第3章  1983年 プラス20 – 始まりから20年後 〜 4 十六歳の少女(5)

 4 十六歳の少女(5) 




 そんな大騒ぎに、見守っていた二人がまず気がついたのだ。

「まずいって、あんなんで通報されたら、あっという間に警官が来ちまうよ。ここ、駅の向こうっ側すぐに交番があるんだ!」

 こんな投げかけに、馬乗りの方の反応は素早かった。

 何事もなかったようにスックと立って、コンビニの店内を一瞥する。その後一度も剛志には目もくれず、仲間と一緒にさっさとどこかへ消え失せてしまった。

 それから剛志は、あちこち痛むのを必死に堪え、コンビニ店員に平謝りだ。

 幸い、店員が受話器を手にしたところに剛志が現れ、なんとか警察沙汰にはならずに済んだ。

 一方、傷の方も思ったほどではないらしく、唇が切れ、血は多少出ているが、見たところ何発も殴られたような感じじゃない。

 顎の辺りがガクガクしたが、あの連中を相手にこの程度なら万々歳という気がした。

 明日になれば、きっと青痣くらいあるだろう。

 ただなんにせよ、この程度で済んだのはすべて智子のおかげだった。

「どうもあいつら、僕らを店の外からずっと見ていたらしいんだ。店から出たら、すぐに〝イチャモン〟をつけられてね、オッサンのくせにってさ、きっと智子ちゃんがあんまり可愛いんで、この僕に嫉妬したんだろうなあ……」

 コンビニを出てすぐに、剛志はさっきの一悶着をこんなふうに説明したのだ。そして二人はタクシーには乗らず、駅向こうのバス停目指して歩くことになっていた。

 それは、タクシー乗り場で立ち止まった剛志に、智子がいきなり言ってきたからだ。

「タクシーなんてもったいないですよ。おうちは二子ですよね? じゃあバスは? あと、砧本村まで歩けば、玉電が走ってませんか?」

「え? ああ、残念ながら、もう玉電は走ってないんだよ」

「玉電、なくなっちゃったんですか? じゃあ、線路とか、駅があったところはなんになってるんです?」

「線路は道路になったり、遊歩道になったりね。あれはどうだろう? 確か、僕が大学生の頃だから、今から十五年くらい前になるのかな……最後はね、花輪の付いたのが走ったりして、中には泣いている人なんかもいたんだよ……」

 地元住民の反対運動もあったりしたが、とにかく昭和四十四年を最後に砧線はなくなった。そしてその代わり、砧本村から二子行きの東急バスが走り始める。

 中学の頃までは二人して、砧線に乗って二子にあった遊園地や映画館によく行った。

そんなことを思い出し、バスに乗ってみるのもいいかもな……と、剛志は智子の助言を受け入れようと決める。

 幸い車内はガラガラで、二人は選び放題の中から一番後ろの座席に陣取った。

 やがてバスが走り始めて、そこでようやく剛志はホッと一息ついた。

 いつなん時あの三人組が現れないかと、ずっと生きた心地がしなかったのだ。

 バスに乗り込んでからも、さっきの男の顔がなかなか脳裏から消え去ってくれない。長年の悪行が染みついた人相に、左の頬から耳にかけ、ピンク色に盛り上がった傷痕がある。さらに男の耳は真っ二つに裂けていて、まるで小さな耳が二つあるように見えるのだ。

 もしまたどこかでおんなじ耳と相対すれば、今度こそただでは済まないだろう。

 ただとにかく、今は智子のことだった。

 男の顔を頭の中から無理やり押し出し、剛志は明るい声で智子へ告げた。

「今夜はゆっくり休んで、明日の朝一番、またあそこに行ってみよう。大丈夫、きっと元の時代に戻れるから……」

 そんな心許ない言葉でも、きっとそれなりに響いたのだろう。

 剛志が言葉を切ってしばらくすると、智子は知らぬ間に微かな寝息を立てていた。

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