第6章  1983年 プラス20 – 始まりから20年後 〜 4 平成三年 智子の行方(7)

 4 平成三年 智子の行方(7)

 



 あれ以外にも、違う角度から撮られたものも多数あったと、彼は言った。しかしそれらどれもこれも、劣化が相当激しかったらしい。あれだけが、なぜか防腐剤と一緒に油紙に包まれ、たった一枚だけ保存状態が良いまま見つかっていた。

「きっと父も、あれが気にはなっていたんでしょうね。もしかしたら警察内でも、それなりに注目を浴びたのかもしれません。しかしなんせあの時代ですから、女性のことも、もちろんあの時計のことだって、大した調査もせずに捨て置かれたんだと思いますよ」

 そう言って、彼はやれやれといった感じで腕を組んだ。

 高城氏も当初から、あの写真に注目していたわけではないらしい。

 半年ほど前のこと、〝不思議な写真〟募集の記事を見つけて、彼は放っておいた古い写真を思い出した。それを虫眼鏡片手に眺めて初めて、写っている時計の不可思議さに気がついたのだ。

 しかしいくら考えても、納得のいく説明などつくはずがない。そこでテレビ局に写真を送り、放送後の問い合わせに些細な期待を込めたのだった。

「わたしなりにいろいろ調べ始めたんですが、もうほとんど記録も残ってなくて、結局あの時計のことは、残念ながら何もわかりませんでした……」

 しかしそれでも、さすがに大学教授だというべきだろう。写真の女性が米兵専門の娼婦〝パンパン〟で、場所は父親の担当地域だった新宿周辺だと判明する。

「結局ね、彼女は客に殺されてしまった。もちろん殺した方は日本人じゃない。だからおとがめなんてなしでしょう。殺された理由だって、きっと金を払おうとしなかったとか、そんなんで、悪態をつかれカッとなったとか……だいたいが、そんなことですよ」

 話していくうちに、嫌な記憶が蘇ってきたのだろう。急に険しい顔つきになる。それからあらぬ方に顔を向け、ふうーと大きく息を吐いた。そこでいっときの沈黙があり、剛志はここぞとばかりに切り出したのだ。

「あの、写っていた女性について、何か知れるようなものがありませんか? 放送された写真以外に何かあれば、ぜひとも見せていただきたいのですが……」

「申し訳ないです。しっかり探せば、もしかしたらもっとあったのかもしれません。ところがなんせ、何から何までごちゃごちゃだったんです。戦前の資料なんかとも一緒くたでして、だからあの時は、取っておく意味などこれっぽっちも感じなかったんですよ」

 そこで一旦言葉を止めて、高城氏は申し訳なさそうに下を向いた。

「ただ、油紙に包まれていたあの写真だけは、やっぱり気になって残しました。あとはほとんどぜんぶ、ここの庭で燃やしてしまったんです……」

 それでも、燃え盛る炎に焼べていくたびに、時折気になったものには目を通していたらしい。

 その中に、名前のような走り書きを見つけて、それだけは燃やさずに取っておいた。

「これがそうなんですが、これが本当に、あの女性について書かれたものかどうか、実際のところ、わたしにはなんとも言えません……」

 もしかしたら、メモ書きのように使っただけかもしれない。そんなことを口にした後、

 ――で、あなたは、どう思いますか? 

 そんな目を向けながら、剛志の前に一枚の写真を差し出した。それは茶色く変色していて、それでも同じ時に撮られたものだとすぐにわかった。多少角度は違っていたが、やはり浴衣姿の女が写真中央に写っている。

 そうしてほんの数秒後、写真がいきなり裏向きにされた。

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