03 【刀鍛冶の男】
「それで、何でボクらまで駆り出されてるワケ? 筋肉痛が凄いから家から出たくなかったんだけど」
と。
昨日の疲労が残っていても口数は減らない藍髪銀瞳の美男子を無視して、四人は都市の一角へと足を運んでいた。
イオアニスから紹介された先は騎士団御用達の鍛冶屋だそうで、「認められたら」という文言こそ引っかかるものの、脈絡のない無理難題や意味のない無茶振りの類ではなさそうだ。
「そんな文句言うなよ、知らない事ばっかりなんだから皆で行動した方が情報を共有する時に手っ取り早いだろ」
「えぇ~、そんなん家でゆっくり報告してくれてもいいのに。リュウさんホントに容赦なかったんだから、昨日ボク何時間腹筋してたんだろ……」
子供を諭すようにドゥルジを宥めるスラエータオナの言葉に返答する少年の銀の瞳は虚ろで、多くは語らないがそちらはそちらで本当にキツい初日を迎えたのだろう。イオアニスとは違う種類のしごきは、どうやらスラエータオナたちをどう扱うかは大隊長に一任されている事を匂わせる。
「私で良ければ治療しましょうか? 痛みを消すのではなく回復を促進する方法なので、完治するまでの間は強い痛みが出ますが」
「絶対嫌だ、パス!」
台詞はともかく本当に疲れている様子の少年へ、善意からアシャが提案を持ち掛けるが、しっかりし過ぎたインフォームドコンセントによって強い拒否を示されてしまい、慎み深い少女はまた表情を消して無言に戻った。
「なぁドゥルジ~、おんぶしてやろうか?」
「え、絶対ヤダよ。それ一つを何回も擦られるのは見えてるし、ウォフちゃんに小さい貸し作ってたらいつか凄い事になりそうなんだもん」
出会って数日でもはや恒例となったウォフとドゥルジの掛け合いを横目に、スラエータオナは涼しげな黒瞳に思案の色を浮かべて今回のお使いの意図を考える。
特殊な立場だからなのか、それとも全員に対してなのかは知らないが、騎士団に入るにあたってスラエータオナとドゥルジに支給されたのは隊服のみで、武具の類は護身用の物ですらもらえる気配がなかった。
となれば、二人にそれらを調達する意味での訪問という説もあり得る。しかしそこでネックになってくるのがイオアニスの発した「認められたら」という文言だ。それは何か昨日の続きを匂わせる様な言葉遣いであり、それが不安で付いて来てもらったというのが正直なところだ。
「ん、着いたんじゃねーの?」
「え? 確かに地図の通りだけど、でもこれは……」
ウォフに呼び掛けられて一行は一軒の店の前で足を止めるが、スラエータオナはその風景が想定していた物とは少々違っていたことに困惑を浮かべる。
ヘミとハーフェスでも街の雰囲気は異なる物であったが、それともまた違う見た事のない様式の建築物。石と粘土の街においてどこか歪な、木材を基調とした平べったいそれの屋根には、大陸語とは違う文字で書かれた大きな看板が無造作に吊り下がっている。
「ホントにここなの? 鍛冶屋って言うより怪しい薬草でも売ってそうな所だけど」
「いやでもそこに剣も飾ってるから、合ってる……んじゃないかなぁ?」
「そうですね、外装への疑念を考慮しなければ、立場ある方がわざわざ嘘の情報を渡す道理がありません」
「何だこの扉、どうやったら開くんだ?」
「何なんだお前ェら、人ん
店の前で各々好きなように話していると、唐突に眼前の扉が開け放たれる。ガサツな手つきでそれを行った人物は、胸元の布が緩く重なった独特の装束を纏った長身痩躯の人物で、細い首や腰に対して不釣り合いなほど両腕と片足に筋肉の付いた、黒髪茶眼の男だった。
細身の男は鋭い目つきを隠すこともせず、営業妨害を咎めるようにぶっきらぼうな口調で一行を追い払おうとしたが、見下ろす形になったスラエータオナたちを一瞥すると短く嘆息した。
「隊服を着た黒髪の子供、って事はステファノプロスの旦那が言ってたのはアンタか。にしてもマジでガキじゃねェか、参っちまったなコンニャロウ」
目の前に話題の当人がいるにも拘らず、男は会話を繋げる訳でもなく独り言を言って乱暴に頭を掻く。身だしなみに無頓着なのか伸び放題の髪は肩にも掛かりそうな勢いで、まばらに生えた髭も最近整えられた形跡はない。
如何にも世捨て人といった風貌の男に呆気にとられるスラエータオナだったが、少年が彼の粗雑な言葉に応答するより早く、男は一行の顔を見渡してニヤっと口角を上げ、またも自分本位に話し始めた。
「おい女、お前ェさん相当剣を振り慣れてんな? まだ人となりを知らねェから何とも言えねェけど、アンタになら
「悪いけど、おれ達にはあんたが何を話してるのか、おれ達がここに何をさせられに来たのか分かってないんだよ。そっから説明してくれないか?」
「おれ! テメェを語る時に使うのが『おれ』たァ
男は、四人の中から戦闘に長けた者がウォフであるとすぐに見抜いた。そこまでなら彼もまた只者ではないと一同に思わせるだけで済んだのだが、その後またもやこちらの事情を鑑みずに一方的に盛り上がる様子は、彼が対人関係という面において少し欠陥を抱えている様子が見て取れる。
ドゥルジの分かった上ではぐらかす話術とは違う、質問が質問として機能しない相手に、流石のウォフも閉口するが、
「あーーー!! また勝手に応対してる、親方に接客は無理だから店先に出ないでっていつも言ってるっすよね!?」
「あ? テメェが暢気に飯なんか作ってっから俺が出る羽目になってんだろうが」
「ヒモの分際で偉そうにすなー!!」
店奥から怒鳴り込んできた女が、男の話相手を引き継いでくれる。女は相手の傍若無人な物言いにも一切怯むことなく、さらに上を行く熱量で抑え込みにかかり、その言葉が図星だったのか無精な男は頬を掻いてすごすごと店に戻ろうとする。
「その人たち、朝言ってたお客さんっすよね? なに立ち話させてんすか」
「あー……そういやそんな話だったな、今一瞬忘れてたぜ」
萎えたとばかりに引っ込もうとする男は、尚も店の女による指摘により身を翻して、渋々といった表情で建物の中を親指で指した。
「まァなんだ、軒先に突っ立たれてるのも迷惑だし取り敢えず入んな。茶も受け菓子も出ねェが、見学くらいはさせてやるよ」
──
────
──────
「んー、大体そっちの事情は呑み込めた。疫病で故郷を追われるたァ、若ェってのに苦労してんだな」
スラエータオナたち一行は、差支えの無い範囲で男へと身の上話をした。もちろんアムシャ・スプンタにまつわる話やその端々について語る訳にはいかないが、年端もいかない少女まで含めて武具屋を訪れているのは尋常の事態ではなく、下手に隠して齟齬が発生するよりもスムーズな会話になるだろうというドゥルジの判断だった。
先ほどの女にシメられたからなのだろうか、当初とは打って変わって男は聞き役に徹していた。と言っても会話が苦手なのは性分なようで、相槌一つをつく様子もなく低い机に肘をついていただけではあるが。
「それで、お兄さんの名前をまだ教えてもらってないんだけど、聞いても良いのかな?」
「そういや名乗ってなかったか。職人にとって名刺になんのは作品だから名乗る意味は感じねェが、減るもんじゃねェし聞かれたなら答えてやるよ。俺ァモロキ・タゴサク、理由あってここの鉄火場を任されてる刀
「モロキ……聞き慣れねぇ響きだな、地元は遠いのか?」
「良く分かってねェけど遠いんじゃねェか? うちの田舎じゃあ、これ以上東に他の国はないって言われてたぜ」
モロキと名乗った男の店は仕事場と居住区も兼ねているようで、スラエータオナたちが通された居間の向こう、開け放たれた薄い引き戸の先には見たことのない鍛冶道具が所狭しと並んでいる。
モロキと専ら話すのは、初見で気に入られたらしいウォフと物怖じしないドゥルジで、アシャは縮こまる様にして部屋の隅に収まり、スラエータオナは慣れない他人の家で落ち着かないままに彼方此方の気になる物を観察している。
と言っても、今回彼に用事があるのはスラエータオナで、ソワソワする黒髪の少年に話の主導権が回ってくるのは時間の問題だった。
「んでそこのやつ、アンタだよ黒髪のガキ。スラエータオナっつったか、俺がステファノプロスの旦那から預かってるのはお前ェさんの件だ。何でも友達んためにこれまで握った事すらねェ剣を振りたいらしいじゃねェか。何でそこまでする? 俺ァ自分以外の面倒を見るなんざ勘弁してェんだが」
「そ、そうですね。俺は自分の選択に責任を持ちたい、救うって行為を『やりたい事』から『やるべき事』にしたいんです。でもここに来た理由は俺も良く知らなくて……」
何気ない調子で放たれた問いかけに、スラエータオナはイオアニスの言を受けた自分なりの答えを述べる。と言っても昨日今日で見つけた浅い答えであるのだが、存外モロキには好評だったようで、ウォフを見初めた時と同じ人相の悪い笑みを浮かべて男は少年を肯定する。
「成る程ねェ……ナヨナヨした見た目だと思ってたが、そんなに人を殺したいたァ、一本筋通った俺好みのクズじゃねェか。良いぜ、俺の作品を売ってやるよ。店の方行くか」
「なっ……!!」
が、その痩躯の胸に響いた音はスラエータオナの認識とひどくズレていて、思わず声にならない否定が口から漏れ出でる。モロキの放った言葉に、ドゥルジやアシャも各々の反応を示すが、肝心の言い出しっぺには何がおかしいか分かっていないようで、元から細い茶色の瞳を不機嫌そうに更に細めた。
「何が違うんだよ、剣を持つってのは人を斬るって事で、人を斬るってのはつまり殺すって事じゃねェか。恥じるこたァねェさ、そこの女だって血の匂いがして仕方ねェしな?」
そう言ってウォフに目をやり口角を上げるが、ウォフは特に気にする素振りを見せず、美しい紅玉の瞳で退屈そうに鍛冶師を見やっている。女に特に言い返す気も無ければ賛同する意がないのを確認してから、スラエータオナはモロキへと明確な反論を口にする。
「違いますよ、俺は人を殺したいなんて思ったことない!」
「あ゙?
感情のままに口にした否定、それを聞くが早いか人相を突然に変えたざんばら髪の男の顔を見て、自身が取り返しのつかない失言をした事に気付いたが、スラエータオナの後悔はとっくに遅きに失していた。
顎に響いた衝撃に、拳が飛んできたのを知覚する。お互い座った姿勢からだったので歯が折れる事も脳が揺れる事もなかったが、仰向けに倒れた体には仄かに血の味が滲んだ。
アシャが心配そうに少年の顔を覗き込み、ヒートアップしたモロキとウォフをドゥルジが宥めている。ただ、そんな風景を見せられようと、純粋な暴力を受けようと自身の本心だけは偽れないのが、スラエータオナという男の背負った業であり罪であった。
「当たり前の事だろ、救おうとしてるのに他の人を平気で傷つけるつもりがあって堪るもんか。何を言われようと、俺は誰かを望んで斬ったりしない。剣を握るのは、自分もみんなも守る力が欲しいからだ」
尚も言い返すのを止めないスラエータオナに、モロキの体がピクリと反応する。しかし、それは昨日のイオアニスのように評価を改めてくれたからではなく、相容れない意見に抑えられない感情が沸いているからの様で、浮浪者のような小汚い見た目の男は、その茶色の目に宿った激情を全てスラエータオナの顔へと注ぎ込んでいた。
「飯出来たっすよ~……って何お客さんに手ぇ上げてんすか! こんのバカ親方!!」
「五月蠅ェ、飯は後だミスミ。おいスラエータオナ、テメェの言いたい事はよく分かった、絶対に俺とは分かり合えねェ。その上で紹介してきたのはステファノプロスの旦那だ、つまりこういうこった。──俺は口から出た意見なんざ聞かねェ、我を通したきゃ俺と決闘しやがれ」
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