第121話 魔導具の破壊

 テーブルの上にあるのは、呪いの魔導具の他、白いキラキラした粉の入った小瓶一つ、手羽元くらいの大きさの骨三本、赤い二又の羽根二枚、カブトムシのメスみたいな形の赤い虫一匹、親指二本分くらいの大きさの銀色のザラザラした石一個、それにいつもの二倍はある魔石三個。


 全部知らない素材だけど、修理をする準備だって言われたとしても違和感がない。


 でも修理じゃなくて破壊をするんだよね。


「これって何の粉ですか?」


 私は小瓶を指差した。


「コガネアゲハの鱗粉りんぷんじゃ。これが二魂鳥ふたたまどりの羽根、メスのアカコメカブト、清山石せいざんせきじゃ」


 おじいさんが順番に教えてくれて、なんとなくどんな素材なのかはわかった。


 けど、それらがどんな生き物なのかとか、どこでゲットできるものなのか、というのは当然だけど全くわからない。


 コガネアゲハがすっごく大きくたって、逆にすっごく小さくたって、チョウチョの形すらしてなくたって、この世界じゃおかしくない。


 あとでミカエルさんに詳しく教えてもらおう。


 ここでメモは取れないけど、レシピは公開されてるものだから、調べてもらえばわかるよね。


 図鑑みたいなの欲しいな。読めないと困るけど。


「魔石は大きいんですね」

「破壊は簡単ではない。これでも少ない方じゃ。ランクの高い素材が揃っているからのう」


 そうなんだ。


 高ランクの素材があれば魔石が少なくてもいい、と頭の中にメモした。


 その属性の魔力がたくさん宿ってるからってことなのかな?


 魔石の魔力は無属性って言ってたけど、無属性の魔力も含まれてる?


 この辺もミカエルさんに聞かなくちゃ。


 今までは知識が必要になったらその都度教えてももらってたけど、体系的に勉強したいな。魔導具修理基礎、みたいな感じで。


「では始めるぞ」

「よろしくお願いします」


 おじいさんは魔導具と材料と魔石をひとまとめにすると、魔法でもかけるみたいに両の手の平をその上にかざした。


 そして「んんっ」とうなった。


 しばらくそのままの体勢でいて、私はじっと見守った。


 おじいさんの額から汗がこめかみを伝って流れていき――。


「ふぅー、なかなか上手くいかんのぅ」


 手で汗をぬぐって、おじいさんは息をついた。


「やっている間は、何を考えてるんですか?」

「そうさのぅ、魔石の魔力と素材の魔力がそれぞれ魔導具に入って、魔導具が中央から割れるイメージじゃな」


 ふむふむ。


 私は修理の時は「修理~」って念じるから、たぶん破壊する時も「破壊~」って念じる事になると思うんだけど、おじいさんの場合はそれとは違って魔力が移動するイメージなんだ。


 そこは人それぞれっぽい事をミカエルさんが言ってた。


 おじいさんはぶらぶらと手を振って力を抜くような動作をした後、またかざして集中した。


 三分くらいそうしていると、突然、素材が光の球になり、魔導具に吸収された。


 かと思うと――。


 バキンッ。


「わっ」


 かなり大きな音がして、魔導具が真ん中から真っ二つになった。


 金属でできた棒を力任せに折ったらこんな感じなんじゃないか、っていうような音だった。


 予想していなかったから、びっくりして声が出ちゃった。


「ふぅ~」


 おじいさんが息を吐くのと同時に膝を折って床に崩れた。


「だ、大丈夫ですか!?」


 慌てて私もしゃがんで背中に手を当てる。


「大丈夫。少し疲れただけじゃ」


 おじいさんはぜいぜいと息をしていて、全然大丈夫そうじゃない。


「そうだ、水、水飲みますか?」


 さっきの部屋に台所あったっけ、と思いながら立ち上がる。


「いやいや、大丈夫じゃて。いつもの事じゃ」


 すごく無理をしているように見えるけど、これがいつもなの?


 お年寄りなのに、こんなのいつもしていて大丈夫なんだろうか。


 なんだかすごく心配なんだけど。


 おじいさんはふらふらと立ち上がった。


 私もそれを支えるようにして立ち上がる。


「さて、これで依頼は終わりじゃな」


 おじいさんは二つに割れた魔導具を手に取って、手の平に載せて差し出した。


「すごい、真っ黒」


 目の前の魔導具は黒く曇っていた。


 こんなに曇った魔導具は初めて見た。


 損耗率が限界の限界まで溜まったみたいな感じ。


「見るのが早いのぅ。お前さんには損耗率が黒く見えるんじゃったか」

「これって、損耗率が満タンになってるんでしょうか」


 普通に使っている時は、魔導具は損耗率に比例して確率で壊れる。


 だから、通常は溜まりきる前に壊れちゃう。


 それを百パーセント溜めた状態なんだと思う。


「そうじゃ。魔導具を限界まで損耗させると壊れる」

「修理とは真逆って事ですね」

「うむ。使う素材の性質も真逆じゃ。修理の時は魔導具の性質に似通った素材を使うが、破壊の時は逆の素材を使う。例えばこの二又鳥の羽根は聖属性で、回復や解呪の魔導具の修理に使われる物じゃ。お前さんの腕輪も修理する時はこれを使うはずじゃて」

「なるほど」


 じゃあ、水道の魔導具を破壊するには、たぶん火属性の素材を使うんだ。


 修理と破壊で素材が全然違うなら、修理するつもりがうっかり破壊しちゃった、なんて事も起こりそうにない。

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