第6章  1983年 プラス20 – 始まりから20年後 〜 4 平成三年 智子の行方(2)

 4 平成三年 智子の行方(2)

 



 ――ってことは、写真の一枚くらいは飾ってあるかも……?

 昨日の朝までは、リビングにある棚に、節子と一緒の写真が飾られていたはずだ。

 きっと場所は違ってる。それでも一枚や二枚なら、女との写真だってどこかに飾られているだろう。そう思ってやっと、剛志は靴を脱ぎ捨て、玄関からリビング目指して歩き出した。

 トイレ正面の扉を開けると、いつもと変わらず特注の飾り棚が目に飛び込んでくる。その横から壁一面に大きな窓が続いて、剛志は足を一歩踏み出し、視線をゆっくり右へ向けた。

 すると革張りのソファーの向こう側に、今年始まったデジタル放送対応の大型テレビがちゃんとある。それがちょうど剛志の方を向いていて、真っ暗な画面に彼の姿がはっきり映った。

 ――あれ?

 画面に映り込んだソファーの上に、そこそこ大きな何かが横たわっている。

 最初バッグの類と思ったが、よくよく見ればそんな程度の大きさじゃない。はっきり映る白いソファーに、まるで人が寝ているような黒い影だ。

 ――誰か、いる?

 見れば見るほどそれは人で、となればそんなのが他人であるはずがない。

 外出なんかしていなかった。それでは具合が悪いのか? 

 まさか昼間っから寝こけているだけか? 

 うっすら顔っぽいところを睨みつけ、剛志はイラついた気分でそんなことを考える。

 ――いったい、どんな女だよ?

 なんだか無性に腹が立ち、足早にソファーに向かって歩いていった。

 高揚感はなく、ソファーの後ろから覗き込む瞬間も、まるでどうってことのない感じだった。

 ところがその顔を眺めた途端、どうにも冷静ではいられなくなる。

「嘘だ!」「嘘だ!」と十回は言って、「本当かよ!」と、二回は大声で叫びたいと思った。

少し大げさだと我ながら思うが、実際このくらいの驚きなんだから仕方ない。

 ――とにかく、ここを出なきゃ!

 もちろん音を立てないように気をつける。ところがあまりの緊張に、リビングを出た途端、思わずバタバタと走り出してしまった。

「あっ」と思った時には後の祭りで、そこから全速力で長い廊下を走り抜けた。

 なんと、ソファーで寝ていた人物こそが、節子本人だったのだ。

 さっき一緒だった時の格好のまま、化粧も落とさずしっかり寝息を立てていた。

 ――なんなんだよ! 人騒がせなヤツだな!

 などと思いながら玄関を飛び出し、剛志は再び岩のところまで走って戻った。マシンの消え去った岩に腰を掛け、溢れ出ようとする涙を必死に堪える。

 きっとさっきの物音で、節子は目を覚ましたろう。となればそう経たないうちに彼女はここへもやって来る。そう思って堪えようとするが、どうにも涙が止まってくれない。

 そんな状態の彼に向け、やはり節子の声は容赦ない。すぐに剛志を呼ぶ声がして、座ったまま後ろを向くと、笑いながら歩いてくるのが遠くに見えた。

 剛志は慌てて立ち上がり、涙の跡を消し去ってから節子の方へ顔を向ける。そうして届いた彼女の声は、幸福の調べのように剛志の心に伝わり響いた。

「あなた、まだそんなところにいたの? わたしね、けっこう疲れちゃってたらしくて、ちょっとだけ座るつもりが、知らないうちにソファーで寝ちゃってたらしいのよ。それでねえ、もうすぐお昼なんだけど、あなた、何か食べたいものある? 退院祝いに、あなたの食べたいやつを頑張って作るわ」

 そう言って、彼女は満面の笑みを見せたのだった。

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