第100話 依頼

 ガンテさんとえんができて、というか、これから先も納税関係でお世話になることになって、私は文字も教えてもらえることになった。


 自分から是非ぜひにとお願いした訳ではなく、どちらかと言うとガンテさんが、私に文字を覚えてもらわないと困る、と言い出したのだ。それはもう切実だという勢いで。


 書類を作るときに、私が読み書きできないせいで、すごく迷惑を掛けてしまったからだろう。


 私としては涙が出る程ありがたい申し出で、拒否する理由は何もない。


 日本語を使っていても何も言われないし、何を書いているのかは向こうは理解していないから、私が読み方じゃなくて意味しか書いていなくてもバレない。


 平仮名だったら、ガンテさんくらい頭のいい人ならそのうち何か感づくかもしれないけど、漢字も使っているから絶対にわからないと思う。


 今思うと、平仮名と片仮名と数字と漢字とローマ字と記号を使いこなす日本人ってすごいよね……。その上、顔文字とかも使ってたし。


 文章の形や意味から法則を類推するに、こっちの文法は日本語に近いみたい。ここはゲームの影響なのかな。


 英語みたいだったら大変だったし、もっと違う文法だったらそれこそもうお手上げだったかもしれないけど、日本語と似ているならなんとかなる!


 ……そう思っていた時期もありました。


 私が基本の文字を覚えてくると、ミカエルさんとガンテさんが不思議がり始めた。


 だって表音文字だもん。発音通りに書くだけだもん。文字がわかるのに書けないって変だよね。読めないのも明らかにおかしい。


 でも私にはその発音がわからないの~!!


 って何度も言いそうになったけど、そこはぐっと我慢。話し言葉だけ翻訳ほんやくされてるんですって言えないから。


 そういう魔導具ってないのかな……。もしくは魔法。それがかかってる事にすればもっと話は簡単になるのに。


 でも、もう今さら言えないし、聞けない。


 実は他国から来ていて、ずっと魔導具で翻訳してましたって言ったら、なら早く言えって言われるに決まってる。そして見せろって言われる。絶対。


 ありますか~? なんて聞いたら、もっと不自然だ。持っているならあるに決まっていて、その存在を聞くのはおかしい。


 自力で探して、こっそり手に入れて、実は持ってたんですけど、ちょっと言えない事情で黙ってました、って言うしかない。


 私が読み書きを修得するのと、魔導具をゲットするの、どっちが早いかの勝負だ。


 ……どっちも無理そう。


「はぁ……」

「どうしたのだ。ため息などついて。疲れたのか? それならポーションを――」

「いえ、魔力は大丈夫です!」


 私は投擲とうてき弾を当たりにしている作業をしていて、その途中でため息なんかついたから、ミカエルさんは、私が魔力を使い過ぎてしまったのだと思ったらしい。


 さっきの修理の依頼で、素材じゃなくて魔力を使ってしまったせいでもあるんだろう。


 でも私は大丈夫。あの極甘のポーションを飲む必要はない!


「失礼します」


 全力で否定していると、工房にミカエルさんのお客さんがやってきた。お客さんっんていうか、使用人の人。


「なんだ」

「王宮から至急の修理の依頼が来ております」

「えっ!?」


 なんで? 王宮から? 修理って、携帯水道とかの? なんでわざわざ私に?


 すごく嫌な予感がした。


 王宮とはなるべく関わらないようにしてるのに! なんで!?


「いえ、セツさんではなく、ミカエル様にです」

「わたしに?」


 ミカエルさん宛てだと聞いて、私はほっとした。


 でもなんで、修理屋さんでもないミカエルさんに修理の依頼が来るんだろう。


「なぜわたしなのだ。修理屋に頼めばいいだろう」

「それが、修理屋にも依頼をしているとのことですが、量が多すぎて対応しきれないとのことです。それで、他の魔導具師にも依頼をかけていると」


 三軒ある修理屋さんでも対応できない量って、一体どんだけあるの!


 だって、修理って、魔石と素材を近づけるだけでしょ? 一瞬で終わるよね?


 学校の体育館にずらっと並べられた魔導具を想像した。


 もしそのくらいの量があれば確かに大変だろうけど、それでも三人いればできそうな気がする。人海戦術じゃないといけないくらいすんごく急ぎなのかな。


「物は? 素材はあるのか?」

「水竜の盾です。素材は至急手配中とのことなので、提供されるようです」

「装備品か……」


 ミカエルさんが眉を寄せた。


「装備品だと、何か違うんですか?」

「生活魔導具と違って、装備品の修理は難しい。神経を使うし、失敗する事も多い。それも水竜の盾ともなると……」


 そうなんだ。


 私はまだ生活魔導具しか修理をしたことがない。


 水竜の盾って、名前からすごそうだけど、装備品の中でも大変な部類に入るんだろうってことは、ミカエルさんの態度からわかった。


「数と期限は?」

「十枚を、五日後までに」

「それは無理だ」


 ミカエルさんがあきれたように言った。


「無理は承知で依頼したいと」

「無理なものは無理だ。大体なぜそれ程までに大量に短期間で必要になるのだ」

「問いただしましたが、理由は言えないとの一点張りでした」

「軍隊でも動かすつもりなのか? 話にならないな。屋敷に戻る。依頼を持ってきた奴を呼び出せ」


 ミカエルさんは面倒くさそうに工房を出て行った。

 


 

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