第22話◇お肉狩り準備編

 



 モネの家は一軒家が立ち並ぶ金持ち向けの地域にあった。


 とはいえ、プルガトリウム内で言えば上の下か中の上といったところ。

 彼女が稼ぎを全て自分のために使ったなら、大邸宅を構えることも出来たはずだが、実際に住んでいるのは絵本に出てくるような、慎ましやかな二階建て住宅だった。 


「ふぁあ、綺麗なおうちですね!」


「そ、そう? 一人だと少し広すぎるよね。かといって、これ以上ランクを下げると治安上の問題が生じたりするし……」


 探索者が探索才覚ギフトを使えるのはダンジョン内だけ。

 盗む側からすると、地上の方が狙い目と言える。


 贅沢を好まないモネがこの家を購入したのは、そういう背景がある。

 安全が買えるなら、金を惜しむべきではない。


「あなたたちの家とか、いいわよね。確か入居者のほとんどが力のある探索者なんでしょう? さすがに泥棒も避けるわよ」


 探索才覚ギフトを抜きにしても、相手にしたくない探索者というのはいる。

 ディルの住んでいる集合住宅には、そういった入居者が多くいた。


「そ、そうなんですかっ? わ、わたしには入居する資格がなかったのでしょうか……」


「これから、強い探索者になればいいのよ」


「モネさん……! わたし、頑張ります!」


 二人の会話を聞きながら、ディルは玄関に向かう。

 だが、扉の前でモネに止められた。


 何故か、彼女は僅かに顔を紅潮させている。


「あ、あなたはここまでね」


「は? なんでだよ」


「……お客が来るとか、考えてなかったから。その、散らかってるのよ」


「気にするな」


「あたしが気にするの」


「子うさぎはいいのか?」


「探索装備を選んであげると約束したんだもの、やむを得ないというものよ」


「そうかよ」


「あたしの家に入るチャンスを逃したくないのは分かるけど、次の機会にね」


「言ってろ」


 ディルは外で待つことにした。


「す、すみません先生。なるべく急ぎますのでっ」


「いや、急ぐな。準備は自分でもうんざりするくらい万全を目指せ」 


「! はいっ。あ、アレテー、コンディションは良好です!」


 少しだるいだけでも探索は休むべき、というディルの言葉を思い出したのか。


「そう見えなきゃ連れてこない。さっさと行け」


 しっしと追い払うように手を振るう。


 二人を待っている間、ディルは今後の動きについて思考を巡らせる。

 ダンジョンへ行き、第一階層で獲物を探し、狩り、持ち帰る。


 肉を捌く者も調理する者も、モネが手配しているだろう。


 それにしても、『閃光のモネ』に盗みを働くとは大した命知らずだ。

 それも、子どもたちに振る舞う予定だった肉となれば、怒りを覚える者も多いだろう。


 金は大きな力だが、恩義や義憤で動く者も多く存在するのだ。

 衛兵が捜査するまでもなく、犯人はじきに捕まることだろう。


 ――どうでもいいか。


 ディルが考えることではない。

 その者の所為で休日が潰れることになったので、文句くらいは言いたいところではあるが。


「お待たせしましたっ!」


 二人が出てきたのは、一時間が経過する頃だった。


「遅ぇ」


「すみません! で、でも先生が万全を期すようにと……」


「言う通りにしても怒られる。世の中ってのは理不尽なもんだ」


「な、なるほど! 先生は今回の件を通して世間の厳しさを教えようと……っ」


「レティ? ディルは結構な頻度で適当なことを言うの。あなたには、それを見抜く力を養う必要があるようね……」


「そ、そうなんですか? わたし、そういうの苦手で……」


「素直なのは美徳だと思うけどね」


 ディルは二人の装備を確認する。

 モネは騎士ふうの衣装に身を包んでいる。

 腰には剣の鞘。


 ただし鎧は身につけていない。

 ディルもそうだが、一見防御力のなさそうな衣装であっても、ダンジョン由来のアイテムをふんだんに利用することで、見かけとは異なる耐久力を発揮するのだ。


 たとえばモネが纏うロングコートは刃を通さず、衝撃を分散し、水を弾き、泥を寄せ付けず、一部の特殊攻撃への耐性まで持つ。


 オークの渾身のパンチをまともに食らって吹き飛んでも、体内にダメージはほとんど届かないだろう。


 こういったアイテム郡は、怠惰領域、憤怒領域、強欲領域などで入手できることが分かっている。

 探索才覚ギフトを得ただけの生身の人間がダンジョン内で生き抜くには、装備の充実が最優先と言えるだろう。


「子うさぎのそれは、どんな効果を積んでる?」


 アレテーの格好は、とても探索者には見えない。

 ふわふわのワンピース姿だ。腰にはベルトを巻き、そこに小物入れを下げている。


「ちょっと、まずは感想でも言ってあげたら?」


 モネに注意された。


 照れた様子で頬を掻いていたアレテーが、ディルの無反応ぶりにしゅん……となっている。


「……動きやすそうだな?」


「は、はい。着た人のサイズに合わせる機能がついているみたいで、ぴったりでした……」


 答える声に元気がない。


「あー……服ってのは、自分で満足してりゃそれでいいんだよ。お前はその衣装をどう思う?」


「か、可愛いと思います!」


「じゃあ、それは可愛いんだろう」


「はいっ! ありがとうございます!」


 機嫌が直ったようだ。

 正確には、ディルは自分の感想を伝えていないわけだが。


「ディルにしては及第点ね」


「いいから効果の説明をしろ」


「基本通りよ。物理攻撃耐性・特殊攻撃耐性と、自動サイズ調整、常時清潔状態といったところかしら」


「よし。ド新人に強化系に入れると事故るからな」


 反応速度や脚力腕力を上昇させるアイテムも存在するが、慣れない内からそういったアイテムに頼ると、『普段の自分』と『強化された自分』の違いに上手く適応できず、予期せぬ動きをしてしまうことがある。


 最初の内は、快適に動けること、ダメージを軽減することに重きを置いていれば問題ない。

 能力強化は、『普段の自分』を完璧に把握・制御できるようになってからでも遅くないのだ。


「そのあたりはちゃんと心得ているわ」


「ただの確認だ」


「生徒思いなのね」


「茶化すな」


「……ごめんなさい。そうね、パーティーの状態を把握しておくのは大事なことだわ」


 慎重だからこそ、ディルは生き残れたのだ。


 ちなみに、アレテーのポーチは見た目以上の収納量を誇るダンジョンアイテムだ。

 かなりの高額で取り引きされる品だが、モネはアレテーにプレゼントしたようだ。


「子うさぎ、モネに感謝しろよ。初心者が確かな品質のレア装備をゲット出来るのは、とんでもない幸運だ」


「感謝なら、もう貰ったわ」


「いえっ、先生の仰る通りです。改めて、ありがとうございます!」


「ふふ、いいのよ。今どき、お金目当てじゃない探索者志望なんて珍しいもの。頑張りましょうね」


「はいっ!」


「じゃあ、そろそろ行くか。これ以上遅くなると、晩飯に間に合わん」


 こうして、三人はダンジョンへと向かうことになった。



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