第二章 不破の金剛
01 【下ろし立ての服】
騎士団の朝は早い。警備、訓練、時には遠征も行うなど活動が多岐に渡る騎士団にとって時間は貴重であり、それ故に陽が昇って間もなく彼らの一日は始まる。
と言ってもそれは正隊員の話で、
「んで、その部屋はどっちにあるんだっけか」
「ウォフ、初日から着崩すのは流石に印象悪いと思うけど」
スラエータオナ、ウォフ・シャムシール、ドゥルジ、今日をもって騎士団に配属することになった三人は鳥の囀る声を聞きながらのんびりと廊下を歩いていた。少し大きめに誂えられた真新しい隊服に身を包んで、談笑しながらある目的地へと向かっている。
双子砂漠にてウォフの持ちかけた「次に会ったらタメ口を使え」というオーダーは窮地で嘯いたキザったい軽口では無かったようで、スラエータオナは催促される度に渋ったものの、現在はウォフと対等な関係で会話していた。
「多分あの部屋じゃない? ちょっと扉も豪華だし、ボクの勘がこの奥に居るって言ってるよ」
「奇遇だな、おれもビリビリ感じてたぜ。じゃあ失礼して……ウォフ・シャムシールと他二名、到着しました!」
ドゥルジが指差したのは、直線に並んだ扉の内の一つ。呼び出された部屋と特徴が一致することを確かめて真紅の女が勢いよく扉を開け放つと、応接室と呼べる少し広く作られた間取りの奥に、三人の男が座っていた。
「ここ数日は慌ただしくてお疲れでしたでしょうに、お伝えした時刻よりずいぶんと早いご到着ですね。皆様ご健勝のようで何よりです」
騎士団という肩書に似合わない柔和な態度で開口一番に三人を労ってくれたのは、薄く白くなった頭髪とは裏腹に顔は生気のみなぎる老人、王都騎士団長のアランであった。
スラエータオナからすれば接しやすく気の良い老人なのだが、歴戦の戦士であるウォフにはその規格外が伝わるらしく、誰に対しても遜らないウォフですら彼の前では緊張の色が透けて見える。それを察してか否か、アランの隣に座っていた男が口を開く。
「立ち話も良いがまずは掛けろ、話はそれからだ」
そう促したのは、暗灰色の髪を後ろに撫で付けた壮年の男だ。座っていても伝わる引き締まった長身の体躯に、まだ若さを残しつつも落ち着いた態度は、アランと共に腰掛けているだけあってひとかどの人物なのだろうと窺わせる物がある。高まった緊張感、しかしそれを吹き飛ばすように無粋な大笑が部屋中にこだました。
「がっはははははは!! お前めちゃめちゃ緊張しとるやんけ! 悪いな兄ちゃんら、こいつ団長になってまだ新人入ったこと無いねん!」
そう言って大口を開けた髭面の男は、肥満気味な巨体を狭そうに椅子に押し込んでおり、無意味な大声で響かせる笑い声にアランたちは呆れた様子で男の方を見やる。
「イオアニスさん、それは言わない約束だったろ!?」
「あぁそやったそやった、でもこれでだいぶ和んだやろ、違うか?」
暴露された男は糸目の涼やかな顔を羞恥に染めて吼えるが、方言の男はどこ吹く風で髭を撫でてとぼける。小気味良い二人のやり取りは口を出しにくいものであったが、団長は咳払い一つで二人の注目を一気に集めた。
「すみませんアラン殿、以後気を付けます」
「アランさん違うねんて、ほんまに緊張ほぐしたろう思っただけやねんて」
アランのお咎めに対して二人は各々の反応を示すが、当の本人からは取り合ってもらえない。一連のやり取りを見守る事しかできなかったスラエータオナたちに、白髪を纏めた老人は仕切り直す様に姿勢を今一度正した。
「貴方がたとは既に挨拶を交わしてはおりますが改めまして、この騎士団の団長を任せられておりますアランと申します。やや特殊ではありますが、王都騎士団への入隊を歓迎します」
そういって折り目正しく礼をする老人に、スラエータオナたちの頭も自然と下がる。その流れで老人は、傍らの男たちにも名乗るように促した。
「王都騎士団第一大隊長、リュウ・シェンだ。一応私にも立場がある以上は無闇に親しくしてやれないが、以後よろしく頼む」
「王都騎士団第三大隊長、イオアニス・ステファノプロス。そこの堅物と違って優しいから心配せんでええで! ほんでアランさん、ワシが担当するのって小さいほうのボウズで合うてるやんな?」
椅子に腰かけた男たちの挨拶に、机一つ挟んで向かい合うスラエータオナとウォフの表情は硬くなった。多くを語られなくとも、その名乗りだけで彼らがどれ程の立場なのかは理解できる。アランを組織の顔とするなら、大隊長は現場を取り仕切る立場、実質的な指導者に当たる人間だ。
ドゥルジはいつでも変わらずにふやけた顔をしているが、彼のペースに巻き込まれている場合ではない。急いで襟を正しこちらも名乗ろうと意気込んだウォフを、リュウと名乗った糸目の男は掌で制止した。
「別に良い、私達にも貴女がたの情報はアラン殿経由で伝わっている。それよりも、今後の話を優先するべきだ」
男の態度は固く冷たい印象を与えるが、その一語一句を聞いてイオアニスが口元を緩めている所からすると、本来の彼ではないのだろう。スラエータオナがそんな邪推をしている間に、真紅の女は「じゃあ」と切り替えて話題を持ち掛けた。
「さっきイオアニスさんが言ってた『担当』ってのは、おれ達がどの隊に配属になるかって話か? どうも二人呼ばれてるって事は全員一緒じゃないみたいだが」
「そうですね、話に聞いているかとは思いますが騎士団における貴女がたの立場は特別保護訓練生、責任者による監督を必要とする立場です。ウォフ殿は王からの推薦もあって今春に正式入隊する運びとなるでしょうが、それまではスラエータオナ殿やドゥルジ殿と同じ立場になります」
その返答を聞いてウォフは傷一つない頬を不満げに膨らませたが、ガサツな髭面の男はそれに気づく素振りもなく、針金のように尖った茶髪を豪快にかきむしりながら言葉の先を引き継いだ。
「三人程度ならホンマは下の奴に適当に世話させればええんやけど、今回はコトがコトやろ? そやからワシとリュウとマリラで一人ずつ、直接預かることになってん」
大男はそう言って豪快に笑うが、その言葉には看過できない含みがあった。言葉端に残るざわめきはスラエータオナの心の中で渦巻き次第に形作られていくが、機先を制するように老年の男が注釈を発する。
「イオアニスが先走るので言い遅れましたが、私とここにいる二人、そしてこの場にはいませんが副団長と第二大隊長に関しては事の運びを全て知っています。アムシャ・スプンタとヴェンディダードの魔王とはまた、ザラスシュトラの様子から感づいてはいましたが途轍もないものに巻き込まれましたね」
予想外の人物から飛び出したその単語に黒髪の少年の心臓は縮み上がるが、その顔色を見てなのかリュウは当然とばかりに鼻を鳴らした。
「アラン殿は我が王の懐刀にして無二の親友だ、そもそも貴方がたの身柄を騎士団が預かることになったのも、その信頼関係あってこそと言えるだろう」
「何でリュウさんが自慢げなのかな?」
「……ドゥルジ、貴方は私が受け持つんだが本当にそんな口の利き方で大丈夫なのか? 取り敢えず今日は体力測定からだ、限界が分からなければ鍛えるもなにもない」
髪を撫で付けた男はアランに絶対的な信頼をもっているようで、自身の紹介よりも熱の入った言葉にドゥルジのここぞの皮肉が綺麗に入る。男は恥じらう様に言葉を詰まらせた後、精一杯の冷静さを保って藍髪の少年を連れ出していった。
「そしたらワシらも行こか、スラエータオナ。大丈夫や、リュウやマリラと違ってワシはそこらへん緩いから、別にしごいたりとかせんよ」
「よ、よろしくお願いします」
続いて、イオアニスとスラエータオナも部屋を後にする。イオアニスは立ち上がると一層巨大で、特に膨らんだ腹は幼児を丸飲みしたと言われたら信じてしまうかも知れないほどだ。
残されたウォフは退出するタイミングを逸してしまい、手持ち無沙汰に部屋を見回す。目の前の人物が誰であってもある程度会話を弾ませることが出来そうなウォフであるが、流石に現人類最強と言える王都騎士団団長に雑談を持ちかけられるほど、剣の腕への尊敬に無頓着ではない。
「って事は、おれの担当はそのマリラとかいう人か。……ちなみに、アランさんが今日おれの様子を見たりは──」
「これはこれはアシャ殿、この老骨に手合わせのお願いですかな?」
「いえ滅相も! いやそれどころじゃねぇわ取り敢えず素振りしてきまーす!」
「……嫌われてしまいましたかな」
僅かに漏れ出でた殺気に素早く反応し、脱兎のごとく駆けだした真紅の女の後ろ姿を見て、老人はぽつりと独り言を溢し茶を啜る。マリラ率いる遠征部隊が遠出をして暫く帰って来ないために、結局後日ウォフがアランに指導を仰ぐことになったのは、また別の話である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます