第94話 聖堂騎士達の晩餐

 話しは少し遡り、ここは枢機卿領の大聖堂にある貴賓室。


 アリーシャがセッティングした聖堂騎士同士の晩餐だが、ロマニア側こっち旧枢機卿側あっちの双方が相手を探るようにピリピリしていた。

 貴賓室には剣を持ち込まないルールとしたから、この場で斬り合うという惨事は避けられる。けれどこの先どうなるかは話し合いにかかっていた。


 小さな板前さんがポテトサラダを皆の前に置いていく。フォークの使い方を教える悠長な場ではないので、スプーンだけで一気通貫してもらおうという配慮だ。


 聖職者に卵入りのマヨネーズは使えないため、みやび直伝の豆乳とオリーブオイルで作ったマヨネーズ。具はスライスして水にさらしたタマネギ・五ミリ角のニンジン・スライスしたキュウリと、オーソドックスなスタイル。


 小鉢に入れるのではなく、皿にお玉でドンと盛って行く小さい板前さん。しかも一回ではなく二回の山盛り。


 祈りを捧げスプーンを手にしたあっちの聖堂騎士達が、初めて目にするポテトサラダに戸惑っていた。

 目の前で大きなボウルから双方へ無作為に盛られたので、毒殺は無さそうだと視線を交わし頷き合う。

 小さい板前さんはカレーも皆の前でよそうつもりだった。毒殺の不安を取り除こうと、考え抜いた末の演出だったりする。リンドの聖堂騎士は激辛にしなくても、カレーは大好きだしねと。 


「話しは後だ、食事を楽しもうじゃないか」


 ジェラルドの合図で、こっちの聖堂騎士と司祭が待ってましたと食べ始めた。アリーシャも頬張り、目を細めている。


「ジャガイモがこんなご馳走になるなんて、思いもしませんでした」


 そんなアリーシャの言葉にこれはジャガイモなのかと、あっちの聖堂騎士達もスプーンを動かし始める。どこからか、え? という声が上がった。


 頃合いを見計らいワゴンを押しながら、小さな板前さんは大皿にご飯をよそいカレーをかけて置いていく。


 本日の和風カレー、出汁は昆布で野菜は全てみじん切り。

 野菜ゴロゴロもいいけど、みじん切りにすると野菜の旨みが一体となって別の美味しさになるのよ。

 そんなみやびの言葉を思い浮かべながら作った、具は見えないけど野菜がたっぷり入ったカレー。もちろんラッキョウの甘酢漬けと福神漬けも忘れない。

 

 言葉を発することなく、こっちもあっちもアリーシャも、黙々とスプーンを動かしている。

 野菜の味わい深さをまとうカレーと、汁が染みこんだご飯。間に挟むラッキョウの甘酢漬けと福神漬けがまたいい。


「野菜カレーにもこんなバージョンがあるのか、実に美味いな」


 頬を緩ませるジェラルドに、いつでもお代りどうぞと微笑む小さな板前さん。お代りできるのかと、あっちの聖堂騎士達がこぞって身を乗り出す。


「もちろんですよ、遠慮無くどうぞ」


 お代りリクエストに貴賓室の中を、ワゴンがメリーゴーランドよろしくクルクル回る。双方とも席についた時のピリピリ感はもうない。


「さて諸君、本題といこう」


 デザートのフルーツヨーグルトを頬張りながら、ジェラルドが口を開いた。このヨーグルトも丼サイズの器。


 どうもこちらに派遣された小さい板前さんは、香澄の影響を多分に受けているようだ。ボウルで作ったお化けプリンのインパクトがよほど強かったのだろう。

 この子はまだ知らない、将来は『てんこ盛り料理人』という称号が付くことを。


「君たちは今の大聖堂をどう思っているのか、聞かせてくれないか」


 ジェラルドの問いに、あっちの聖堂騎士達が顔を見合わせた。精霊に仕える身、加えて騎士としての矜持が交錯する。

 全て食べ終えスプーンを置いた代表らしい騎士が、腐っていますねと吐き捨てるように言った。彼らもまた、自らの手で改革できず忸怩じくじたる思いを抱えていたようだ。


「我々は剣による粛正を計画している。我らと斬り合うか協力するか、意思を確認したい」


 静かに、けれど燃えさかる炎のように、ジェラルドは彼らを見据えた。

 すると代表の騎士はお待ち下さいと席を立ち、あっちの騎士達が一斉に立ち上がった。どの顔にも迷いはないようだ。


「身内の恥は身内でそそぎたく存じます。腐ったエセ聖職者の粛正、我らにやらせてもらえませんか」


 やはりここの聖堂騎士達はまともだったようだ。剣を交えなくて良かったと、ジェラルド達は安堵する。


「そのこころざし、騎士として受け取ろう。諸君らに全ての精霊のご加護があらんことを」


 彼らは床にひざまずき、胸の前で二重十字を切った。翌朝、大聖堂には粛正の嵐が吹き荒れることになる。






 時を戻してこちらはみやび亭。

 今日のお通しはおすすめはと、賑やかなカウンター端っこの男性三人衆。そんな中、テーブル席にヨハン組とグレーン州知事のキリアが座っていた。


「ワイバーン討伐ありがとうございました、レベッカさま」

「はっは、討伐ではなく捕獲だったのだがな」

「捕獲?」


 きょとんとするキリアに、ヨハンが事の子細を説明する。なるほど騎手が増えれば民間の物資輸送に改革が起きますねと、キリアは感心しきり。


 そんな三人の前に、みやびがどうぞと小鉢を置いていった。キリアさんのメニューはお任せ下さいねと言いながら。


「あの、レベッカさま。これはネギですよね?」


 キリアが小鉢の中身を覗き込み、目を丸くしている。


「僕もネギだと思います」

「そうだな、ネギだ」


 実はロマニア侯国、還俗げんぞくした修道女が知事となる伝統がある。キリアも修道女からグレーン州知事に選出された人物なのだ。


 僧籍を離れたのだから動物性のものを口にしても構わないのだが、キリアはご遠慮します派、シルバニア方伯知事のルーシアはどんとこい派。

 それでみやびは菜食主義のキリアに、専用のお通しを用意した訳である。


 長ネギ(二本)

 塩(小さじ一)

 ゴマ油(小さじ一)

 こちらの世界にはないけれど、あれば味の素(適量)


 ネギは白髪ネギにしても薄い輪切りでもOK。切ったら水にさらして辛みを抜き、キッチンペーパーで水気をよく拭き取る。あとは材料を混ぜ合わせるだけ。お好みで煎りゴマや一味唐辛子をパラパラ振ると尚良し。

 塩を減らし、味の素の代わりに塩昆布を混ぜるバージョンもみやびのレシピにはあったりする。


「あ、美味しい」


 キリアが目を輝かせた。レベッカもこれはいいなと頬張り、ヨハンもうんうんと頷いている。


「レベッカ、これは日本酒が好きな人に良く合いそうだね」


 ヨハンのこの一言がいけなかった。カウンター席で升酒ますざけを楽しんでいたパラッツォ、ブラド、ミハエル皇子の目つきが変わる。

 

 ちなみに日本酒は妙子謹製の大吟醸『リンド山脈 雲海』。これは妙子、ネーミングセンスは良さそうだ。

 

 そんな升酒を手にするカウンター男性陣のジトっと見る目が、一斉にみやびへ向けられた。

 キリアに豆腐ステーキを焼いていたみやびが、頭に手をやりへにゃりと笑う。みんなも食べてみる? と。

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