第81話 閑話4:水竜の盾

 バキンッ


 ファイアリザードの炎の息を受けて、水竜の盾がひび割れた。


「くそっ、またか……!」


 僕は壊れた盾を捨てた。


 これで何度目だろうか。


 ゴルデオン山脈の神殿で、僕たちは苦戦していた。


 最奥部にいる火竜を倒して女神の祝福を手にいれなければならないのに、途中のモンスターが強すぎて、そこまで到達することができない。


 その辺の雑魚ザコモンスターの攻撃を防ぐために、火竜との戦闘用に温存すべき水竜の盾を使わざるを得ない状況だ。


 水竜の盾を複数持ってきても使い切ってしまう。


 そして、水竜の盾がなければ、たとえ火竜の元に行けても、倒すことはできない。


 全ての盾が壊れてしまった今、僕たちは退くしかなかった。


「撤退する!」

「わかりましたわ!」

「ちっ。仕方ないか」


 退路で遭遇したモンスターをなんとか倒し、洞窟から出る。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 三人とも汗だくだった。外のヒンヤリとした空気が体を冷やしていく。


 ダイヤとルビィは地面にへたり込んでいる。


「くそっ。今回も駄目だった……!」

「やっぱり、もっと訓練を積んだ方がいいんじゃないか?」


 耳と尻尾をぐっしょりと濡らしたルビィが言ってくる。


「いいや、もう行けるはずなんだ」


 僕はステータスを表示させて、自分のレベルを見た。


 このダンジョンを攻略できるだけのレベルはある。


「勇者様はそうおっしゃいますが、わたくしも難しいと思いますわ」

「水竜の盾さえ壊れなければ行ける」

「でも、魔導具は使っていれば壊れるものだ」

「わたくしがもっと強力な耐火の魔法が使えていれば……」

「ダイヤはよくやってくれてるよ」


 そう言いながらも、僕は正反対のことを考えていた。


 僕のレベルが足りているのに攻略できないのは、二人のレベルが足りないからだ。


 特にダイヤ。


 ここに到達するまでに、もう一段階上の耐火の魔法を習得できるはずだったのだが、いまだに習得できておらず、洞窟内の高温の空気を防ぐのが精一杯だ。


 ルビィも期待通りの動きをしてくれない。


 途中からパーティに加わるメンバーは、プレイヤーのレベルよりも低いのはよくあることだから、それはいい。


 だが、レベルが低い分、僕たちよりも速くレベルが上がるから、そろそろ追いつくはずだった。


 なのに、動きがまだまだにぶくて、僕がフォローしないと危ない場面が多い。一人でせめて一体は相手どってもらわないと困る。


「とにかく、水竜の盾をまた取りに行かなきゃね」


 水竜の盾を手に入れるためには、またゴブリンロードを倒さなくてはいけない。


「ですわね」


 ダイヤが立ち上がった。


「もう買えばいいんじゃないか? 金はダイヤが持ってるんだし」


 ルビィが座り込んだまま言う。


「そうはいかない」


 僕は首を振った。


 水竜の盾は、なぜかこの世界では店で購入することができるが、本当は店では手に入らない。自分でゴブリンロードを倒して手に入れるものだ。


 僕もゲームをクリアするために、何度もゴブリンロードを倒して、水竜の盾をたくさん手に入れてから火竜に挑んだ。


「そうですわ。誰かの力を借りて火竜を倒しても、きっと女神様の祝福は手に入りません。わたくしたちは、自分たちの力で進まなくてはならないのです」

「そうだったな……」


 ルビィは渋々といったように立ち上がった。


「今日中に村に戻りたい。急ごう」

「ですわね」

「だな」


 ゲームなら勇者は今居る場所から一番近い村や街に飛ぶ魔法が使えるはずなのに、僕にはそれがなかった。


 だから、自分の足で戻らなくてはならない。


 ダイヤに聞いてみたところ、そんな便利な魔法はないという。歴代の勇者が使ったという記録もなかった。


 街と街をつなぐためのゲートも使えないのだから驚いた。


 代々の勇者が使ってきた各地のゲートは、もう壊れる寸前だったのだ。


 修理屋が直せばいいと言ったら、そのための材料がわからないと言われた。


 ゲートが壊れそうになるなんてイベントはなかったから、僕も材料は知らない。


 一度訪れた街にはワープできるものじゃないのか?


 王都にも気軽に戻れないから、水竜の盾の損耗率をゼロにしておくこともできない。


「そうだ。修理屋を雇えばいいじゃないか。ダイヤ、君ならできるだろう?」


 隣を歩くダイヤに聞くと、ダイヤはぎくりと体をこわばらせて立ち止まった。


「修理屋を……?」

「うん。そうすれば水竜の盾が壊れる前に直してもらえるし、何個も持ってこなくても、修理の材料だけでいいよね?」

「それはいい考えだな! そうしようぜ、な、ダイヤ?」

「そんなの……っ、駄目ですわっ」

「どうして?」


 うつむいているダイヤに聞く。


「わたくしたちは自分たちの力で旅をしなければならないのです」

「そうか……修理屋も他人の手助けってことになるのか……」

「戦闘しなきゃいい気もすっけどな」


 ルビィの言葉に、僕ははっとした。


「そうだよ! 戦闘しなきゃ手助けにはならない。今だって資金やアイテムは国からもらっているわけだし」


 戦闘に加わらないのであれば、パーティとは見なされないのではないだろうか。


「そ、それでも、駄目ですっ! 修理屋は王都にいるものですし、ここに呼ぶなんて、できませんわ」

「僕が王様に直接頼んでみるよ」


 魔王を倒すことに比べれば、王都の修理屋がいなくなるくらい、大したことではないだろう。


「このままでは、またあの子が……」

「ダイヤ? 何か言った?」

「いいえ……。何でもありませんわ」


 歩みを再開した僕らを追って、ダイヤが走り寄ってきた。

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