第16話◇子うさぎちゃんは劣等生?




 天然で純粋で世間知らずなところはあるが、アレテーは馬鹿ではない。

 他の生徒たちの探索才覚ギフト発動も見ているのだ。


 どうすればいいかくらい、分かった筈。

 探索才覚ギフトは発動せねばならない。そういう授業だ。


 だがモンスターといえど、殺すのは気が咎める。

 そういう心の葛藤の中で、ディルにつけられたあだ名からの連想か、子うさぎを出現させてしまったのだろう。


「ぶふっ、あはは! 今の見たぁ? モンスター相手にうさぎって! なーに考えてるのかなアレテーちゃんはさぁ」


 猫耳のフィールである。

 能力のレア度で劣っていると分かった時は不機嫌そうな顔をしていたが、アレテーが失敗した途端ここぞとばかりに上機嫌で馬鹿にし始める。


「うんうん、同じ属性でも、使い手としてはフィールちゃんの方が上だね」


「希少な探索才覚ギフトに目覚めても等級が低い人もいるって噂だけど、彼女のようなタイプがそれに該当するんだろうな」


 取り巻き二人もいつも通りだ。


 恥じ入るようにプルプル震えるアレテー。

 ディルは一つ頷き、口を開いた。


「うん、問題が悪かったな」


 場がシーンとした。


「というと?」


 最初に反応したのは老ドラゴニュートの教官だ。


「そのまんまの意味だが?」


 ディルが言うと、老人はぴくりと瞼を震わせた。


「センパイ。レティもいることだし、一から説明していただけるかしら」


 ……生徒に分かるように説明するのも教官の務めとか、そんなことが言いたいのだろう。


「この授業の目的は本来、『探索才覚ギフトの発動確認』だ。俺もさっきまで勘違いしてたんだが、よく考えりゃモンスターを殺す殺さないは特に関係ない」


「関係ないってことはないんじゃない? ダンジョン内では戦闘を完璧に避けるのはほぼ不可能だわ。だからこそ、いざという時に敵を攻撃できるかどうかは重要な要素よ」


 人妻アルラウネの反論に、ディルはピンと指を立てる。


「そこだよ。そこが間違いだった。正確には、いざという時に敵を無力化できるかどうかが重要なんじゃないか?」


「同じことじゃないんですか?」


 熱血オーガが難しい顔をして首を傾げている。


「全然違うね。おい子うさぎ」


「は、はいっ!」


「もう一回チャンスをやる。次は倒せとは言わん。戦いたくないなら、敵をなんとかしろ。お前は、探索を進めたいんだろ」


 アレテーがハッとした顔をする。

 そしてしばらく考え込んだかと思うと、ぐっと両拳を胸の前で握りしめた。


「わたし、頑張ります!」


 他の教官たちも結果が気になるのか、特に止めはしなかった。


「あのー……イノシシさんを捕まえている氷を、溶かしてもらえないでしょうか?」


「えっ? 大丈夫かい? 走り出すとかなりの速度になるけど」


「ご心配、ありがとうございます。えと、きっと大丈夫だと思います」


 躊躇いがちに、熱血教官が能力を解く。

 瞬間、モンスターは息を荒げながらアレテーに突進。


 アレテーは探索才覚ギフトを発動。

 先程よりも出現した水球は大きい。


 そしてそれは――巨大なクマの姿をとった。


 モンスターはそのまま突進を続け、腹に角を突き入れたまではよかったが、通り抜けることは出来なかった。

 クマの体内で身動きもとれず、溺れ始めるイノシシ。


「おぉ! 確かに攻撃せずに無力化していますね! ディル教官はこれを言っていたのですか!」


 オーガの教官が何か言っているが、ディルはアレテーから視線を離さない。


「クマさん、出してあげてください」


 自分の腹に手を突っ込み、体内のイノシシを外に出してやるクマ。

 クマが威嚇するように腕を振り上げると、モンスターは――逃走した。


 アレテーが輝く表情でディルを見た。

 普段なら無視しているところだが、今回くらいはいいだろう。


「よくやった」


 すると、彼女の表情がもう一段輝いた。


「……自分を襲わなくなれば、脅威にはならない。殺意を持って攻撃できるかどうかは、探索を進める上で必須の資質ではない。君はそう言いたいのだね?」


 老ドラゴニュートが言う。


「あいつらがとるのは、あくまで探索免許だからな。モンスターを倒して稼ぎを得るのが目的みたいになってると忘れちまうが、戦闘適性は必須じゃない」


「……ふむ」


「あのー、それはいいんですけど。モンスターは?」


 人妻アルラウネの発言で、全員が熱血オーガを見た。


「えっ、オレっ!?」


「そのまま逃したら他の生徒が危ないでしょう!? 柵の外には出られないんですから!」


 モネが叫ぶ。

 柵は外から内を守る役割もあるが、モンスター単体では内から外に出るのも難しい。


 アレテーに敵わないと判断して逃走したイノシシだが、他の生徒はそうとは限らない。

 生存本能こそあれ、暴食領域のモンスターはみな凶暴なのだ。


「そう熱血くんを責めるなよ。俺ら全員の責任だ。みんな子うさぎの活躍に気を取られてたんだからな」


「それは……そうね。言い過ぎました」


 ディルはさりげなく、自分だけはモンスターが逃走することを知っていたことを隠蔽した。


 ――丁度いいタイミングだ、ここらへんで抜き打ちテストといくか。


 老ドラゴニュートと人妻アルラウネは、既に散らばった生徒を呼び戻している。


「ね、ねぇ。こっち来てない?」


 猫耳少女フィールが呟くのが、ディルには聞こえた。


「うん……来てるね」


「噂では、年に十数人は油断して一角イノシシの角に腹を突き破られて死ぬらしいよ……」


 三人組がサァッと顔を青くする。



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