第3章  1983年 プラス20 – 始まりから20年後 〜 4 十六歳の少女(3)

 4 十六歳の少女(3)

 



 そしてコンビニに着いた智子は、何よりも店内の明るさにびっくりするのだ。

 剛志に続いて店内に入り、いかにも眩しいんだという顔をする。それでもそんなのにもすぐ慣れて、智子はまさに十六歳らしいハシャギようを見せた。

 普通なら、昭和三十八年に存在したかなんて、ちょっと考えたくらいじゃわからない。ところが智子はひと目見て、それが未知のものだとすぐわかるのだ。これは何? あれは何に使うのかと、次から次へと剛志に質問を浴びせかけた。特に、お菓子の棚には驚いたようで、

「これって、ぜんぶ日本のお菓子なんですよね……種類もいっぱいで、なんだか、アメリカのお菓子とかみたい……」

 そう言ってから、剛志も知らないチョコレート菓子を手に取った。

 確かに、二十年前の駄菓子を思えば、智子の感想は実に的を得ている気がする。

 あの頃、今のような箱入り菓子は少なくて、剛志が覚えているのはキャラメルと、プリッツやアーモンドチョコレート、そしてココアシガレットくらいのものだ。それに加えて、今は菓子袋だって色とりどりで、菓子自体のバリエーションも段違いに増えている。コンビニでさえこうなのだから、スーパーや食料品店だったらどんなに驚いたことだろう。

 剛志はさらにその奥に行き、ふと目についたカップラーメンを手に取った。ニコニコしながら手招きをして、やって来た智子の前にここぞとばかりに差し出し告げる。

「これはね、お湯を注いで三分待てば、このまま食べられるラーメンなんだよ」

 彼はこの時、時計のときのようなリアクションを期待していた。ところが差し出されたカップ麺を手にして、智子は驚いた様子をぜんぜん見せない。

「へぇ、このまま食べられるなんて便利だけど、熱いお湯を注いで、持っている手が熱くならないのかしら?」

 そう言いながら、数種類だけ置かれた袋入り即席麺に目を向ける。続いてその左右にまで視線を送り、剛志を見ないままポツリと言った。

「チキンラーメンっていうのがあって、それもお湯を入れて三分で食べられたんですよ。でも、ここにはないみたい。もう、売ってないのかな……?」

 そう言ってから、ちょっと残念だという顔をした。

 言われてみれば、カップのまま食べられるという新しさはあるが、その中身は袋入りのチキンラーメンと似たようなものだ。

 ――そうか、チキンラーメンって、あの頃からあったんだな……。

 などと、かなり拍子抜けした剛志だが、その頃の自分だって食べていたに決まっている。

 それからも、予想もしないところで智子は何度も驚きを見せた。

 今でいう、自動販売機などなかった時代だから、缶入りと言えばツナやらフルーツなどの缶詰ばかりだ。ところが今やビールやコーヒーなどは缶入りの方が多いくらいで、加えて〝缶切り〟なんていらないと知って、智子はまさに目を丸くして驚いた。

 そんなこんなで店内を見て回り、最後は通り沿いに並んだ雑誌のコーナーに立ち寄った。

 剛志はそこで、ずっと頭にあった言葉を智子に向けて声にするのだ。

「この中に、あなたが知っている雑誌ってあるかな? もしあったら手に取って、僕にそれを見せてほしいんだ」

 そんなことを言われて、智子は不審げに剛志の顔をチラッと見上げた。それからゆっくり雑誌コーナーに向き直り、ズラッと並んだそれらに目を向ける。

 ちょっと見ただけでも六冊くらいはあるように思える。ただしそれらは大人向けで、彼女が知っていたかどうかは微妙なところだ。

 ところが思いの外すぐに、智子は記憶にある雑誌を見つけ出した。

 手前に並んでいた女性誌を棚から抜き取り、続いて奥の方にも手を伸ばす。その先にあったものを見て、剛志は心から「意外だな」と思った。

 新たに手にしたのは二冊で、ほぼ同時期に創刊された大人向けの週刊誌だ。

 もしこの時代の女子高生に同じことを尋ねたら、きっとこの手の雑誌は挙げないと思う。この二冊については特にだが、剛志もこれまで読みたいなどと思ったことがない。

 結果剛志は、智子が選んだ三冊から女性誌だけを手に取った。パラパラっと捲ってからひっくり返し、広告の入った裏表紙を上にする。それから「見てごらん」と言わんばかりに、智子の顔の前まで持っていった。

 智子は不思議そうにしながらも、差し出された女性雑誌に目を向ける。しかしすぐに首を傾げて、手にある週刊誌を剛志に渡して、代わりにその女性誌を手に取った。

 それから目を皿のようにして、裏表紙全体に目を向ける。すると突然、視線の動きがある部分でピタッと止まった。そのままじっと動かずに、

「昭和五十八年って……」と呟いて、智子はふうっと息を吐く。

「それじゃあ、あれからもう、二十年も……経ってるんですか?」

 途切れ途切れにそう続け、すがるような目を剛志に向けた。

 雑誌などの裏表紙には、編集人やら発行人と一緒に発行年月日も記載される。

 知っている雑誌のそんなのを見れば、きっと智子も信じるだろう。そう思った通りに、彼女は今ある現実をすぐ受け入れた。

 それでも二十年という年月だ。十六年しか生きていない智子にとって、それはあまりに長くて突飛な時間だったろう。

「二十年……」

 再び、そう呟いたと思ったら、手にあった雑誌をいきなり顔にあてがった。

 その手がみるみる震え出し、すぐに小さな嗚咽を漏らし始める。これには剛志も大慌てだ。店を出てからにすべきだったと思ったところで、今となっては遅すぎる。

 慌てて彼女の肩に手を置いて、

「智子ちゃん……」

 この日初めて、もちろん二十年ぶりに彼女を名前で呼んだのだ。

 すると途端に、智子の嗚咽がピタッと止んだ。懸命に堪える様子を見せて、ジッと動かず数秒間が経過する。やがて智子の顔から雑誌が離れ……、

「もう、大丈夫です……ごめんなさい」

 そう言いながら、必死に作った笑顔を剛志に向けた。

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