第21話 ハズレ連発

 左にいたシマリスが、突然飛びかかってきた。ガブリと外套がいとうみつかれる。


「わわっ」


 慌てて払おうとしたけど、しっかりと噛まれていて、そのくらいじゃ離れない。


 私は左手で胴体をつかんだ。


 思ったよりも硬い毛と、皮がぐにっと動く感触、そして生き物の体温を感じた。


 引っぺがそうとしたら、びりっと嫌な音がして布が破れた。


 ううっ。仕方ない。


 私は思いきって手に力を込めた。硬い肋骨ろっこつの形が伝わってきた。


 シマリスは、ビィと苦しそうな声を上げて、口を離した。


 それをどうしようかと迷う。


 本当なら、右手のナイフで殺さなくちゃいけない。だって私は襲われているんだから。


 だけど、私はやらなかった。生き物を殺すなんてとてもできない。


 周りのシマリスたちは、ピィピィと鳴きながらジャンプしている。離せとばかりに。


「えいっ」


 私は手の中のシマリスを投げた。できるだけ遠くに。


 何匹かがそれを追っていった。仲間を思う気持ちがあるのだ。


 そうだ、閃光せんこう弾。


 ここにきて、私はようやく閃光弾の存在を思い出した。


 手探りで鞄から取り出して、スイッチを入れる。


 それを足元に叩きつけた。


 私の想定では、ピカッと強い光が生まれるはずだった。


 なのに、光った気配はなかった。


 つぶった目を開けると、シマリスたちは後ろに飛び退いていたものの、目をやられた様子はない。


 不発!?


 私はすかさずもう一個取り出して、同じように叩きつける。


 だけど――それもまた不発だった。


「なんで!?」


 五個に一個の不良品を、二回続けて引いてしまった。確率でいったら五分の一かける五分の一で二十五分の一。つまり四パーセントだ。


 ……そんなこと計算してる場合じゃない!


 なんの効果もないことがわかったシマリスたちが、私に近づいてきた。


 警戒していた様子がなくなっている。

 

 やばい。


 私はもう一個魔導具を使った。


 結果はまたも不発。〇.八パーセントになった。


「なんで!?」


 そんなことってある!?


 シマリスが正面のシマリスがジャンプしてきた。


「やだっ」


 私はナイフを持った手を振り回す。


 その腕が運良くシマリスに当たり、シマリスは吹っ飛んでいった。


 だけど、次の一匹がまた飛びかかってきて、腕に噛みつかれた。


いたっ」


 上着とワンピースを通して、牙の感触が腕に伝わってきた。直接噛まれてはいないけど、それなりに痛い。


 残りの閃光弾はあと二つ。


 私は立て続けにそれを使った。


 それでもやっぱり不発だった。


 もう何パーセントの確率かわからない。五個とも全部不発なんてあり得る!? ガチャだってもっと当たる。


 手が尽きて絶望したとき。


 ピィィッと鋭い鳴き声がしたかと思うと、シマリスが一斉に飛びかかってきた。


「痛っ!」


 所構わず噛みつかれる。


 上着と鞄はいいけど、問題は足だ。薄いワンピースを貫通してひざ上に牙が足に食い込んだ。


「痛いっ!」


 私は無我夢中でシマリスを引きがしにかかった。


 足に噛みついたシマリスの胴体をぎゅっと強く握り、力任せにで引っ張る。もう相手が生き物だなんて考えている余裕はなかった。


「あぁっ!」


 噛みつかれたままのシマリスを引っ張ったことで、足の肉がちぎれた。


 血があふれ出して服が濡れる。


 切り傷でもり傷でもない。肉をかみちぎられるという未体験の痛みは衝撃的だった。


 つかんだシマリスを地面に叩きつける。ギャァという嫌な鳴き声が聞こえてきたけど、もう何も感じない。


 嫌だ。怖い。死にたくない。怖い。


 私はパニックになっていた。


 握り潰すようにシマリスを引っつかんでは、次々に地面に叩きつけていく。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 全てが終わった時には、辺りは血まみれだった。


 地面に横たわるシマリスから、放射上に赤い血が飛び散っている。こぼれているのは頭蓋骨ずがいこつの中身だろうか。


「ぐぅっ」


 その光景を見て、吐き気がこみ上げてきた。その場で体をかがめて胃の中身を吐き出す。


 足が痛い。胃酸で焼けたのどが痛い。


 私の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。


「もうやだぁ……」


 なんで私がこんな所にいなきゃいけないの。


 何の能力もなくて、何もわからないまま放り出されて。


 おうちに帰りたい。


 お母さん。お父さん。お兄ちゃん。助けて――。



 * * * * *


 

 どんなに願っても、助けなんて来るわけもなくて。


 私はその場にうずくまってぐしぐしとしばらく泣いた後、よろよろと立ち上がった。


 泣いていても仕方ない。


 生きるための努力をしなきゃ野垂のたれ死ぬだけだ。


 すん、と鼻をすすってから涙をいて、足にハンカチを巻いた。


 傷はそんなに深くなかった。血が固まり始めている。


 私は地面に落としていたナイフを拾い上げ、街道に向かった。


 薬草採取を再開する気にはなれなかった。


 こんな危ない所には一秒だっていたくない。


 もう閃光弾もない。……どのみち全部不発だったけど。


 途中、ガサッと茂みから音がするたびに、びくっと肩を震えさせた。


 神経をとがらせすぎた私は、ようやく街道についた頃にはもうへとへとだった。街道は安全だと聞いていたので、安心してその場に崩れ落ちる。


 ちょうどそこに荷馬車が通りかかったのは本当にラッキーだった。


 


 途中で採取を止めてしまった薬草の引き取り価格は、使い切った閃光弾はおろか、往復の移動代にも満たなかった。

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