第8章  1945年 マイナス18 - 始まりの18年前 〜 1 日記、知らない時代(3)

 1 日記、知らない時代(3)

 



 女がいきなり向き直り、その勢いのまま智子に突進、体当たりをみせたのだ。

 ドシンという衝撃。壁に勢いよく突き飛ばされる。さらにその反動で、床に頭を嫌というほど打ちつけた。

 その時、一瞬だけ意識が遠のきかけるが、激痛のおかげか幸い気を失わないで済んだ。

 ところが次の瞬間、目の前が劇的に明るくなるのだ。まるで七色のスポットライトが当てられたように、その眩しさは以前確かに経験したものだ。

 このままこうしていると、エレベーターに乗った時のようになる。そう悟ったところで、智子はさっき目にした数字を思い出した。

 女の手元に浮かんだそれは、すでに20ではなくなっていた。

 ――ダメ、そんな昔に行っちゃったら、わたし生きていけないじゃない!

 あまりの恐怖に突き動かされ、懸命に立ち上がろうとしたまでは覚えていた。ところがそこから記憶が曖昧で、床を這い、必死に表に出ようとしたと思う。

 ふと、目を覚ますと地べたに倒れ込んで、辺りは妙に薄暗かった。

 あれから、どれくらいが経ったのか……?

 ――あそこから、落ちちゃったの?

 必死に表に出ようとして、階段途中から転がり落ちたか? 

 そうなんだろうと智子は思い、うつ伏せのまま顔だけを上に向ける。するとマシンは消えていて、あの女が一緒じゃなかったというのもすぐ知れた。

 剛志に買ってもらった洋服は、風呂敷に包んでマシンの中に置きっぱなしだ。

 しかしあの腕時計はしていたはずで、それが気づけばなくなっている。落ちた拍子に外れたのなら、この辺りのどこかに落ちているはずだ。

 ところがいくら捜しても見つからない。さらに肌身離さず持っていた学生証までが、どこにも見当たらなくなっていた。

 となれば、理由はどうあれ気を失っているうちに、あの女が持ち去ったということだろう。

 そうしてその日から三日間、智子はその場に居続けるのだ。トイレなんてないから茂みで済ませ、唯一水だけを飲みに近くの民家まで歩いていった。

 そこは元の時代で、同級生が住んでいた藁葺きの家。庭がずいぶんと広く、その片隅に屋根付きの井戸があったのだ。

 夜は納屋に入り込んで眠り、夜明け前には元のところに慌てて戻った。

 もし、あれがまた戻って来たら、すぐに乗り込んで数字を18にする。そんなことをただただ念じ、昼間はできるだけ岩のそばに居続けた。

 そうして三日目の朝だった。

 目を覚ましてすぐに、身体の異変に智子は気がつく。

 あちこちの節々がギシギシ痛んで、熱っぽいのに寒くて寒くて堪らない。

 とはいえだ。このまま納屋にいるのは絶対まずい。だからフラつきながらも立ち上がり、懸命に納屋から抜け出し歩き出した。

 この時代の人間に出会いたくない一心で、岩までの道筋を力の限り歩き続ける。

 ――お願い、あともう少し!

 林に続く道に出て、何度も心の中でそう叫んだ。

 ところが林に一歩足を踏み入れ、辺りが急に真っ白になる。

 え? と思う間もなく、智子の意識はどこか遠くへ消え失せた。

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