13 【革命児と呼ばれた男】

 

 この世には創るものと壊すものがいる。スクラップ・アンド・ビルド、世界の総和が決まっているならいつかは創造の前提に破壊が必要になる日が来る。



 しかしそれは今では無い。まだ飽和に至らない世界では、壊す者はただ壊し創る者はただ創り続ける。その中で、もし自ら進んで二つを同時に行う者がいるとするならば、それの呼び名は──



「革命児ですか?」


「ああ、革命児。元はただの大地主、『引き継ぐだけの貴族』の生まれだった彼は、家督を継いだ瞬間から辣腕を振るい、一代どころか四半世紀の内にディアライトを一介の山間都市から南方大陸有数の鉱山都市、更には自治区へと発展させた。その余りにも革新的な手腕と、利益や発展以外を考慮しない傍若無人さに付けられたのが『革命児』、ここの首長キサンド・ンガルラの二つ名だ」


 絵画、彫刻、調度品、成金趣味と罵られてもおかしく無い豪奢な品々が街路樹のように延々と並ぶ廊下を、一人と五人はただ真っ直ぐ歩いていた。既に似たような廊下と階段を三度は見ており、こうも画一的な内装だと自分がいま何階にいるかも不明瞭になってきて、黒髪の少年は強く目を瞬かせた。


 先導するのは使用人らしき男。後に続くのは、一人を除いてみな青少年の歪な列。



 痩せ型の少年と貫頭衣の少女は、緊張した面持ちで前だけを見て進んでいる。灰色の髪を撫で付けた糸目の男性と紅に染まった美しい長髪の女は、なるべく怪しまれないよう少ない動作で周囲を窺っている。ウェーブがかった藍髪の少年だけは、純粋に美術品に興味があると言いたげにキョロキョロと忙しなく廊下の両端を見やりながら歩いている。



 昇降と直進を繰り返すこと数度、折り返しの階段ばかりだった廊下の突き当たりに、初めて見る形の大扉が現れる。使用人は無言で扉を引き客人たちを中へ通そうとしたが、両扉が開き切る前の隙間から、ネコ科を思わせるしなやかな動きの人間が音もなく潜り抜けて来た。


「いらっしゃ~い、アナタが噂の本部から来た大隊長ね!? ヤダ~、話よりずっと男前じゃない! ワタシももっと決めてくればよかったわぁ!!」


 態とらしい程に女性的な口調、身につけた大量の宝飾品、不自然に腰をくねらせた歩法、それら全てと不釣り合いに鍛え抜かれた細く締まった躯体。どこをどう切り取っても奇異な人物が、部屋に入ろうと片足を上げたリュウの手を絡め取って低い猫撫で声を出した。



 ギョッとした様子のリュウは隣のウォフにアイコンタクトを送るが、女は長髪を振り乱して全力で首を振って援護を拒む。その視線に気付いて美丈夫の背後を覗き見た人物は、またぱあっと顔を輝かせて音も無く女らへと近付いた。


「あら~随分と可愛い坊やタチね! でもその制服、もしかしてその歳で騎士団になった天才だったりするのかしら?」


 唯一その体重移動の無駄のなさに目を見張ったウォフを避けるようにして、奇抜極まる人物はスラエータオナたちの前に滑り出て腰を曲げ、どこか挑発的に手を差し出した。


「あ、えっと、お初にお目に掛かります。僕はスラエータオナと申します、騎士団はまだ仮所属です。それで……貴女がキサンド・ンガルラさん、でよろしいでしょうか」


 硬直すること数秒、浮かんだだろう複数の質問を諸共に生唾を呑んで、スラエータオナは握手と共に挨拶を返した。少年の表情はぎこちなかったが、女(?)は握り返された掌をしばし見つめ、満足そうにわざとらしさの抜けた自然な微笑みを返した。


「おいマジか、全部流して本題まで行ったぞあいつ」


「スラエータオナ、害意さえ感じなければ基本的には何でも受け入れるからねぇ」


 眉を吊り上げて怪訝な表情を隠そうともしないウォフの小声に、知った気な口調のドゥルジが余裕そうに軽く相槌を打つ。否が応でも目立つ振る舞い、一方でそれから瞬時に意識を切り替えたリュウだけは、扉の先にいたもう一人の人物と一瞬早く視線を交わしていた。


「パロアくん、君が来ると話が拗れるから駐屯所で待っておけと言った理由が分かっただろう?」


 先ほどから部屋の奥で静観していただけの男が、重厚な声を響かせた。それだけでパロアと呼ばれた人物が掻き乱した空気が整然とするような、場を一変させるだけの力が男の声には篭っていた。


「騒がしくてすまないね。私がキサンド・ンガルラ、若輩ながらディアライト開発の総指揮を執らせてもらっている者だ。君達が、報告にあったパルシスタンからの訪問者かな?」


 分かりきった質問を、敢えて丁寧に尋ねる男。その仕草は、まるで場を支配するのは自分だと主張する様な威圧感を伴っていた。


「先に名乗りを上げなかった無礼をお目溢し下さい。お初にお目に掛かります、当方、貴自治区による要請を受け参りました王都騎士団にございます」


 言外の圧を受け、リュウは姿勢を正し恭しくあいさつを述べた。作法も何も分からないままに、スラエータオナたちも取り敢えずで同じように阿る。


「なに、ちょっとした確認だよ、要件は概ね親書で伝わっている。私は無駄が嫌いでね、手短に行こうじゃないか」


 そう言って目頭を抑える男は、長身でいかにも神経質そうなネグロイドだった。



 スラエータオナは、南方大陸には黒い肌の人種が多いと文献で読み齧っていたが、実際にはパルシスタンの位置する中央大陸との長年の国交の結果として、外見だけでは所属を測れない時代になっている。その中で、キサンド・ンガルラは茶水晶の様に磨かれた美しい褐色の肌と、座っていても分かるほどに長い手足を持った、古き血を残す生粋の南方人の姿見だ。



 持ち山がいくつもある事からして、相当な由緒の持ち主なのだろう。スラエータオナは既に王や団長への謁見を経て耐性を付けたつもりだったが、それでも社会的に生まれつきの貴人に対するのは胃が竦む思いだった。



「……ああそうだ、『造反』の件はちょうどパロアくん率いる駐屯騎士の管轄だったな。そちらは長身の君が代表者だろう、二人で話を詰めなさい」


 そしてキサンド・ンガルラは、無駄が嫌いと宣った自己紹介通りに、事も無げに今回のディアライト遠征の核心へと触れた。 



『造反の動きあり。至急救援求む』



 それが王都騎士団、引いてはパルシスタンへと送られた嘆願書の内容だった。国から国への正式な文書にしては余りにも簡素で配慮に欠けた文面、それはこれが書かれた状況が非常に切迫している事を表現しているはずだったのだが。


「……ンガルラ殿に倣う訳では無いが私も無駄が嫌いだ、ここで話せるか?」


「? 別に良いわよ?」


 リュウは逡巡したような表情を見せた後、パロアへと向き直り部屋の隅で声を潜める。しかし他に音もないこの部屋では、会話の内容はスラエータオナたちに筒抜けであった。


「書簡にあった『造反者』の件について、対処を詰めたい。行き掛けに見た街は平和そうだったが、状況はどうなっている」


「ああそれね、実はもう片づいちゃったの。少し遅れてその旨を伝えたと思うんだけど、そっちの連絡は届いてない?」


「いや、こちらでは確認できてない」


「いや~ね、もう! こんな色男にわざわざ徒労をかけさせるなんて、何て不便なのかしら。もっと速くて手軽に通信できる方法が欲しいわ~」


 小さな声での会話の最中、急な大声にリュウは面食らった様に肩を強張らせていた。彼は案外一般的な感性の持ち主で、パロアの様な突飛な人間性に対しての耐性が無いようであった。


「ぞ、造反で言えば、近くの林道で野盗に襲われたから、こちらの牢で預かってもらおうと捕縛して監視の上で連れ込んだぞ。あれが造反者じゃないのか?」


「あら~、ほんっとに申し訳ないことしたわね。恥ずかしい話なんだけど、造反ってのはウチの駐屯所から出ててね? 情報を外に売ったり怪しい動きしてたからしたんだけど、その後始末であんまり手が回ってないのよ~」


 パロアのわざとらしい女性言葉は、妙に鼻に付くというか話の根幹を脳に入れる行為を阻害してくる。リュウも惑わされているのか、いつもの無理に肩肘を張った口調が所々ほどけていた。それでも、


「え? 俺たちがディアライトに来た理由は、もう無くなってる?」


 小さな声と耳滑りする口調、それでもその情報を聞き落とすほどスラエータオナも散漫な訳ではない。思い起こせばもう数ヶ月前、騎士団寮の応接間で聞いた長い遠征の目標が既に成し遂げられていると聞いて、盗み聞きのスラエータオナは思わず声を漏らしてしまった。


「聞き耳も過ぎれば良くないだろう。で、君達は一体何の用件でここを訪れたのかね?」


 その呟きを合図として、同じく沈黙を保っていたキサンドが重厚な声を震わせた。スラエータオナは仮の身分に入れ込む余り騎士団としての反応を示してしまったが、彼らが騎士団に同行しているそもそもの理由はまだ残っている。


「いやですね、本当はボク達は騎士団の正式な隊員では無いんですよ。実は我々、失伝した伝承を再記録する王室付きの編纂官でして、今回はディアライトの土地守であるンガルラ殿に三千年前の記録などをお聞き出来たらなという用件でして」


 やはりと言うべきか、大ナイルを始めとしたアシャの身分偽装しかり、このような語り騙りのフェーズにおいてドゥルジは異様に輝く。普段よりも五割増しで愛想良く、そして饒舌に語る姿は、わざとらしいにしても滑らかすぎて相手に反論の隙を与えない。そんな捲し立てが効いたのか、常に会話の主導権を握りたがっていた男は素直に質問への口を開いて


「私は土地守ではない。故に、詳しくは知らぬ」


 ──はくれなかった。にべもない、正に一蹴といった返答に大げさに肩を落とすドゥルジ。しかし、彼の中では会話は続いていた様で、そのまま厚い唇を動かす。


「三千年前というとパルシスタンが帝政から王政へと移行した時期か。なぜ今更そんな古代の話を望む」


「……帝政から王政に変わる際、従来の身分制度が壊れた事で立場を追われ、財産ごとパルシスタンを脱出した貴族によってあらゆる国有財産が世界へと散らばりました。その結果として国庫に残った資料は希薄、それらをこの機会に再回収して国史の空白を埋めるのが我らが王のお考えです。我々の調査では、ンガルラ家も当時の帝政貴族を源流に持つ家系のはずです。何かご存じではないでしょうか?」


 話を引き継いだのはアシャ。蒼銀髪の少女はその時代を生きた人間、事前に決めていた設定とはいえやけに重みと具体性のある説明に、鎮座していたキサンドの眉が動いた。


「若年ばかりの遣いの中でも輪を掛けて若いと見ていたが、どうやらただの少女ではないようだな。そこの少年や長身の彼の態度からも敬われている様であるし……小人症か?」


「ちょ、ちょっと良いですか? 結局、貴方は土地守の存在自体をご存じないと」


 キサンド・ンガルラの深慮が妙な方向に動き出したのを察知して、黒髪の少年はあわてて軌道修正に動く。思案を邪魔されたからか、黒人の男は幾何か眉間に皺を刻んでいるが、それでも会話を続ける意思は損なわなかった様で、


「全くその通りだ。だが市井にはその手の噂話はごまんと転がっている。私に尋ねるより、街で聞き込みでもした方が良いだろう」


 と素直に助言をしてくれた。軽く後ろを振り返れば騎士同士の情報共有も終わった様で、朗らかに手を振りながら退出するパロアと、その後ろに続いていく背筋の伸びた美丈夫が目に入った。その姿を確認したドゥルジは、形のよい唇をそっと歪めていやに恭しくお辞儀をした。


「それではどうやら今できる事は全て終わったようですので、失礼いたします。、キサンド・ンガルラ殿」


 その言葉を最後にパルシスタンの訪問者たちが次々と背を向ける中で、椅子から一歩も動かなかった男は独り言ちる。


「土地守……ンガルラ家が先祖代々、遺産を守れと強く言われてきたのはそのためだったと言うのか。……それにしては使命を繋ぐ事も忘れ漫然とただ受け継ぐだけの日々、本当にこれだから保守的な人間は目に余る」


 土地守としての使命を伝えずに利権となる山だけを守った先祖に悪態を吐くキサンド、革命児の片鱗を覗かせたその両瞳は、編纂官を名乗ったパルシスタンの訪問者を穴が開く程に見つめていた。



 ──

 ────

 ──────



 その後、リュウに先ほどのやり取りや今後の方針を伝えたスラエータオナたち一行は、キサンドの助言通りに街の中で少しでもアムシャ・スプンタの噂が得られないかと捜索していた。



 行く人々に聞き込みをして少しでも情報のありそうな場所を求めた一同は、最中、どう見ても未成年のアシャが入店を断られて待ちぼうけになるトラブルなどはあったものの、ディアライトで最も賑わっていると評判の酒場へと吸い寄せられる様に立ち寄っていた。



 そこは繁盛しているとたむろしているが背中合わせのような場所で、鉱山都市の名のごとく、肉体労働後の荒くれ物の様な風体の男たちがマナーも悪く飲み明かしているような場所だった。


「よう! 飲んでるかい兄弟!!」


 三人で腰掛けたテーブル、そこにへべれけの若い男が寄って来たかと思うと無理矢理スラエータオナとドゥルジの間に座り込み、屈強な腕で二人に対して肩を組んできた。口から漂う酒気に、肩を掴まれている黒髪の少年は逃げる事も出来ず思わず顔を背けた。


「おいスラエータオナ、気分が悪いなら外に出てアシャと一緒に風に当たっとけ。あんまあんたが得意な場所じゃないだろ」


「いや、でも俺だって聞き込みくらいならできるってば」


 珍しく気を遣ってくれる紅の女だったが、林道での切った張ったに一切混ざれなかったのが罪悪感だったのだろうか、少年はできる仕事くらいはと苦手な雰囲気を耐えながらその肩組み男にも尋ねてみようとして。



 肩に回された腕が、いつの間にか首に食い込んでいることに気付いた。


「……おいゴロツキ、そのガキ共から手を離せ」


 ウォフは席に並んだ飲み物に手を伸ばしながら、あくまで動揺を態度に出さないように凄む。その様子を見た男は、ハッと鼻を大きく鳴らして、


「この二人もお前も、そんなヒョロッヒョロのなりでをしてバレないと思ったのか? 何を企んでるかなんて知らねーが、オレ様の街で勝手はやらせねーぞ」


「──ッ! おれらは偽もんなんかじゃねぇよ!! てめぇこそ何もんだコラ!」


 あくまで泰然と、続いて肉を口に運んでいた赤髪の女剣士は、見透かしたような口振りで全てがズレた推理を披露した男に思わず吹きだしてしまう。葡萄酒とヤギ肉が対面の男三人の服を汚す中、名を尋ねられた男は黒い肌と対照的に光る白い歯を剥き出しにし、自身へと親指を向けて自信満々に言い放った。


「オレ様の名前を聞いてビビるなよ、オレ様はビクロ・。いつかはこの街を飛び出し、世界を救う英雄になる男だ」


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