第120話 魔導具師のおじいさん
「で、お前さんは誰じゃ?」
手元の魔導具に視線を落としたまま、おじいさんが私に
「あっ。えっと、前に面接をしてもらったセツです。ミカエルさ――ミカエル・ハインリッヒさんのお使いで来ました」
「ああ、あの時の。見せてみなさい」
おじいさんは顔を上げて私を見た。
良かった。覚えてくれてた。
不審者扱いされなくてほっとする。
私は鞄の中から、ミカエルさんに託された宝箱を取りだした。
大きなテーブル越しに目一杯手を伸ばして、おじいさんへと宝箱を渡す。
おじいさんは箱の留め具に触って宝箱を開けると、指輪がたくさんついた手をあごに当てて、眉をしかめた。
「これはまた厄介な……」
そして、箱の中に手を入れて、そっとその魔導具を取り出した。
テーブルの上に置かれた魔導具は、手裏剣のようなフォルムをしていた。刃はついていなくて、中心に向かって少し盛り上がっている。四本足のヒトデが全部の脚をくいっと曲げたらこんな感じかもしれない。
すると、パキッと音がして、おじいさんの指にはまっていた指輪が割れて落ちた。
全然見てなかったけど、おじいさんが着けている指輪は、全部魔導具だった。
「ふぅむ。壊れたか」
全く残念がることもなく、おじいさんは落ちた指輪をさっと手で払いのけた。
「あの、何の魔導具なんですか、それ」
「ああ、お前さんも魔導具師じゃものな。こっちに来なさい」
「はい」
私は床に散らばっている魔導具を踏んづけないように気をつけながらテーブルをぐるっと回り、おじいさんの横に立った。
「これはな、呪いの魔導具じゃ」
「呪いの!?」
「触ると呪われる」
「えっ、でも、さっき……」
おじいさんは素手でこの魔導具を触っていた。
「あ、指輪」
「そうじゃ。この指輪には呪いを防ぐ効果がある」
「指輪をせずに触ったらどうなるんですか?」
「この大きさだと、指が腐り落ちるのう」
「げっ」
よかったぁ、宝箱開けたりしなくて。
「お前さんは触っても大丈夫じゃ」
「え、なんでですか?」
「その腕輪があるからの」
私は手首にはめていた腕輪を見た。
出発前に、宝箱と一緒にミカエルさんに渡されたものだ。
てっきり、遠くに行くからって保護魔法みたいな効果のある魔導具をくれたんだと思ってたんだけど、まさか呪い防止の腕輪だったなんて!
好奇心で私が開けちゃうとでも思ってたのかな。
それなら絶対に開けるなって言ってくれたらよかったのに。
「でもなんでミカエルさんはこれを……?」
呪いの魔導具がプレゼントだなんて事はありえないし。
はっ!
私はゆっくりとおじいさんから距離を取ろうとした。
こんなの持って来たら、
どうしてこれを私に持って来させたの!?
「違うんです! 私は何も知らなくてっ!」
じりじりと後ずさりながら言うと、おじいさんは目をパチパチさせた後に、突然笑い出した。
「わっはっは! お前さんの思ってるような事はない。ミカエル殿が持って来させたのは、わしが破壊の魔導具師だからじゃ」
「破壊の魔導具師……?」
「そうとも。わしは魔導具の破壊の研究をしている。だからこういった危険な魔導具はよく持ち込まれる。ミカエル殿の依頼も、この魔導具の破壊だから怖がるでない」
魔導具の破壊を研究してる人なんているんだ……。
私はまじまじとおじいさんを見つめた。
「使って損耗率を上げれば壊れるんじゃないんですか?」
「素材を使って破壊することもできるのじゃ」
「へぇ」
そうなんだ。修理だけじゃないんだ。
「にしてもこれは
そう言っておじいさんは立ち上がると、壁際に積んである魔導具の山をひっくり返し始めた。
よく見れば、床に落ちている魔導具は、どこかしらにヒビが入っていて、全て壊れている。テーブルの上にあるのもほとんど壊れていた。
「必要な物があれば、たぶんミカエルさんなら用意できると思います」
「いや、あれなら恐らくここに……あったあった」
ガシャガシャと音を立てて山を崩すと、おじいさんは一本の白い枯れ枝のような物を拾い上げた。
「あとは、と……」
そして別の山を漁り、次々に素材を発見していく。
なんでそんなバラバラな場所に、しかも破壊した魔導具に混ざって置いてあるの?
魔石はこれまた使用済みの魔石の山から取り出していた。
このおじいさんは絶対、自分はどこに何があるか把握しているから問題ない、とか言うタイプの片付けられない人だ。
私の工房の整頓された薬棚を思い出して、ミカエルさんが整理整頓できる人で良かったと思った。
全ての素材を発掘したあと、おじいさんは席に戻って来た。
テーブルの上、呪いの魔導具の両脇にそれらを置く。
「私、見ててもいいんですか?」
レシピって、秘密じゃないのかな。何の素材なのか見ても全然わかんないけど。
「構わんよ。これは公開しておる」
「公開してるなら、ミカエルさんが自分でやればいいんじゃ……」
そう言うと、おじいさんは私を見て首を振った。
「レシピがわかっても、修理や破壊ができるとは限らん。魔導具師には得手不得手がある」
なるほど。
確かに、レシピや食材がいいからって、美味しい料理ができるとは限らないもんね。
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