くした。


「いたたたたたっ」

「お前、乗せないと言ったのに潜り込みやがったな」


 ジャンクは小さな少年の髪の毛を引っ掴み倉庫から引きずり出すと甲板へと叩きつけた。トニヤは涙目で頭を押さえた後、髪が抜けていないことを確認した。


「魚の餌にしてやる」

「子供か、いつの間に」


 船長のディードが驚いたように呟いた。




 乗船を断られたトニヤは少しの食料を持って夜中にそっとセレス号に乗り込んだ。大きな倉庫を見つけそこに置いてあった網の下に身を潜め、漁船が航海へと乗りだすのを待った。


 漁に行かないのなら何日でも待つつもりだった。ただ、一週間しても出港する気配はなく、何しろ網は生臭い。待つのに疲労して眠りこけている所をこの度ジャンクに見つかってしまったのだ。


 髪を撫でつけながらとトニヤが視線を上げると目が覚めるような鮮やかな青がすうっと視界に飛び込んだ。思考が止まる。途切れることのない青い空と青い海、耳に澄み渡る鳥の鳴き声。

 ぐるりと周囲を見回してそこが海洋であることを悟った。


 嬉しさのあまり、糾弾されているのも忘れて、目を輝かせながら縁から海を覗きこんだ。吸い込まれるほどに美しい煌めく海水。心を惹きつける不思議な香りがする。人生で初めての感動だった。

 乗りだして「とっても綺麗だ」と呟いていると背中を強く押された。トニヤは海に落ちた。




「ひどいや、突き落とすなんて」


 操舵室でトニヤは不機嫌さを隠しもせず、借りたタオルで頭をすっぽりと包み髪を拭いた。


 突き落とした張本人のジャンクが不機嫌そうに足を組んで木の丸椅子に腰かけている。隣に立っていたディードが笑って悪かったねと言った。


「さてキミの密航の理由、聞かせてくれないか」


 トニヤはぶすっとした顔を緩めると自身の抱える事情を話した。

 トニヤの長いようで短い話を聞き終えたディードは確認するように言った。


「となるとキミは家出したお兄さんを呼び戻すためにノーザンピークへと行くのかい」 

 トニヤはこくりと頷く。


 話の殆どは色々と誤魔化した。話しても上手く話せる気はしないし、精霊がどうとか何か自分で考えていても正直良く分からない。セラを探しに行くのは本当だし、まあ大丈夫だろう。


「ダナンでこいつを降ろす」


 ジャンクがトニヤ以上に不機嫌な様子で言った。


「まあまあ」

 ディードが笑う。


「キミの希望通りノーザンピークまで運んであげてもいい。その代わり懸命に働くんだよ」


 トニヤの目がぱあっと輝く。同時にジャンクが驚いた様子を見せた。


「彼くらいの年で働いている子もこの船には居る。心配ないよ」

「ちっ」


 ジャンクは舌打ちをして頭を掻いた。


「ボクはこの船『セレス号』の船長ディード、彼は最古参のジャンク。キミは?」

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