たぶん私は嫌われています……!
リーアンはこれまで腕にだけ纏っていた炎を全身に纏い始めた。人型を保っているけど、フェニックスのシルエットに見える。
水色と朱色の炎がやっぱり綺麗なんだけど、今は獲物を狙う肉食獣のような表情とオーラのせいでもはや怖い。
「これまでずーっと寝てたしー、準備運動くらいはさせてよねー、国王軍サァン?」
もうセリフが怖い。自分の勝利を疑っていないもの。それほど、自分の力に自信があるんだ……。戦う前からそんな強者のオーラはひしひしと感じてはいるけど、頼もしいというよりひたすら怖いのですが!
「リーアン。以前の時と同様、決して誰も殺すなよ?」
「えー、やっぱりぃ? 面倒くさいなー。力加減しない方が早いよー?」
アンドリューが今まさに飛び立つ寸前だったリーアンを呼び止め、釘を刺す。それはつまり、誰も殺さないって約束を以前もしていたってことだよね? それを知って安心した。
世界が違うのだから常識だって違って当たり前だもの。禍獣という恐ろしい存在がいて、死が割と身近にある世界だから、戦で人が死ぬのも当たり前なのかなって不安だったから。
「でもそれってさぁ、前の聖女チャンの言葉じゃない。今はエマチャンが聖女なんでしょ? オレっちは幻獣人だからー、今の聖女チャンの言うことを聞くし。ってか、そういう
あ、言うことを聞く気はあるんだ。警戒されているみたいだから、何を言ってもダメみたいな雰囲気があった分、ちょっと意外。
ただ、「縛り」っていう単語がちょっと気になるけれど。
「だからさ、エマチャン? キミも人殺しはダメって思うクチ?」
早く答えないと行っちゃうよー? 何の指示もないと殺しちゃうよー? とリーアンはサラッと恐ろしいことを言う。しかも焦らせてくる。
やっぱり、この人は私を警戒っていうか信頼を全くしてないんだ!
「だ、ダメです! 誰も殺さないでください!」
「はぁい! わっかりましたー!」
リーアンは私の答えをわかっていたというようにすぐに笑顔で返事をすると、あっという間に上空へと飛び立つ。からかわれている、というより遊ばれているなって感じた。
ううん、そんなマイルドな表現で自衛するのはやめよう。
リーアンは、たぶん私のことが嫌いなのだ。私というか、聖女が嫌いなんだと思う。
まぁね? 私ってすぐウジウジするし、ハッキリ物を言えないし、どんくさいし、それでいて変なところが頑固だし、人に好かれる要素がないことはわかっている。……自分で言ってさらに気持ちが落ち込んできた。
えーっと、つまり! リーアンが私を嫌いだというのなら、それもわかるっていうか。でも、嫌われるほど一緒にいないし、お互いを知らないはず。
それなのに明らかに私を嫌っているのは、そもそも聖女というものが嫌いなんだろうなって思っただけなんだけど。
「すまないな、エマ。私が勝手に言い出してしまって」
「い、いえ! アンドリューが言ってくれなかったら、そのまま送り出していましたから」
飛び立ったリーアンを見つめながらアンドリューは言う。勝手に、とはいうけれど、事情を知らない私のために自然な形でフォローしてくれたのだろう。
「こういうことがあるから、私は出来るだけ幻獣人様の解放に同行しようと思っていた。エマはまだ、幻獣人様がどういう存在か知らないだろう?」
「……はい。アンドリューや教会での生活でさえ、私の常識とは違っているみたいですから。幻獣人はさらに違うみたいで、ついていくのがやっとです」
シルヴィオのように最初から協力的な者もいれば、リーアンのように面白くないと思う者もいるし、特に何の感情も抱かない者もいれば、自由過ぎて言うことを聞かない者もいる、とアンドリューは教えてくれる。
でもそれは、考えてみれば当たり前のことだよね。色んな人がいるのと同じで、幻獣人にだって色んな考えを持つ者がいて当たり前。
ただ態度を隠すとか遠慮をする、ということをしないから困惑するだけで……。
「あっ、ごめんなさい。弱音を吐いたみたいになってしまって。でも、だからこそ私はとても聖女と呼ばれるような存在じゃないって……すごく思うんです」
ずっと聖女になるということを拒否し続けている私。客観視したら、ただイヤイヤ言っているだけのワガママに見えると思う。聖女になんかなりたくない! って。
もちろん、それも思ってる。けどそうじゃない。私はとても人に大事にされるような存在じゃない。望まれたような仕事をこなせる自信がまったくないんだもの。
期待されるのが怖い。出来なかった時に、今親切にしてくれている人たちは変わらずに親切にしてくれるのかなんてわからはい。
そんな醜いことを考えるような私が、聖女様と呼ばれることを受け入れるなんてあまりにも烏滸がましい。
「少しずつでいい。私も出来るだけ協力する」
でも、ほら。アンドリューは優しい言葉をかけてくれる。受け入れるしかなさそうな、外堀が埋まっていくような、なんとも言えない圧が私を襲うんだ。
もちろんこれは私が勝手に感じているだけで、彼らは何も悪くない。
この考えも私の脳内で何度繰り返したことか。聖女と言われては心で否定して。これからもずっと繰り返すのかな。はぁぁ……自分がすごく嫌になる。
「別にオレだけでもいいのに」
「シルヴィオは事が起こってからしか対処しないだろう」
「それのどこに問題が? というかアンドリュー。そもそも王太子がそんなに城を抜け出していいんですか?」
内心で落ち込む私を他所に、二人は軽口をたたき合っている。なんだかんだで、仲が良いよね。
「問題に思ってないところが問題なんだが……。まぁいい。城を離れることか? 今更ちょっと戻らないくらいでは、誰も驚かない」
「あー、そういえば貴方はしょっちゅう前の聖女様の下にも遊びに来ていましたっけ」
「……今回は別に遊びに来ているわけではないのだが」
というか、色々とツッコミどころの多い会話をしているなぁ。いつものことだけれど。
私としては正直、アンドリューのように事前に防いでもらえるならその方が助かるのは確かです。あと子どもの頃のアンドリューは意外とやんちゃだったんですね……!
「そろそろ始まったみたいですよー。さ、オレたちは今のうちにカノアの解放に向かいましょう」
シルヴィオの言葉にパッとリーアンが飛んでいった方向を見る。うっすらと赤い光が見えるのは、やっぱりリーアンの炎だったりするのかな。ど、どんな光景が広がっているんだろう。知りたいような、知りたくないような。
ううん、私の今やるべきことはドラゴンの解放。連れて行って触れるだけではあるけど、ボーッとしてヘマをしないようにしなきゃ。
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