第3章  1983年 プラス20 – 始まりから20年後 〜 1 三月九日(2)

 1 三月九日(2)

 



 最初は、己の目の錯覚かと思った。見上げた先の風景が、いきなりグニャッと歪んだように見えたのだ。だから剛志は慌てて視線をあっちこっちに向けてみる。

 ところが周りは至って普通。なのに頭上の空間だけが違って、まるで歪んだガラスに覆われてしまったように〝いびつ〟なのだ。もちろん風が吹いての〝揺れ〟などでは絶対ない。

 直径三メートルくらいだろうか? そんな空間がゆらゆらと不自然に歪みながら、ゆっくり剛志に向かって下りてくる。

 ――何か、あるのか?

 そうとしか思えなかった。

 目に見えない何かがあって、その存在を辺りへ伝えようと景色を揺らめかせている。

 ――まさか……これが伊藤の霊魂とか……?

 そんなことを思ってみるが、いくらなんでも大きすぎる気がした。

 すでに手の届く辺りにまで降りていて、触れるのか……? ふとそう思い、近づきつつあるものに手を差し向けようとした瞬間だ。

 揺らめいていた空間が、フッとその動きを消し去ったのだ。一気に周りの景色と同化して、もはや何かがあっただなんてどうしたって思えない。

 やっぱり、目の錯覚か? そう思うまま目を閉じて、すぐに勢いよく見開いてみる。しかし視線の先には変化なく、もちろん上を向いても同様だった。

 ――なんだよ、こんなことだったのか?

 二十年後と訴えていたのは、こんなシーンのためだったかと、それまでの緊張感が潮が引くように消え失せる。そしてその隙間を埋めるように、喪失感のようなものがここぞとばかりに押し寄せた。

 ――くそっ!

 心でそう呟いて、剛志は握りこぶしを突き出したのだ。

 それは何もない空間に向け、ほんのちょっとした苛立ちくらいのはずだった。

ところが拳の先に何かが当たった。コツンという音がして、指に痺れるような痛みが走る。

 ――くそっ、やっぱり、ここに何かあるんだ。

 そう思った途端だった。

 ――え!?

 その瞬間、あまりの驚きに己の目を疑った。

 ほんの少し見上げた先に、信じられないものが現れたからだ。

 ――嘘だ……なんなんだよ、これ……?

 ただただ意味がわからずに、剛志は暫しその場に立ち尽くした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る