第106話 商隊に偽装した傭兵たち

 傭兵ルイーダが、鍋にダイコン下ろしをドサッと入れた。食の錬金術師から教わった通り、蓋をして二分ほど煮込む。


 途中の村で鶏肉とダイコン、ネギとハクサイにタマゴは仕入れた。あとは移動する傍ら採取したキノコも鍋の具材とし、みぞれ鍋を作るルイーダ。お米と塩は出発する時から馬車に積んでおり、ご飯は既に炊き上がっている。


 それにしてもと、彼女は同僚達を眺めた。昼食を作るついでに料理を教えていたのだが、ご飯を前にして尻尾を振るワンコに見えるのは気のせいだろうか。

 まあいっかと、彼女は皆の器にみぞれ鍋をよそう。残った汁に溶き卵とご飯を投入し、出来上がったおじやもどんどん仲間に手渡して行く。

 これはうめぇと、同僚達の動かす手が止まらない。こいつら本当にみぞれ鍋を覚えたのかなと、ルイーダはちょっぴり不安になってしまった。


「ルイーダ隊長、任期はどのくらいになりますかね」

「さあな、帝国の情勢次第だろう」


 実のところルイーダ達二十名の傭兵は、商隊に偽装していた。十五名は普通に傭兵スタイルだが、ルイーダを含む五名は商人に成り済ましている。


 不法入国した暗殺者達を追尾する北方の牙に、待ち合わせポイントでシリアルバーを渡すのが第一の任務。その後シルバニア領へ入り、ボルド国との国境監視を支援するのが第二の任務。


 領主であるみやびが直々に傭兵組合へ赴き依頼した、割りと実入りの良い仕事だった。報酬が日払いなので、独身であれば任期が長引くのは大歓迎。


 だがルイーダには、この仕事を絶対に引き受けたい理由が別にあった。

 クスカー城で調理を任されているみやびの配下、小さい板前さんから料理を教わる事ができる特典が付くのだ。   

 報酬に付帯しますよとみやびが明言したその瞬間、ルイーダは組合の受付嬢から依頼書をひったくっていた。鬼のようにペンを走らせ受け付け一番乗り。


 次のお料理教室にいつ参加できるか分からない状況で、この依頼は美味しいと飛び付いたわけだ。

 もつ煮は材料の問題でまだ広められないが、野菜カレーは市場の食材で作れると子供達から聞いている。

 馬車に揺られながら、嬉しくてつい口元が緩んでしまうルイーダ。真っ先にカレーを教えてもらえたらいいなと。


「隊長、商隊が来ます! 人数と旗印から見て例のボルド商隊でしょう」


 少し先を馬で斥候せっこうに出ていた仲間が隊列に戻り、ルイーダに告げた。


「みんな、我々はシルバニア領へ赴く商人とその護衛だ。ボロを出すなよ」


 飯を食っていた時とは打って変わり、メンバー達の顔が引き締まった。商隊なら安全を期して間違いなく街道を通るし、こちらも荷物を運ぶ以上は街道を通る。

 傭兵部隊が荷物を運んでいたら変に勘ぐられる可能性もあるわけで、百人対二十人では分が悪すぎるゆえの商隊偽装だった。


「これはボルド国からいらした商人殿、精霊のご加護により道中が安全でありますように」

「ありがとうロマニアの商人殿、あなた方も精霊のご加護により道中が安全でありますように」


 この挨拶は街道で出会う商人同士が交わす社交辞令。

 ルイーダは商家出身なので、商人の慣習には精通している。街道で出会った商人はお互いの積み荷を見せ合うのもお約束で、その場で商談成立なんてこともある。


 ボルドの代表者らしき商人は荷馬車から反物をひとつ取り出し、ルイーダに手渡した。彼女は受け取ったそれを品定めする。


「見事なシルクですね、手触りも良い。アルデ産でしょうか」

「おお、よくご存じで。アルデ産シルクをロマニアに普及できたらと思いまして」


 よく言うよと、ルイーダは心の中で笑う。

 良い品だが利益を出そうと思ったら護衛が多すぎる。この数量なら護衛の傭兵はせいぜい三十名と当たりを付ける。目立つ百名体制なのは、やはり別働隊の存在を隠したいからだろう。


「して、そちらの商品は?」

「ああ、これですよ」


 腰から下げた革袋に手を入れた瞬間、傭兵だけでなく商人の指先もピクリと動いた。もちろんそれをルイーダは見逃さない。

 いつでも剣を抜けるようにと身に染み付いた、戦場を渡り歩く者の癖。こいつやっぱり商人に成り済ました傭兵だと確信する。入国申請で見抜いたルーシア知事は慧眼けいがんだなと、ルイーダは感服した。


 革袋から出したのはシリアルバー。何かあった時のためにと、ラングリーフィンがメンバー全員に支給してくれたもの。

 包み紙を開いて半分に割り、片方を自ら食べてもう片方を差し出す。毒殺の意思がないことを示す、いわゆる毒味というやつだ。


「これは、食べ物なのですね」

「シリアルバーと言います。ロマニアでは近い将来、携帯食料が黒パンからこれに取って代わるでしょう」


 口に入れた商人が、何ですかこれはと目の色を変える。さもありなんとルイーダは笑った。自分も初めて食べた時は、そんなリアクションだったのだから。


「ビュカレストに入ったら、市場の屋台に行ってみて下さい。人生変わりますよ」

「ほう、そいつは楽しみですな」

「ボルドの商隊に精霊のお導きがありますように」

「ロマニアの商隊に精霊のお導きがありますように」


 狐と狸の化かし合いではないが、商隊に偽装した傭兵達がそれぞれの進む先へ別れた。剣を抜かなくて済んだことに、一同ホッと胸を撫で下ろす。

 その後ボルド商隊を監視する、旅人に扮した北方の牙にシリアルバー入りの革袋を手渡すことも忘れない。


「隊長、屋台のことまで話してよかったんですか?」

「私は選択肢を与えただけさ」


 シリアルバーはラングリーフィンから想定内と言われていたから、存在が明るみになるのは構わない。けれど屋台の件と選択肢が結びつかず、尋ねた副隊長が首を捻る。


「敵さんの別働隊は、いま捕まえたら難民と言い逃れするのは目に見えている。フュルスティンもラングリーフィンも、エビデンス城へ侵入した所で捕まえたいと考えているはずだ。言い逃れできないからな」


 そうなれば尋問で依頼者がボルドの王か大司教か、はたまた両方なのかはっきりする。そのためにわざと泳がせているのだと、ルイーダは鼻息を荒くする。


「ならば囮となったあの商隊百人はどうなると思う? 副隊長」

「別働隊の尋問で関与が判明すれば捕らえられ、良くて強制労働、悪くて流罪でしょうね」


 その通りとルイーダは頷いた。作戦が失敗するのは目に見えており、彼らの前途に明るい未来は無い。別働隊がエビデンス城へ侵入する前に、持てる情報を開示して難民申請をすれば助かる道はあると。


「今のビュカレストを肌で感じ、進退を決めろという選択肢だったのですね」

「ふんっ、同業者としての情けさ」 


 ルイーダは地図を広げて待ち合わせ場所を再確認する。干し肉しか口に出来ない気の毒な追尾班メンバーに、シリアルバーを届けるぞと。






 その頃ファフニールの執務室では、アルネがお地蔵さんと化していた。君主の執務室に呼ばれるのは初めてで、自分は何かやらかしてしまったのだろうかと。


「アルネ、大事な話しがあるのよ。座って座って」


 みやびに促され、電池が切れかかったオモチャが如くぎこちない動きで席につくアルネ。そんな彼女にティーナが緑茶をことりと置いた。ファフニールと妙子に、クーリエ・クーリド姉妹が何故かにこにこしている。


 割ってしまった食器の数が累計十枚を超えた。いやいや割った数なら他の子達の方が多い。でも自分は年長だから代表でお叱りを受けるのだろうかと、スカートを握り締め顔が強ばるアルネ。


「では発表しますよ。アルネを屋台みやび亭の総支配人に任命しまーす!」

「……へ?」


 何を言われたのか、理解が追いつかないアルネ。そんな彼女の前にローレルが、香澄謹製のイチゴショートケーキを置いた。ティーナもみんなの前に置いていく。


「身分はどうなるのですか? フュルスティン」


 楽しげにクーリドが尋ねると、ファフニールは規定で言えばとテーブルに肘をつき手を組んで微笑んだ。


「国営事業の補佐ですから男爵なのだけれど、まだ十五歳未満だから準男爵ね」


 なら敬称は女性形でフライフラウですねとクーリエがケーキを頬張り、叙任式じょにんしきはいつになさいますかと妙子がお茶をすする。


「アーネスト枢機卿にお伺いを立てて決めます。みや坊、マントと紋章印の準備は?」

「紋章印は職人さんに発注済み。マントは妙子さんと鋭意作成中!」


 それってアルネの紋章印はチェシャの肉球で、マントにもチェシャの手形がデザインされるという事ではあるまいか。当の本人はまだ目を白黒させているが。

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