第4章  1963年 - すべての始まり 〜 8 智子の両親(2)

 8 智子の両親(2)




 業界で言うところの一番地、すなわち店内で最高にいい場所で打ち出されたのだ。ところが三日後には奥の方に追いやられ、返品となる数日前にはダイナミックに間引きされる。そうして残った数点も、大手メーカーの専属ラックに押し込められてしまった。

 きっと、何かを間違えた。

 それでもあと五、六年もすれば、流行についての記憶も段違いにハッキリしてくる。けれどそうなった時、世界が記憶通りに動いてくれる保証はないし、さらにもし、剛志の記憶が間違っていれば、またまた小柳社長に悲しい思いをさせるのだ。

 ――もう二度と、彼に迷惑はかけたくない!

 だから誰もいない時間を見計らって、剛志は社長の机に辞表を置いた。迷惑をかけたという詫び状を添えて、さっさと庭にある事務所を後にする。

 それからすでにひと月経って、連絡先にしておいた児玉亭には何度か電話があったらしい。

 しかし剛志はそんな電話を無視し続けた。

 そうして今日、この時代で正一と出会って以来、初めて林に向かって歩いている。

 きっともう、マシンは戻ってこないのだ。智子がマシンの操作を忘れたか、何かに邪魔され戻れなかった。だからと言って、すぐに何か始めようなんて気にもなれない。だからしばらくは、この世の中を観察し、もしも記憶通りに動くようなら、これ幸いだ。

 ――株でもいいし、土地だっていいんだ。

 その時点での残金すべて使って、記憶にあるベストの選択を繰り返していく。

 それでだめならサラリーマンにでもなればいいと、剛志はようやく腹を決めた。

 そうしてやっと、彼は林に行こうと思いつく。あの岩をちゃんと見届けて、この時代で生き抜く覚悟を刻み込もうと思うのだ。

 そして思った通り、やはりマシンは戻っていない。

一目見て、剛志はそんな事実をすぐ知った。戻っていれば、座れるはずのない岩の上に、俯き加減の男があぐらをかいて座っている。

 ――ああやっぱり、そうだよな……。

 それでもそれなりにショックは受けて、剛志は視線を落として下を向いた。

 そのままふた呼吸くらいして、再び顔を上げようとした時だった。

「あんた、誰だ?」

 微塵の好意も感じさせない声がして、見れば男が上目遣いに剛志を睨みつけていた。

「いえ、ちょっと……」

 剛志は思わずそう言って、とっさに何かを言いかける。すると俯き加減だった男の顔が、視線を変えずに正面を向いた。

 その瞬間、男がどうしてそこにいて、何ゆえ不機嫌そうかを思い知るのだ。

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