お題、『恋愛』

 嫌な夢にうなされて目が覚めた。

 とはいってもこんな目覚めはいつものこと。私はもう慣れっこだ。

「あぁ痛ぁい……頭が割れそう……」

 けれど二日酔いに襲われた朝だけは、いつまでたっても慣れはしない。

 あぁ……。

 飲みすぎた朝はいつも思う。

 もう恋なんか……。

 ……せずにいられるのなら、どんなに幸せなことだろう。

 シナリオの最後はわかっていても、魅力的に感じる男性と出会うたびに、なぜだかいつも体の芯がうずいてしまい、わかっているのに私ははかない恋心を抱いてしまう。

 そうなるともう、熱くたぎって止まないその思いを抑えきれずに、ひたすら一途に不毛ともいえるいばらの道を突き進んでしまうのだ。

 だけど結末はいつも同じ。

「君のことは大好きなんだ。けれどこれからは、是非とも良い友達関係でいてくれないだろうか」

 そうして、尽くしに尽くし、身も心もささげたつもりのこの私は、やるせない一言で自分だけが置き去りにされたまま、無謀な恋愛ごっこの幕を一方的に下ろされて、闇の向こうへと葬り去られてしまうのだ。

 その瞬間から、彼らにとって私の存在は、もう過去の夢幻。

 それでも、せめて相手の心の隅っこにひとつの思い出として残ってくれていれば、私としてはまだありがたく思う。

 なぜなら彼らの人生にとって、私は一瞬だけすれ違っただけの、所詮は通りがかりの人間でしか過ぎないのだから。

「頭痛薬でも飲もうかな……」


 初めて恋をした相手は、『Lくん』だった。高校二年の夏だった。

 柔道部だったLくんは、もちろん男らしくてたくましかった。

 二人は秘密の恋愛を楽しんだ。

 Lくんからの強い希望で、私は一重まぶたにメスをいれ、脂肪を切除してくっきり二重に整形もした。終わってから二日間は痛みと発熱が治まらず、二週間を過ぎたあたりまではなかなかまぶたの腫れが引かなかったけれど、学校では誰ひとりとして私のことなど気にしていないのが幸いだった。

 けれどそれから一年が経ち、Lくんが大学への進学を、そしてかたや両親との意見が合わずに一刻も早く実家を出たかった私の方は、こんな私でもお金が楽に稼げる水商売の道を選んでしまった。

 結果的にそれがいけなかった。結局その後にあっさりと破局を迎えてしまったのだ。Lくんのいない人生なんて考えられなかった。

 それからの私は男性の愛情に貪欲となっていった。

 たとえ妻子ある男性であろうと、いいえ、妻子ある男性だからこそ、私にとってはかえって魅力的に思えてならず、知り合うたびにこの身がうずいて止まらなかった。

 次のお相手は『Gさん』だった。

 私の勤めるお店に常連の上司が彼を連れてきてくれたのが、そもそもGさんとのきっかけだった。

 背の高いスポーツマンタイプなGさんには、二年前に結婚をした五歳年下の奥さんと、授かり婚のキューピットとなった一歳半の女の子がいる。

 それを知って私の心はなぜだかうずいた。それが今後の私そのものを赤裸々にさらけ出す引き金となるのだった。

 なぜなのだろう、それは男性ホルモンによるものなのか、一種独特な匂いが私の鼻をかすめたような気がして、私はお酒ではなくGさんに酔っていた。あれがいわゆる加齢臭と言われているものだったのかもしれない。

 そこからは早かった。それから何日かしてGさんがひとりだけでお店を訪れてくれたのだ。

 それはもうGさんの私に対する気持ちが現れていた括弧たる証拠。私は心から嬉しかった。

 そしてGさんを心からもてなし、そうして店が終わると、アフターから私たちはどちらから誘うでもなくごく自然にホテルへとむかったのだった。

 その後にGさんからの強い要望で、私は団子鼻だった鼻を細く高くした。鼻の内側にメスを入れ、鼻の穴からシリコンを挿入したのだ。それから術後五日間は鼻の腫れが収まらず、洗顔もできずに苦労した。

 だが、その努力も儚いものとなってしまった。Gさんの浮気が奥さんにばれてしまったのだ。

 Gさんは奥さんに向かって平謝りに謝ったらしい。最初にGさんをお店に連れてきた上司の人が私にそう言っていた。その相手がこの私だとは知らずに。

 その次の男性は『Bさん』だった。

 Bさんは、大学生の息子さんがいるものの奥さんとは現在別居中だという大手証券会社の部長さんで、白髪すら薄くなり始めたその容姿は年齢こそ六十歳に手が届く初老そのままではあったけれど、肉体はまだまだ若くて筋肉質な、私の理想とする男性そのものだった。

 Bさんは羽振りが良くていろんな物を買ってくれ、高級レストランにも連れて行ってくれた。

 私のツンとした高い鼻や綺麗な瞳が大好きだと彼は言ってはくれていたが、エラの張った四角い輪郭が奥さんに似ていると言われた私は、口の中からメスを入れて切開し、エラの骨を削ってあごを尖らせた。二週間ほどフェイスバンドを顔にはめていなければならず、その間はお店を休む羽目に陥ってしまったが、それらの費用は、すべてBさんがもってくれたのだった。

 Bさんはシャープになった私の小顔に大層喜んではくれたけれど、やっぱりこれも長くは続かなかった。

 奥さんが戻ってきたのだ。

 Bさんはひたすら私に謝ってはくれたが、当の私自身はもうどうでも良かった。所詮、Bさんは奥さんの言いなりで頭が上がらないのだ。なぜこうも、私を愛してくれる相手は奥さんの言いなりになってしまうのだろう。

 そうして再びひとりぽっちになってしまった私の心を救ってくれたのは、私が通っていた整体士の『Tさん』だ。

 Tさんはとにかく明るい男性で、私をよく笑わせてくれた。男らしさがプンプン匂うガッチリと鍛えた無駄のない体型はもちろんのことだったが、ポジティブな彼の精神も、私の心を揺さぶる材料のひとつとなっていた。

 整体をしてくれているあいだ、私は彼の愛撫ともいえるやさしいボディタッチに酔いしれていた。治療が終わってからしばらくは快楽に溺れ、私は施術台から起き上がることすらできなかった。

 瞬く間に私は恋に落ちた。鋭いアプローチで私は彼に猛烈なアタックを試みようとした。

 しかしそんなことは無用だった。彼も私に好意を抱いてくれていたのだ。

「鼻も高いしパッチリとした二重まぶたで綺麗な小顔をしているのにもったいない」と言われた私は、Tさんに言われるがまま脇の下にメスを入れ、そこからソフトコヒーシブという最新のシリコンバックを挿入して自分の胸を大きくした。豊胸術後はしばらく痛みがあったりマッサージや検診を続けたりして辛かったけれど、彼は存分に喜んでくれたから私も大満足だった。

 しかしTさんにも妻がいた。そんなことは私だって前から知っていたが、よりによってホテルで私たちが愛し合ったあと、彼の診療所も奥さんのお父さんが出資してくれたのだと、ベッドの上で彼はタバコの煙を吐き出しながら、腕枕に頭を預けている私に渋い顔をしてみせたのだ。

 その途端に私はがっかりした。一瞬にして彼には興醒めした。軽蔑さえ覚えた。

「だからいったい、あなたは何が言いたいのか」と。

 彼の言いたいことは分かっていた。その瞬間からもう私の心は彼から一気に遠く離れていった。

 所詮はただの火遊びなのだ。本人たちにとっての私は、現実逃避の何者でもないのだ。

 たしかに『不倫』という一言を突きつけられてしまえば、誰もがひるんでしまうのは仕方ないのかもしれないくらいのことは、私だって分かっている。

 私は、自分でも性格は明るくて人にはやさしい方だと自覚しているし、温厚なのは両親も認めてくれていた。

 相手からの要望は、自分なりに何でも応えてきたつもりだ。

 けれどそれがかえって彼らにとっては重たい存在となってしまうのかもしれないが、それくらいのことは私だって重々承知しているつもりだった。

 だが、たとえ承知はしていても、いつだってどうしても、相手の要望や期待に応え、そして充分に満足してもらわなくては、逆にこの私自身がこわくてたまらない。

 言われれば、相手の好みで分厚い一重まぶたにメスを入れた。この鼻だって高くした。コンプレックスを抱いていたエラも削り、この胸だって大きくした。

 それなのに、『君を大切にする』なんて甘い言葉のひとつもかけてもらったことなんか、これまで一度だってあっただろうか。

 答えはこの私自身が良く知っている。

 でも、だからといって何とも思わなかった。そんなのぜんぜん気にならなかった。

 とにかく私は、付き合う相手に満足してもらいたかっただけなのだ。

 よって私にとってこうした恋愛は、いわば私自身がこうしてこの世に存在し生き続けていること、そして、少なくとも誰かに愛されているといった、自分の存在意義というものを自分で納得させたいだけなのかもしれない。

 いいや……。

 そんな綺麗ごとなんかではなく、ひょっとするとそれは、相手に対してのピュアな恋愛の気持ちを抱くというよりも、ひたむきな愛情を注いでいる自分のいじらしさを、この私自身が尊く思っていたいのだという、ただ単にさもしいナルシシズムの表れなのではないのか、今の私はそう感じてならない。

 けれど本当のところそれは私にも分からないし、言葉では言い表せないほど複雑なものだと私は思う。

「昨日の夜に、飲みすぎちゃったせいなのかな……」

 今朝はなぜだか、余計なことを考えすぎているような気がする。

 考えすぎて、それがかえってあだとなる。

 そうして結局、私は破裂してしまった恋のかけらをいつまでも拾い続ける羽目に陥るのだ。

「私の恋愛は、未練が残るものばかり。さしずめ『練愛』ってところよね……あ、もしかして、試練の練なのかも……」

 私は自虐的な言葉をひとりで小さくつぶやき、そしてベッドの上でひとり苦笑する。

 プルルルル……。

 そんな時に電話が鳴った。

 鳴ったのは携帯電話ではなく、私の部屋の固定電話だ。

「ハイもしも……あぁ、おはよう」

 電話の相手は、新しい彼氏の『Qくん』だった。

 Qくんは、私がはじめて訪れてみたホストクラブのナンバーワンで、私よりも彼の方が私に一途だという、はじめてのケースの男性だ。

 Qくんは、彼の部屋のベッドで彼の腕に包まれながらこれまでのすべてを打ち明け、そしてそのすべてを受け入れてくれた、こんな私にとってかけがえのない、唯一無二の大切な年下の彼氏となっていた。

 だからもうこのままでいて欲しい。これからまた新しい恋なんかしたくない。不毛な恋愛ごっこにピリウドを打ってしまいたい。

 私の恋愛物語はなんとしてでもここで最後のページを閉じてしまいたいと心の底から願っている。

 だからこそ、なにがなんでもQくんの要望を、いや熱望を、私は確実に応えてあげなければならないのだ。

「うん、わかってるよー! もう手続きはすべて終わっているから、明日の朝の便で先に行ってるねー!」

 かかってきたQくんからの連絡に、二日酔いで割れそうな頭を押さえつつも明るくそう答えると、更に続けて、

「たぶん二週間くらいで退院できると思うから、そうしたらプーケットで落ち合って、ふたりでお祝いしようねー! アハハ、楽しみぃ!」

 私は無理に笑った。

 電話の向こうのQくんも、明るい声で笑ってくれている。

 よかった。

 あぁこれでやっと、これでやっと、長かった『練愛』のピリウドが打てるかもしれない……。

 なぜなら……。


 ―――― 私はついにあと数日で、本物の女性に生まれ変わるのだから。

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