第6章  1983年 プラス20 – 始まりから20年後 〜 4 平成三年 智子の行方(5)

 4 平成三年 智子の行方(5)

 ――どうして……こんなところにいるんだよ……?

 米兵相手の娼婦、そんなことがあるわけない! 何度も心でそう叫んだが、目に映るあれは紛れもなく剛志の記憶にあるものなのだ。

 成城のブティックを出た時のことだ。辺りがずいぶん暗かったので、時刻を知ろうと腕時計のライトを点灯させた。すると智子が驚きの声をあげ、

「え! それって、夜になると明かりが点くんですか?」

 そんな声に、彼は素直に嬉しくなった。だからさっさと自分の腕から時計を外し、目を丸くする智子の手首にデジタル時計を巻いたのだ。そして、なんということだ。今この瞬間、テレビ画面の中央に、まさにそのデジタル時計が映ってる。

 きっと、持っていた人間じゃないとわからない。八年間、ずっと身につけていた剛志には、時計上部にあったロゴさえ記憶の隅に残っていた。そうだと思って見ていると、〝デジタルクオーツLC〟という英字がそこそこしっかり見えてくる。

 ――間違いない……これは、俺が渡した腕時計だ……。

 きっと電池が切れたのだろう。本来時刻が表示されるところは空白で、曜日のローマ字も消えている。それでもこれは、剛志のしていたデジタル時計そのものなのだ。

 どうして戦後すぐという時代に、こんな時計が存在したか? 番組が言いたかったのもまさしくこれで、さらにもし、これが腕時計でないのなら、いったい何に使うものか?

「確か、ウルトラ警備隊が、こんな感じのを手首に巻いてたよ」

「そうそう、パカッと蓋が開いて、そこに話す相手が映るんだよな。確か子供の頃、そんなオモチャを買ってもらった覚えがある」

 そんな会話から始まって、その後的外れな議論がしばらく続いた。ところが剛志はそれどころじゃない。次から次へと疑問ばかりが浮かび上がって、頭を抱えて考え込んだ。

 ――どうして智子は、そんな昔に行ったんだ?

 その結果、今から四十三年も前、昭和二十三年の春にどこぞの裏通りで死んでいた。

 どうしてそんなことになったのか? 剛志も二十年前に戻ったし、智子のもとへマシンを戻す時にも、数字には一切触れていない。だから数字を反転し忘れ、そのまま二十年先に行ってしまうなんてことならありそうなことだ。

 ――なのにどうして、彼女は三十五年前なんかに?

 昭和二十三年ってことは、昭和五十八年から三十五年も前になる。

 あれは同じ場所、時刻にしか――少なくとも、剛志が知りうる範囲では、だが――行くことができない。であれば、智子の行き着いた日も三月十日のはずだろう。

 そして写真が撮られた〝春〟という季節とは、せいぜい六月の梅雨前くらいまでを言う。つまり昭和二十三年に行ったとするなら、智子はたった数ヶ月で死に絶えたということだ。

 さらに言うなら、

 ――たった数ヶ月で、あんなに太ってしまうものか?

 突然あんな時代に放り出されて、誰であろうと痩せてしまうのが普通だろう。なのに写真の女性は智子より、優に三十キロくらいは太って見える。それにあのデジタル時計にしても、たった数ヶ月で電池切れなどになるものか?

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