第71話 魔導具の曇り

「いいか、こちらの魔導具の方が曇っている。損耗そんもう率が高い証拠だ。貴様には見えないだろうがな」


 ミカエルさんがドヤ顔で私の手の上の魔導具を指さしてきた。


 こっちの方が曇っている?


 表面のピカピカ具合が違うってこと?


「えぇー……」


 目をらして見ても全然わからない。


 私は服のそでで表面をこすった。


「魔導具師の素質がなければわからない。素質があれば損耗率の高い魔導具は表面がくすんで曇って見える」


 ソファの背もたれに背を預けて偉そうに語っているミカエルさんの前で、私は魔導具の角度を変えながら表面を観察した。


 二つを見比べてみてもやっぱりどちらもピカピカしている。


 差がある方が見やすいかもしれない、と一番軽いのと重いのを手に取った。

 

 重さの差は歴然で、軽い方は風船がついているようにふわふわしている。


 その軽い方をじーっと、じーっと見る。


 全っ然、わからない。


 私には魔導具師の素質がないってこと?


 でもそれならこの重さの違いは何?


 損耗率を表しているんじゃないの?


 修理だってできたじゃん。


 そうは思うけど、見えないものは見えなかった。


 諦めようと目線を外した時。


 視界の隅の魔導具の色が、黒っぽく見えたような気がした。


「もういいだろう。貴様は魔導具師ではない。最初に言ったようにわたしは忙しい。帰らせてもらう」

「ちょ、ちょっと待って下さいっ」


 私は視線を魔導具に固定したままミカエルさんを呼び止めた。


 魔導具を見直しても、元の色に戻っている。ピカピカにしか見えない。


 でも、さっき一瞬見えたはず。


 こう、目をらすと……。


「あ! 見えたかも!」


 ソファから立ち上がりかけたミカエルさんが座り直した。


「なんだ。時間稼ぎの出任せか」

「黙って!」

「なんだその口のき方は!」


 テーブルの上に焦点を合わせたまま、視界の中でぼんやりと魔導具を見ると、色がくすんで見えた。


 目を動かさないようにして、もう一つ、重い方も視界に入れる。


 そっちは金属の色そのままだった。


「ほんとだ……色が違う……」


 同じようにしてテーブルの上の魔導具を比べてみれば、順番に色がくすんでいっているのがわかった。――ただ二つを除いて。


「これだけ逆だ」


 ミカエルさんが逆だと言った二つの魔導具。それだけが逆転していた。


 私が重いと感じた方がくすんで見える。


「とっさに話を合わせる知恵はあるようだな」

「合わせているわけじゃありません」

「化けの皮はすぐにはがれる」


 ミカエルさんはテーブルの上の浄化の魔導具を、ざっと手で端に寄せた。


「もう一度ランプを並べろ」


 言われた通りにランプの魔導具を並べ直す。


 さっきと同じように重さの順で並べたけど、曇り具合も同じ順番だった。


「ふん」


 私が間違えなかったのがつまらなかったのか、ミカエルさんは鼻を鳴らすと魔導具の一つを手に取った。


 そしておもむろにスイッチを入れる。


まぶしっ」


 おおいがついていないき出しの魔導具の光が私の目を焼いた。


 閃光せんこう弾ほどじゃない。けど、眩しいものは眩しい。


 私が目をそむけている前で、ミカエルさんは、カチカチカチカチとスイッチを何度も入れたり切ったりした。


「こんなものか。――おい」


 呼ばれて目を向ければ、ミカエルさんが魔導具を突き出してきていた。


「どこに入る?」

「ここです」


 私は並んでいる魔導具と重さを比べて、間に受け取った魔導具を入れた。


 色も見ようと思ったけど、目の前がチカチカしていて比べるどころじゃない。


 ミカエルさんが別のランプの魔導具を手に取ったので、今度は直視してしまわないよう、私は両手で目をふさいだ。


 カチカチカチカチと音が聞こえてくる。


「これは?」

「ここです」


 呼ばれては指を差し、呼ばれては指を差し、と私はミカエルさんのテストを繰り返し受けた。


 ランプは損耗率を上げるのが簡単なのか。浄化の魔導具だと浄化前の水が必要だけど、ランプならけたり消したりするだけでいい。


 最初はランプに決まっていると言われるのもうなずける。


「これは?」

「ここです」

「ついに馬脚を現したか」


 何度目かのテストで、ミカエルさんが意地悪そうに笑った。


「これはここだ」

「そんなわけ――」


 ミカエルさんに言われて、私ははっとした。


 色を見てみれば、ミカエルさんの言う通りだった。


 また重さの順番と色の順番が違っていたらしい。


 どっちが正しいのかはともかく、ミカエルさんのテストには重さじゃなくて色で答えなくちゃいけないらしい。


「もう間違えません」


 私はミカエルさんに宣言した。


「面白い」


 ミカエルさんがニヤリと笑った。


「ここに入れてみろ」


 魔導具を渡され、並んだ魔導具の間を指差される。


 そこに入るように、自分で魔導具の損耗率を上げろということなんだろう。


 私は目をつぶって、カチリ、とスイッチを入れた。


 あれ?


 魔導具は光らなかった。

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