第56話 閑話3:勇者狩り

 僕の偽者にせものがいるという話は聞いていた。


 勇者はどこに行っても歓迎される。


 世界をおびやかす魔王を倒す旅をしているのだから当然だ。


 道中にある村では、食事や宿が無償で提供されるのがつねだ。宿屋などないのがほとんどだから、大抵は村長の家に呼ばれる。


 そして僕たちはそれに甘えるようにしていた。


 金銭に困っているからではない。それは国王からたくさんもらっているし、大きな街に寄って冒険者ギルドで身分証明書を見せれば、いくらでも補充できる。


 彼らの申し出を受けるのは、単純に、自分の価値を落としたくないからだった。


 僕らが寄る村には、必ず何かしらの問題がある。


 強力なモンスターが近くで暴れているだとか、村人が呪いにかかっているだとか。


 僕とダイヤ、そしてルビィ――途中で仲間にした獣人の娘――は、その問題を解決する。


 中には大した報酬のないクエストもあるが、僕は完璧主義だ。一周目で全クリを目指すまではしないものの、拾えるものは全て拾う。


 問題を解決するのなら、その対価として、金銭とまではいかなくても、食事や宿くらいはもらうのが当然だろう。


 僕が行くことでクエストが発生するのだから、僕のせいで問題が起きているとも言えなくもないが。


 そんな好待遇な勇者だから、偽者が現れるのは当然の帰結だ。


 勇者にあかしは存在しない。


 身分証はあっても、村の人間など、ギルドの身分証もろくに見たことのない奴らばかりだ。ちゃちな偽造でも真偽のほどはわからないのだろう。


 僕からすれば、僕以外の人間を勇者だと認識することが不思議でならないが、引っかかる村が後をたないらしい。


 タダ飯や宿泊など安いもので、言葉たくみに騙されて、代々守ってきた村の宝を渡してしまうこともあるそうだ。


 幸い、クエストクリアに影響するようなアイテムを奪われるようなバグはまだ起こっていないが、このままではいずれそんなバグも起きるかもしれない。


 このクエストを終えて次に街に寄る時には、国王に対策をするよう指示しようと思っていた矢先――。


 こいつらが僕らの目の前に現れた。


 薄暗い森の中、奥にある神殿を目指していた所だった。僕らを待ち伏せていたらしい。


 人数は三人。髭面ひげづらで、山賊さんぞくのような恰好かっこうをしている。


 善良な人間ではないのは、三人とも剣を抜いていることからもわかる。


「よぉ、自称勇者さんよ、死にたくなかったら持ち物全部置いてきな」

「なんだ、お前たちは」

「勇者狩り――とでも名乗っておくか」

「勇者狩り?」

「ああ、自称勇者は勇者とうたうだけあって装備はいいからな。嘘つきを成敗する代わりに、それをもらおうって寸法さ」

「勇者様は自称ではなくて本物の勇者様ですわ!」

「みんな最初はそう言うんだよ」


 ダイヤが抗議すると、げらげらと三人が笑う。


「勇者、こいつら、あたしがやってもいいか?」

「勝てそうか?」


 ルビィのささやきに、僕は答えた。


 ゲームのように、敵とエンカウントしてもレベルが見えない。


 フィールドのモンスターならどのくらい強いのかは知っているが、こういうバグイベントが起きると厄介やっかいだった。


「あたしの方が強い」


 獣人のルビィは本能で実力差を感じることができる。


 ルビィが言うなら、本当にルビィの方が強いんだろう。


「猫の姉ちゃん、そんな怖い顔すんなよ。素直に装備と持ちもんさえ置いてけば、襲ったりしねぇからさ」

「抵抗するってんなら、お仕置きが必要だけどな」


 男たちが下卑げびた笑い声を上げる。


 ダイヤが顔に嫌悪感をにじませた。


「降参する気はない」

「ああ、そうかい」


 最初に口を開いたリーダー格の男がすっと表情を厳しくした。


「だが、取引はしよう。金貨三十枚でどうだ?」

「勇者様!?」

「勇者!」


 ダイヤとルビィが驚きの声を上げた。


 金ならいくらでもある。それで解決するなら安いものだ。


「へえ……兄ちゃんは賢いな。だけどな、そんな大金ぽんと出せるような連中なら、余計に逃がすわけにはいかないなぁ」

「ちっ」


 僕は舌打ちをして、素早く剣を抜くと、戦闘力のないダイヤをかばうように前に出た。


 ルビィが飛び出し、三人のうちの一人にアイアンクローで襲いかかる。


 残った二人が僕に切りかかってきた。


 ルビィの見立て通り、男たちの実力は大したことはなかった。


 ダイヤの補助魔法があれば余裕だ。


 僕は敵には容赦しない。


 山賊などモンスターと変わらない。人殺しだとは思わなかった。


 すぐに一人を斬り伏せ、リーダーと一騎打ちになる。


 そいつの向こうで、ルビィが敵を倒すのが見えた。


「くそっ」

「待てっ」


 仲間がやられたのを見て、男が逃げ出した。


 反射的に僕はそいつを追いかけた。


 走りにくい森の中を追いすがる。


 手を伸ばし、男の背中をつかもうとしたその時――。


 振り向いた男が、投擲とうてき弾を投げつけてきた。


「なっ!」


 火炎弾だった。通常のではない。強力なやつだ。


 僕は自分の顔を腕でかばった。


 耐火の補助魔法はかかっていない。いくら勇者である僕でも無事では済まない。


 僕は走っていた勢いのまま、投げつけられた火炎弾に自分からぶつかっていくのを、スローモーションのように感じていた。


 腹の辺りに火炎弾がぶつかる。


 しかし――衝撃は何も来なかった。


 もつれそうになる足を前へと出し、男の背中を捕まえた。


 引き倒された男がわめく。


「不発だと!? 王都で買った投擲弾だぞ!?」

「投擲弾は一定の確率で不発だよ」


 僕は男の体にナイフを突き立てた。

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