聖女にも色々いるようです


 シルヴィオが再び駆け出す。軍勢を避けるようにグルッと遠回りして目的地に向かうのだそう。国王軍に極力動きを悟られないよう、アンドリューも低空飛行でついて来ている。


「派手にやっているみたいですねぇ。頭ハッピー鳥野郎ですから、計画があってやっているというより楽しいから暴れているのでしょうけど」

「派手に動いてくれた方がこちらが助かるのは確かだな」


 近付くにつれてその様子もチラチラと遠目から確認出来るようになってきた。確かにあちこちで煙が上がっているし、ワーワーと声や金属音も聞こえてくるしで、現場は大混乱なのがわかる。

 本当に、戦なんだなって感じて私はすごく怖いけど!! こちとら平和ボケした日本人なんですよぉ!


「あ、あの。今更なんですけど、こうしてリーアンが暴れたら、アンドリューは国王軍に敵認定されてしまいませんか……?」


 本当に今更だけど。アンドリューは城で暮らしているから、誰よりも命が狙われる立場なんじゃないかなって気付いたんだよね。

 でも、当の本人はケロッとした様子で口元に笑みを浮かべた。


「私の敵が周囲に多いのは昔から変わらない。それが確定になっただけで、いつかはこうなると覚悟もしてきたからな。それに、私にも多くの味方がいる。迂闊に手を出せないのは向こうも同じ」


 そっか、国王派だけじゃないんだもんね。王太子派の人たちもいて、アンドリューを支えてくれているんだ。

 私が急いで幻獣人を解放することは、アンドリューの身の危険を減らすことにも繋がるんだよね。使命感ってほど大げさなものではないけど、たくさんお世話になっているアンドリューの手助けはしたいって思う。で、出来る範囲で、だけど。


 でも、リーアンが聖女という存在を嫌っているように、他にも同じように考える人もいるよね。幻獣人が増えれば増えるほど、私の不安も増えていくよ……。


「ドラゴンのカノア……どんな人だろう」


 ぼんやりとした思考は言葉となって外に出ていたみたいだ。シルヴィオの耳がピクッと動き、また他の幻獣人のことですか? と不機嫌そうな呟きを漏らした。

 慌てて「ただ不安なだけです!」ってことを伝えると、すぐに納得して不機嫌オーラは消してくれたけど、心労がっ!


「心配せずとも、幻獣人というのは聖女様には逆らえません。そういう存在なのですよ、聖女様というのは」

「っ、シルヴィオ!」


 幻獣人が聖女には逆らえない……? それってどういうことだろう。

 アンドリューが焦ったように声を上げたことといい、あまり私には聞かせちゃ拙い内容だったんじゃ。


「大丈夫ですよ。アンドリューだって気付いているでしょう? エマ様は、聞かせても大丈夫な方だって。前の聖女様と同じ気質を持っていらっしゃる」

「それは、そうだが……」


 私の知らないところで妙な信頼をされている気がするけれど……。

 でも、確かにアンドリューが心配しているようなことにはならないと思うよ。たぶん、こういうことだろうから。


「……当然、逆らえないからといって無茶なことは言いませんよ? 言えるような度胸もないですし……」


 人に何かを頼むことさえ苦手なのに、命令だとか無茶ぶりなんて出来ませんよ。記憶はないけど、過去の私もそういった経験はないと思う。これは性格だから。


「ほら。エマ様はやはりとても心の美しい方です。清らかさで言えばオレがこれまで出会った人の中でもナンバーワンですからね!」


 えっ、それはいくらなんでも言い過ぎだと思う。前から度々聞いていた単語ではあるけど、絶対に清らかではないでしょう。

 すぐに人を羨むし、それでいて努力もせずに諦めるし。ドロドロとした醜い感情に支配されることの多い私には似合わない言葉だもの。


「シルヴィオがそう言うのだから、疑いようのない事実なのはわかっているが」


 いや、納得しないで? なんなのその揺るぎない信頼。ユニコーンだから? そういう何かがあるって言いたいのかな?

 だとしたら申し訳ないけど、そのセンサーは今回に限り間違えていると思います!


「エマのことは信頼している。だが本来、このことをご本人にお伝えすることはあまりないのだ。聖女様が皆、エマのような優しい心の持ち主だったらいいのだがな」


 ……言われる言葉自体はとても光栄なものだ。だから否定もしにくくて、うっと言葉に詰まってしまう。

 もうこの際その信頼の件は置いておく。居心地は悪いけど、否定したところでいい方向には進まないってことくらいはわかるもの。


 それよりも気になるのは、そういう対応をしているってことはこれまでにも何かがあった、ってことだよね? 聞いていいものかどうかはわからなかったけど、昔何かあったのですか? と恐る恐る訊ねてみた。

 すると、苦虫を噛み潰したような表情になりながらも、アンドリューは丁寧に説明をしてくれた。


 大昔のとある聖女様がそのことを知った時、幻獣人がまるで奴隷のように扱われたことがあったという。

 かなり昔のことだからほとんどが代替わりしており、その聖女様を知る者はあまりいないみたいだけど……。その時の酷い様子は、今も幻獣人たちの間で語り継がれているのだそうだ。

 そんな絵に描いたような人、現実にいるんだなぁ。怖い。


 そこでふと、気付く。ほとんどが代替わり……?


「あ……。リーアンは、代替わりをしていないって……」

「ああ。過去の忌々しい記憶をしっかりと覚えているはずだ。唯一無二の存在である幻獣人様にとって、かなりの屈辱でもあっただろう」


 だからリーアンは、聖女という存在が嫌いなんだ……。


 事情を知った今、明るくチャラチャラしているのは性格もあるだろうけれど、自衛もあるのかな、って思ったよ。

 棘のある言い方も、やけに敵視されるのも、仕方ないのかな……。もはや仲良くなるのは絶望的じゃない? それならせめて、ビジネスライクな関係を保てたらいいな。


 傷付いた彼の心を癒すだとか、引っ張り上げるだとか、そんな物語のヒロインみたいなこと、私には無理ですからね。程よい距離感、模索します!

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