第8章  1945年 マイナス18 - 始まりの18年前 〜 2 昭和二十年 春(3)

 2 昭和二十年 春(3)

 



 言われた通り駅に着くと、彼はすでに改札口に立っている。ところが智子が駆け寄るなり、突然コーヒーを飲んで帰ろうと言い出した。それから駅前通りにあるカフェ目指して、自分だけさっさと歩き出してしまうのだ。

 本当ならすぐに帰って、もう一人の家政婦と夕食の準備に取りかからねばならない。

 それでもコーヒーなんてずいぶん久しぶりだったから、

 ――一杯だけ飲むくらいなら、きっと大丈夫よね……?

 そんなふうに思って、智子は慌てて男の後ろについていった。

 そうしてカフェで待ち受けていたのは、あまりに予想外の展開だ。

「結婚して、もらえないか?」

 なんの前触れもなくそう言って、あとは智子の顔を穴のあくほど見つめている。

 だいたい智子は十八歳にもなってない。なのに二十八歳からプロポーズされて、それも知り合ってまだ数ヶ月というのにだ。

 ただ、彼のそんな気持ちに、これまでまったく気づかなかったというわけじゃない。

 好かれてる? くらいはなんとなくだが感じていたのだ。しかし十歳以上の年の差だ。まさかこんなことになるとは夢にも思っていなかった。

 聞けばこの時代、十五歳になれば結婚自体はできるらしい。

 だからと言って、智子の感覚では結婚なんて遠い未来のお話だ。

「少し、考えさせてください」

 もちろん受ける気などなかったが、まずはそう返しておくのがベストだろうという気がした。

 ただの気まぐれだってこともあるし、明日になれば気が変わっているかもしれない。

 ――だいたい、あの母親がこんな結婚を許すんだろうか?

 そんなことまでを考えて、とりあえず断ることはしなかった。

 ところがそんな心配が、予想もしない形で智子自身に降りかかる。

 その翌朝、彼が仕事に出かけてすぐのことだ。智子は彼の母親に呼び出され、呆気なくクビを言い渡される。

 どこの馬の骨とも知れない女を、息子の嫁にするなんてとんでもない。

 一言で言えばそんな理由で、智子がたぶらかしたと言わんばかりの言い方だ。もちろんそんな気はないと必死になって説明するが、到底ちゃんとなど聞いてはくれない。

 剣幕は最後の最後まで収まらず、

「今後一切、息子に近づかないでいただきます!」

 こんな言葉をピシッと放ち、さっさと部屋から出ていってしまった。

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