1-3 長老

 セラは朝になり長老の家を訪れた。朝食が済んで昼を待とうという時間帯だ。

 門前には警備の大人が二人いた。


「何用だ」


 異物を嫌うような蔑みにセラは不快感を抱く。


「大事な話があります」

「それはここで言えないことか」


 話すつもりはなかった。伝えれば会えなくなる。二人は多くを伝えないセラを訝しんでいたが一応来客であるので要件を抱えて長老に会いに行った。五分後戻って来て、入れと仏頂面で言った。




 通された居間はおそらく森の家々の中で一番の広さだろう。赤と緑の混じる綿の織物の上に座り、セラは頭を下げる。


「セラ、何用じゃ」


 長老の姿を見るのは昨年の狩猟祭以来だった。腰元でパチリと切りそろえられた白黒の混じる髪の毛は薄汚く、肌は褐色。額に赤と白の布を巻いて首からぶら下げた大きな丸の金の首飾り。

 昨年に増して体は年老いたようだったけれど、眼光は鋭く相変わらずの厳しさを湛えていた。


「父のことを聞きに来ました」


 セラは昨夜眠りながら、結局話題は父のことにすることに決めた。わざわざ会って天気の話などするわけにもいかないし、でも学業の相談というわけにもいかない。

 長老が父の安否について知っているのであれば、きっと何らかの反応を示す。それが真実への近道になるはずだ。


「そなたの父は森を出たはずじゃが」

「ええ、それは知っています。でも長老はそれ以上を、真実を御存じなのだと思ってまいりました」


 僅かに光彩が揺れる。それをセラは見逃さなかった。


「何も知らん。森を捨てた者のことなど議論するのも耐えがたい」

ふてぶてしいとも思えるその言葉に怒りを覚えそうになったが極めて努めて平静を装った。

「そうですか、申し訳ありません」

「もうよいな」

「大樹についてもお聞きしたいのですが」

「大樹?」


 長老は眉尻を吊り上げてより一層表情を険しくする。


「昼間、大樹の根元に行こうとしたらと大人に止められました。どうして子どもは近づいてはいけないのです」

「神聖な大樹に万が一のことがあってはならん。子供のいたずらで大樹に傷がつくなど以ての外」


 最もらしい意見を述べて払おうとする意思を感じた。セラの嫌いな言い訳だ。


「父はそこにいるのだと感じました」


 途端に長老の呼吸が荒くなる。

「戯言を。妄言を申すな」


 セラは黙るとじっとその様子を見つめる。


「もう帰れ。そなたと話していると不快だ」


 怒りに満ちた顔へ向けて、セラはそっと言葉を紡ぐ。


「……たったひとりでいいのです」


 長老が動揺して目を見開いた。信じられぬ物を聞いたような目でセラを見る。


「たったひとりでいいのです」

「お前は何を言っている」


 瞳が震えひどく怯えた様子だった。声まであからさまに動揺し、それを見てセラは確信する。


――あれは真実の物語であったのだ、と。


「いえ、別に。ありがとうございました」


 そう言って立ち上がるとセラは長老宅を後にした。




 セラはその足で精霊の泉へと向かった。手には握り締めた長老の髪の毛。話をしながら気取られぬよう手で床を探り、何とか見つけられた。


 泉にはセラを歓迎するようにたくさんのコケの人々が集っていた。セラの姿を見つけるとふわりと近寄り、ほとりに屈んだセラの腕や首にまとわりついて大人しく泉に目を向けた。


 セラは払いもせず、右手をそっと運び髪の毛を泉の中で放した。長い白髪はたゆたいながら水底へと消えていく。しばらく待っていると泉の水面に色がゆらりと浮かんできた。マーブル模様が掻き混ざり、それは徐々に絵をなしていく。映し出されたのは赤と緑の綿の織物――長老の自宅であった。



       ◇



「ロアよ、今年の供物はお前に決まった」


 長老の声だ。長老が見据えているのはセラの父、ロアだ。周囲には数人の森の大人たちが立っている。長老の姿が見えないことから察するにどうやら、長老の視点での記憶らしい。


「この間のことをまだ怒っておいでなのですか」

「何のことだ」


 父の怒りが含まれた質問に長老が白々しい声で答える。


「エルダーの木を切るよう進言したのは森の住民たちの為です」


 木を切る、セラは父のその発言を耳に焼き付けるように聞いた。


「お前は千年前の約束を分かっていない」

「千年前が何です? もう千年たっているのですよ。エルダーに心を支配され、これからも生きて行くのですか」


 父の表情は見たことの無いほど険しい物だった。


「お前はわが祖先のことを馬鹿にしているのか」


 即座に父が反論する。


「私は未来の話をしているのです。森の脅威を未来を生きる子たちにも背負わせるおつもりですか」

「我々はこれまでずっとエルダーの木の加護により無事生きてこられた。森に住まわせてもらう代わりにその身を奉げるのは当然のこと」


「ではあなた様が奉げればよい」


 父の怒りに間髪いれず長老が答える。


「今年はお前に決まったのだ」


 父は俯き口を悔しそうに引き結んで、握り締めたこぶしを震わせた。


「嫌か、嫌ならばシーナでも良いぞ。あれは生産的でない嫁だ」

「あなた様は卑怯だ」


 父は苛立ちをあらわに吐き捨てる。


「私とて辛いのだ」

「……森の決定には従います」

「一週間やろう。その間に心を決めるが良い」


 水が再びマーブル模様になり今度現れたのは大樹だった。



「エルダーマザーよ、供物を連れてきた」


 長老の声だ。そばには後ろ手に縛られて俯いた父と取り囲むように立つ数人の森の大人たちがいる。話しかけた大樹の上から格の高そうな薄緑の植物のベールをかぶった妖艶な精霊が降りてきてゆっくり微笑んだ。

 彼女がエルダーマザーなのだろうか。


「覚悟は出来ていますね」


 そう言って父の頬に触れる。父はエルダーマザーをにらみつけて、化け物がと呟いた。


「失礼をよさぬか」


 長老が咎めるように言う。


「皮肉なものですね。毎度住民を見送ってきたあなたが今度はその命を奉げるというのですから」


 そう言ってエルダーマザーが取りだしたのは小指の先ほどの赤い実。父が動揺を露わにした。


「エルダーの実のことは知っていますね」


 父は返事もせず、顔をそむける。

「さあ、飲むのです」


 父は差し出されたエルダーの実から顔を背けて拒んだ。その様子を見ていた長老が語りかける。


「ロアよ、嫌われ者のセラを連れてくるか」


 父は目を見開いて目元を歪ませると苦々しげな表情でエルダーの実を飲んだ。


 エルダーの木の前には人が入れるほどの深い穴が掘られてあった。父はそこに自ら飛び降りると穴の中にひざまずいて天を煽り、祈りをささげ始めた。


「ああ、神よどうか。私の愛する家族に永遠の恵みをお授けください。私がどうか安らかに天国に旅立てますように」


 大人たちの手で穴の中へと投げ入れられる浅黒い土。肩や頭に乱暴に飛び散り、足元が埋もれようとも父は祈りを止めない。


 あとは頭だけという時に父が声を震わせ、ううっと唸ったあと爆発したように大声で泣き叫び始めた。


「いやだ、死にたくない、死にたくない、死にたくない」


 耳をつんざくような聞くに耐えがたい叫びだった。セラはそれ以上見ていることが出来ず視線を泉から逸らした。


「ね、あなたのお父さんはこの森に居るでしょう」


 目を向けると泉の精霊が姿を現していた。セラは疲れ切った視線を向けた。


「これをオレに教えてどうするつもりだ」

「どうもしないわ。あなたが真実を知りたがったのでしょう」


「父には会えない。そのことは分かった」

「会いに行けばいいわ」


 泉の精霊は小花のように微笑む。


「どうしてそんなことを言うんだ。人を惑わして喜んでいるのか」

「別に」


「エルダーマザーとは一体何だ。なぜ事実を教えた」


 すると泉の精霊は透き通るような声で言った。


「もうこの森には飽きたの」


 僅かばかりの微笑みを残して泉の中へと姿を消した。


 父の残酷な死の真実を知ったセラは長老以上に大樹を憎んだ。この森の全てを支配するエルダーの木。これまで幾人の森人たちがその尊い命を奉げたのだろう。

 セラが生まれてすでに十五人の命が失われている。


 何も知らなかった。何も疑わなかった。大人たちがひた隠しにしてきた森の秘密。


――この森でみんなずっと生きていく。ずっとずっと生きていく。


 それを思うと吐き気がしてきてセラはほとりでうずくまった。

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