第3章  1983年 プラス20 – 始まりから20年後 〜 5 過去と未来(7)

 5 過去と未来(7)

 



 寝室は智子に使ってもらって、剛志はリビングのソファーで横になる。

 申し訳ないと渋る智子へ、剛志は笑いながら声にしていた。

「最初はちょっと戸惑うかもしれないけど、まあ、話の種に寝といたらいいよ。智子ちゃんもいずれ、ベッドで眠るようになるんだろうから……」

 この時不覚にも、剛志はあまりに大事なことを忘れ去っていたのだ。

 ああ、あれはしまっておかなきゃな……と、一度は強く思ったのに、すっかり忘れて智子を寝室に通してしまう。

 普段剛志は寝付くのに、そこそこ時間がかかる方だった。加えて衝撃続きの一日だ。だから一睡もできないくらいのことを覚悟していた。

 ところがその夜、横になってすぐウトウトし始める。きっと想像を超えた出来事に、神経が高ぶる以上に疲れ切ってしまったのだろう。

 スッと意識が薄れるのを感じて、あ、眠れる! と思った時だ。

 誰かが自分の名を呼んだ? ストンと意識が呼び戻される。

 被っていた毛布を引っ剝がし、顔を起こして慌てて辺りに目を向けた。

 その瞬間、剛志の思考は凍りついてしまった。

 智子が、すぐ目の前にいた。消したはずの明かりが点いていて、足元から彼を見下ろし立っている。その顔は怒りに満ちて、同時に泣き出しそうにも見えるのだった。

 ひと月くらい前からなのだ。

 伊藤との約束を果たした結果、三十六歳の智子が現れるかもしれない。

 ――彼女はいったい、どんな女性になっているだろう……?

 そんなことが気になって、彼は十数年ぶりに古びたアルバムを引っ張り出した。

 ところがいくら眺めても、現在の智子の姿が想像できない。それでも彼は毎晩のように、何度もそのアルバムを手に取った。

 そしてついさっき、智子を寝室に案内した時だ。それがそのままベッドに置かれているのに気がついた。当然アルバムには二人で写っている写真だってある。そんなものを見られたら、この中年は剛志なんだといずれ気づいてしまうだろう。

 十六歳だった剛志が二十年経ったらこんなふうになる。そんなことを知っているなんて、二十年前の自分が知ったらどんなに嫌かと思うのだ。

 だからここまでくれば、そんな事実を知らないまま帰したい。

 それなのに……、そう思っていたのに……。

 智子は呆気なく、本当のことを知ってしまった。

「剛志……さん、なの?」

 そんな震える声がして、剛志はソファーの上で跳ね起きた。

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