第21話◇探索の原動力

 



 ディルは渋々、モネの頼みを承諾する。

 モネは優しげな微笑を浮かべた。


「ありがとう」


「さすが先生ですっ! わたしは信じてました!」


 アレテーが尊敬の眼差しで見てくる。


「何他人事みたいに言ってんだよ。お前もついてこい」


「――え?」


 アレテーが固まった。


「レティも連れていくの? あたしは構わないけど……」


 彼女たちのクラスはつい先日、探索仮免許を取得した。

 第三階層探索免許以上を取得している探索者の同伴がある場合に限り、第一階層の安定空間の探索が許可される。


 安定空間というのは、度々構造変化が起こるダンジョンにおいて、常にその様相を保っている部分を指す。

 ダンジョンスクールが生徒に渡す地図も、安定空間が記されたものだ。


 肉はそこで充分確保できるだろう。

 ディルはアレテーの能力で試したいことがあった。


「あの、先生? わたしがお役に立てるのでしょうか?」


「そう思わなきゃ連れて行かん。あー、だが装備をどうするかな……」


「それなら、あたしが見繕ってあげる。探索装備を取りに一度家に戻らなきゃならないし、丁度いいわ」


 そういえば、彼女は私服姿だ。


「肉保管してるとこから、直接ここに来たのかよ」


「……こういう時、頼れるのはあなただけだもの」


 ディルが純情な少年ならコロッと落ちかねないセリフだが、生憎と堕落した大人である。


「もう少しまともな交友関係を築いた方が良いぞ」


 と、皮肉で返してしまうのだった。


「そんなこと言って、あたしのこと放っておけないんでしょ」


 ニヤけ顔のモネに、ディルは呆れ顔を返す。

 それから、装備を取りに自室へ足を向ける。


「借りを返すだけだっつの」


「所長には借りっぱなしじゃない」


「あいつはいいんだよ」


「どういうこと?」


 ディルはリギルを助ける。リギルはディルを助ける。

 これは決して変わらないことであり、疑いの余地はない。


 リギルに助けを求めることをディルは借りと思わないし、彼を助けることで貸しを作れるとも思わない。


 アレテーを寄越したのも――大きなお世話ではあるものの――ディルを助けようと思ってのことだと確信している。

 だが、それを人に説明して理解が得られるとは思わなかった。


「なんでもだ」


 故に、ディルは適当に流す。


「男の友情ってやつかしら」


「やめろ気持ち悪い」


 一々名前をつけるようなものではない。

 ディルは話を打ち切って、自室の扉を閉めた。


 それからしばらく経ち。

 装備を整えたディルは、改めて体の調子を確認。


 アレテーの所為で生活習慣が改善されたこともあり、わざわざ意識せずとも体調は良好に保たれていた。


「……今日は役に立ったな。たまたまな」


 あくまでアレテーの存在は疎ましいものだ、とディルは言い訳するように呟く。

 扉を開けると、二人は既にいなかった。


「あ?」


 アレテーを引き取って帰ってくれたのだろうか。

 だとしたら最高なのだが。


 ディルは儚い希望をすぐに捨て、玄関を出た。

 隣の部屋が騒がしい。アレテーの部屋だ。


「おい、何やってる」


 玄関前に立ち、扉越しに声を掛ける。

 するとしばらくして、扉が開かれた。


 モネだった。


「ちょっとディル、知ってた?」


「なんだよ」


「あなた、アレテーにお世話してもらってるんでしょう?」


「子守されてるガキみたいに言うな」


「自分をお世話してくれてる人のことくらい、ちゃんと知っておくべきだと思うのよ」


「モネさんっ、先生は悪くありませんっ」


 いつの間にか呼び方がモネさんになっている。


「いくら他人に興味がないからってねぇ……」


「話が見えん。具体的に言えよ」


「この子ったら、あなたのことばかりで、自分のものをほとんど持ってないのよ!」


「はぁ?」


 モネが手を伸ばし、ディルをアレテーの部屋に引きずり込む。

 そこは質素な部屋だった。


 最低限の家具はあるが、これはリギルが手配したものだろう。ディルの部屋にあるのと同じタイプだ。

 それ以外は、まるで人が住んでいないかのように綺麗で、殺風景だった。


「待て待て。子うさぎお前、俺の家に押しかける代わりにリギルに援助してもらうって話だったろ。あいつに貰った金をどうした」


「えぇと……わたしには多すぎるくらいなので、どうしても必要なものを買う以外は使っていません」


「俺の部屋に物増やす前に、自分の部屋を整えろよ」


「そんなっ。わたしは、これでも充分すぎるくらいで……!」


 変なところで押しが強いものの、少女が基本的には控えめな性格であることを忘れていた。


 彼女からすれば、家事をするだけで生活の心配をする必要がなく、更には望んだ教官に教えてもらえるというのは、出来すぎな話なのだ。

 恐縮してしまうくらいに。


「この子、服だってほとんど持ってないのよ!? 普通気づくでしょう」


「俺にそんな観察力を期待するな」


 仮に気づいていても、他人の服装に口出しする気はない。


「そうだったわね」


「そんなに何着も必要ないですから……」


「本当? 他でもない自分のために、おしゃれな格好とかしたくないの?」


「モネさんみたいに綺麗なかたと違って、わたしみたいな田舎者にそういうのは似合わないでしょうし……」


 アレテーが力無げに微笑む。


「出身は関係ないわ。それを言うならあたしはスラムの孤児だし。それにあなたはとても可愛いもの」


「なぁモネ。肉はいいのか」


「少し静かにしていて」


 圧力が凄まじく、ディルは黙っていることにした。


「分かった。じゃあ今度、あたしと服を見に行きましょう。似合う服を選んであげる」


「そんなっ。申し訳ないです」


「あら、断るの? あたしと出かけるの嫌?」


「まさかっ。ひ、非常に光栄ですけど……」


「なら決まりね」


 上機嫌なモネと、困り顔のアレテー。


「嫌なら断っていいんだぞ」


「嫌とかではないのですが……」


「なら行ってみろ。モネに味方するわけじゃないが、もしお前の中に良い服着たいって欲求があるなら、それを叶えるのは悪いことじゃない。モチベになるからな」


「モチベーション、ですか?」


「目標が遠すぎると、人の心は折れやすいんだよ。本気で深淵目指すなら、バカみたいに遠大な道のりになる。今より良い服、良い飯、良い家。探索者として活動していく中で手に入る物の中に喜びを見出すのは悪くない。限度はあるがな」


 というか何も言わないと日がな一日ディルの世話を焼こうとするので、休日に遊ぶ友人なり趣味を見つけて欲しい――と、ディルは思っていた。


「そうよ。原動力は一つでなくてもいいの。もちろん、ストイックに……というのがあなたに合うならそれでもいいかもしれないけど」


「そ、そういうものなんですね……あの、先生にもそういうものってあるのでしょうか?」


「酒、ギャンブル、女」


「適当なこと言わないの!」


 モネに叱られてしまった。


「ふふ……それでは、モネさん。お願いしてもよいでしょうか? 実はその、お店の前には行ったことがあるのですが、入るのは恐れ多くて」


「任せなさいっ」


 急速に仲良くなる二人だった。


「それより、いい加減行くぞ。ガキ共に肉を食わせてやりたいんだろ」


「そうね。行きましょうレティ。あたしの家で装備を見繕ってあげる」


「あ、は、はいっ……!」


 ――原動力、ね。


 ディルは既に、それを失ってしまった。


 だから、こんなふうになっているのだ。


 ディルの視線は一瞬だけ、二○四号室へ向けられた。

 それはすぐに逸らされ、彼はいつも通りの眠たげな目になって家を出るのだった。



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