第26話◇果物狩り

 



「モンスターへの対処で重要なのは、とにかく正確な情報だ」


「じょうほう」


「そうだ。さっきのイノシシもな、突進の前に地面を脚で掻くって予備動作があるんだよ。それさえ掴んでおけば、タイミングを計って避けることが出来るわけだ。知ってさえいれば、どうすれば生き残れるかを考えることが出来る」


 口で言うほど簡単なことではないが、とても重要なことだ。


「な、なるほどです!」


「今回は、俺が樹木モンスターの情報をただでくれてやろう」


 ディルが尊大に振る舞っても、アレテーは気を悪くすることがない。

 それどころか、恐縮するようにこちらを見上げる。


「そ、そんなっ。よいのでしょうか……」


 ひねくれたディルにとって、アレテーという少女はあまり相性がよくないようだ。


「……俺は考えた。第一階層の採取系は効率が悪いって理由で競合相手が少ない。もし効率的に狩れるなら、かなりの儲けが出せるんじゃないかってな」


 ごくり、と固唾を呑んで続きを待つアレテー。

 モネも黙って聞いている。


「で、何日か観察して気づいたことがあった。まぁ俺じゃ利用できそうにない情報だったんだが……お前なら使えるだろう」


 そうして、ディルは情報をアレテーに提供する。


「……へぇ。確かにいけそうね」


 モネが感心した様子で呟く。


「わたし、頑張ります! 先生のご厚意を、無駄にはしません!」


「しつこいやつだな」


 なにがなんでもディルの善意を信じたいらしい。


 アレテーが探索才覚ギフトを発動し、生み出したのは――リスだった。

 そして彼女は、モネに貰ったポーチをリスに持たせる。


「それでは、お願いしますね」


 リスはまず、モンスターの最も近くに生えている木に登った。

 それから枝を伝ってモンスターに飛び移る。


 攻撃は――ない。


「……本当ね。樹上は警戒が薄い、というわけではないわよね?」


「あぁ、探索者が同じことをすると、枝が動いて迎撃するからな」 


 ディルが気づいたのは、小動物型のモンスターによる実の獲得は見逃される、ということだった。

 何かしらの利益があるのかもしれないし、捕らえる労力と得られる栄養が見合わないから無視しているのかもしれない。


 どちらにしろ、アレテーの能力ならばそれを利用できる。

 リスを操っているアレテーは、集中しているのか無言だ。


 水で出来たリスがポーチを広げると、実が吸い込まれていく。


「今回は俺のを貸すつもりでいたが、お古とはいえくれてやるとは、お前太っ腹だな」


 売ればかなりの額になるというのに。


「あたしは太ってないわ」


「あー……いや、度量が大きいっていう、人間の表現だ」


「知ってるわ」


「だと思ったよ。お前エルフの森出身じゃないもんな」


 共通語を話していても、種族特有の表現は通じないことがある。

 とはいえ、近年は生まれも育ちもプルガトリウムの者が増えたので、意思疎通に大きく困る例は少ない。


 モネはくすりと笑ってから、話を戻す。


「あたしは単に、レティが気に入っただけ。可愛い後輩だもの、可愛がってもいいでしょう?」


「そりゃ、お前の自由だけどな」


 話している間も、二人は周囲の警戒を怠らない。


「子うさぎ、そろそろ戻らせろ。あんまり採るとさすがに怪しまれるかもしれん」


「あっ、はいっ」


 ほどなくして、リスが戻ってくる。


「沢山とれました!」


「ここで出さなくていいからな」


「すごいわレティ。あなたのやり方なら、安定した収入を得られるわね。従来のやり方だと、傷一つない状態の実を入手するのは困難なのよ」


「……まだ問題点もあるな」


「わ、わたし何か失敗してしまったでしょうか……?」


 不安そうな顔になるアレテー。


「リスを動かしてる間、あまりに無防備だったぞ。理想は二、三体同時に使役しながらお前自身も自由に動けることだな」


「な、なるほど……! でも、今は難しそうです」


 肩を落とすアレテー。


「だろうな。探索才覚ギフトはまるで四肢のように馴染むとは言うが、右手と左手で同時に同じ精度で文字を書くとか、大抵のやつは出来ない。それと同じだ。探索才覚ギフトを使いながら本人もバリバリ動くってのは簡単じゃないんだよ」


「だから、沢山練習するのよ。体を鍛えるのと同じで、探索才覚ギフトも自分次第でより良いものへと変わるわ」


「は、はいっ! おふたりとも、ありがとうございます!」


「ふむ、では特別授業料として果物の三割を――」


「センセイ? ただで教えてやるって仰ってましたわよね?」


 モネに肘でつつかれる。


「それは情報料の話だ。パーティーで活動している以上、獲得物の分配はあって然るべきだろう」


「教官が本免許の取得を終えていない担当生徒と共に探索した上で、獲得したアイテムを売却し、利益を得るのは違法じゃなかったかしら?」


 そこを禁止しておかないと、『指導・教導』を名目に、経験の浅い仮免許の生徒を利用する教官が現れかねないからだ。

 というより、そういった例が珍しくなかったために禁止されたという経緯がある。


 無論、ディルはそれを承知していた。


「そうだったな。だが、売らなきゃいい話だろ」


「法の抜け道を模索しないの」


「そうじゃねぇよ。あー……子うさぎ、あとでモネに幾らか果物を分けてやれ」


「はいっ! それはもちろん。……ですが大丈夫でしょうか? 今のお話を聞いていると……モネさん、捕まってしまいませんか……?」


「探索者は獲得アイテムを自分で処理することがある。装備したり食ったりだ。あくまで個人用ってことなら、譲渡することもあるわけだ。お前もモネに装備貰ったろ」


「はっ、た、たしかにっ!」


「相手が良いって言っても、礼の言葉だけで終わらせるな。借りなんてのは引きずらず、さっさと返しちまった方が良い」


「なるほど……っ。あの、モネさん!」


「なにかしら、レティ」


「どうか、果物を受け取っていただけませんでしょうかっ」


 モネは、綻ぶように微笑んだ。


「えぇ、ありがたく頂くわ。お肉と一緒に、子どもたちに振る舞っていいかしら?」


「もちろんですっ」


 アレテーは次に、ディルに向き直る。


「あ、あのっ、先生もどうか――」


「要らん」


「でも、あの、えと……」


 ディルは舌打ちした。


「……売れないのに貰っても意味がない。どうせなら、飯の後にでも出してくれ」


 アレテーがにぱぁっと笑う。


「はいっ!」


「人の前でイチャつかないでくれる?」


 モネが苛立ったような声を上げる。


「いちゃっ!? そ、そういうのじゃありませんのでっ!」


 アレテーは顔を真っ赤にして慌てる。


「……ダンジョン内で一々騒ぐな」


「はっ、す、すみませんっ! モネさんは今、ダンジョンで平静を保つ大切さを教えるために、あのようなことを仰ったんですね!」


「……え、えぇ、まぁ、そういう意図ももしかすると無意識の内に込めていたかもしれないというか……」


 嘘が下手すぎるモネだった。


「そうなのですね!」


 そしてそれに気づけないアレテーだった。

 ディルはため息をこぼす。


「おい子うさぎ。今回は例外だが、今後パーティーを組む時は、獲得アイテムの配分をどうするか事前に決めておけよ。図太さと交渉力は探索者の必須能力だ。あと、アイテムを安く売るのも絶対にやめろよ。あと他にも――」


 ディルは移動を再開しながら、つらつらと注意事項を述べていく。


「わわっ、せ、先生っ、もう少しゆっくりお願いしますっ」


「……ふふ」


「おいモネ、何笑ってやがる」


「……今日のディルは、随分と太っ腹なんだなと思って」


「俺は太ってない」


「それはいいから」


「別に……ついでだついで」


 ディルは最初から、アレテーに経験を積ませるつもりで連れてきたことを、モネは見抜いているようだった。


「ふふっ、やっぱり良いセンセイよね」


「はいっ、先生はお優しいです!」


「……帰っていいか?」


「ダメよ。まだ必要なお肉が揃っていないもの」


 モネにがっしりと腕を掴まれる。

 何を思ったか、モネの反対側、外套を裾を、アレテーがちょこんと掴む。


 ――なんなんだこれ……。


 ディルは大きく溜息を溢し、渋々探索を続けることにした。



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