第4章  1963年 - すべての始まり 〜 6 剛志の勝負(3)

 6 剛志の勝負(3)




 ――あの頃、あそこにいたのが、俺だったのか……?

 あの事件の後から見かけるようになって、店の奥でいつも一人静かに飲んでいた男。

 顔は浮かんでこなかったが、あれが今の自分だとここで初めて思い当たった。

 するとそんな気づきに押し出されるように、記憶の端っこでくすぶっていたシーンが一気に脳裏に浮かび上がった。

 ――じゃあ、あれはいったい……いつのことだった?

 そこまで思って、部屋でいきなり立ち上がる。慌ててカレンダーに目をやって、

 ――そうだ。あの日も今日のように、真夏のような暑さだった。

 そう思った時には畳を蹴って、靴のかかとを踏みつけながら外階段を駆け下りる。

 その時ちょうど、一台の自転車がアパート前を通りかかった。

 いきなり飛び出た剛志を避けようとして、慌てて中年男がハンドルを切った。

 あ! と思った時には自転車は倒れ、男も地面に勢いよく転がった。

「この野郎! 気をつけやがれ!」

 と、背中から聞こえたが、立ち止まることなく走り続ける。そうして到着した先は児玉亭で、幸い常連たちもまだ来ていない。剛志は胸を撫で下ろし、いつもと一緒の一番奥に陣取った。

 それから普段より少し大きな声を出し、

「親父さん、瓶ビールください。もう、暑くて暑くて……」

 噴き出す汗を必死に両手で拭うのだった。

 それからいつものメンバーが一人二人とやって来て、ほどなく全員が顔を揃える。

 さらに何事もなく三十分くらいが経った頃、

 ――今日じゃ、なかったか……?

 そう思い始めたそんな時だ。

「おお! ムラさんじゃないか! 何そんなところに突っ立ってんだよ、早く入れって、そんなところに立たれてちゃ、またこの店、閑古鳥が鳴いちまうぜ!」

 そんなアブさんの声が響いて、剛志は慌てて顔を上げた。するとムラさんが店に入ってくるところで、伏し目がちに店の奥へ視線を向けて、さもバツが悪そうに呟いたのだ。

「正一さん……久しぶり……」

 そこからは、剛志の記憶にあるままで、すぐに厨房から高校生の剛志が現れる。

「何が久しぶりだよ! 今頃ノコノコとよく来れたもんだぜ!」

「よさねえか剛志!」

 後ろから響いた正一の声にも、彼の勢いは止まらなかった。

「金はちゃんと持ってきたのかよ? まさか殺人容疑者のいる店から、またタカロウって魂胆じゃねえだろうなあ?」

「よせって言ってるだろ!」

 ここでやっと確信に至った。

 間違いない。もうすぐこの場で、ずっと後悔し続ける事件が起きる。

 ――この後すぐに親父の手が出て、俺は思わず、「何しやがんだよ!」って叫ぶんだ。

 それからたった数秒後、記憶通りのシーンに思わず身体が勝手に動いた。

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