第73話 スオンの儀式は突然に

 ファフニールが発した鶴の一声で、山椒が出ることは重職達を通じリンドには通達済み。味見の段階でも、みやびはメイド達に説明している。 


 ならばまかないを作る調理場は今どうなっているかと言うと……。


 妙に艶っぽいファフニールは昼食の第四陣で合流しましょうと妙子に告げ、執務仕事に戻って行った。みやびの愛情に満たされているので、こちらは問題なし。


 妙子が肝を串に刺して焼き、それを手伝うクーリエ・クーリド姉妹も艶っぽい。まあ気になるお相手がまだいないので、こちらも問題なし。


 大問題なのはレアムールとエアリスだった。麻子と香澄から親愛の情を受け、心が大きく揺らいでいる状態。

 まかない作りを手伝いつつも、二人はそれぞれトロンとした目で麻子と香澄を見ている。みやびの心配は大当たりだったのだ。

 レアムールとエアリスも以前のファフニールと同じく、好きだからこそ出来ない病に冒されていた。そのタガが、山椒によって外れかかっている。


 そんな中、事件は起きたのだ。


 手が滑り串に刺そうとした肝をまな板に落とした麻子。それを拾おうとした麻子の手と、同じく拾おうとしたレアムールの手が重なっていた。思わず見つめ合う二人。

 

 レアムールの息づかいが、徐々に荒くなっていく。彼女は麻子の腕を掴むや、壁際に引っ張り両手壁ドンをしていた。何事かと皆の視線が集まる。


「ちょっとレアムール、どうしちゃったの」

「麻子さま、私のことをどう思っていらっしゃるのでしょう」


 山椒の効果は麻婆豆腐で麻子も理解している。胸の奥にあるものが出ちゃったのねと、眉を八の字にした。

 分かってるくせにと、麻子は手を伸ばしてレアムールの眼鏡を外す。素の顔が見たかったのだ。けれどエメラルドグリーンの瞳が、その口が、はっきり言葉で欲しいと麻子に訴えた。


「うわ恥ずかしい。でも言葉で欲しいなら言うね、私はレアムールが大好きよ」


 言い終わる前に、麻子はレアムールに抱きしめられていた。私はオヤジ属性だけどいいのかしらと問う麻子に、この世界にそんな属性は存在しませんと、抱きしめる腕に力を込めるレアムール。


 まかない作りで調理場に居残っていたメイド達が、うわあと頬に両手を当てた。今度はその光景を目の当たりにしたエアリスが、香澄の手を引きこっちも壁ドン発生。


「香澄さま、あの……」

「エアリスも言葉で欲しいのよね」


 香澄の問いかけに、ブンブンと首を縦に振るエアリス。香澄は見た目に反してやることは大胆、大好きという言葉よりももっと破壊力のあるセリフを口にした。


「私を大聖堂に連れて行って」


 これはリンド冥利に尽きるだろう。嬉しさのあまり、エアリスが目に涙を浮かべる。思いもしなかった急展開に呆けていた妙子が、我に返り声を上げた。


「誰か、司教さまに先触れを! それとみやびさんをお呼びして! ファフニールにも連絡を!」


 メイド達がそれぞれ頷き合い、バタバタと調理場を出て行った。妙子もこうしてはいられないと割烹着を脱ぎ、クーリエ・クーリド姉妹と共に大聖堂へ向かう。

 その後を麻子とレアムール、香澄とエアリスが手を繋いで続く。この二組、縁結びの魚はアナゴになるわけだ。きっと将来、蒲焼きを見る度に思い出すのだろう。






 これはどうしたことかと、カルディナ姫が誰もいない調理場に目を丸くしていた。まかないはどうなったのじゃと。

 焼き上がった肝焼きとお吸い物はあるのだが、おてんばといってもそこは皇女、勝手に手を伸ばすことはしない。むしろ彼女は、みんなとワイワイ言いながら食べる雰囲気を好む。


 そこへ、午前中の屋台販売を終えた子供達が帰って来た。メイド達がいないことに驚くも、一人ぽつねんと立つカルディナ姫に更に驚く。いつもならまかないを美味しそうに頬張っている高貴なお方がと。


「あの、姫様、これを一緒に食べませんか?」


 アルネが広げた包みに入っていたのは、みたらし団子。聖職者でも食べられるおやつとしてみやびから教わり、お屋敷の納屋でよく作っている。


 本当は売り上げと一緒に司教さまへ差し入れしようと思っていたのだが、アルネはしょんぼりしているカルディナ姫を放っておけなかったようだ。

 他の子供達もアルネの意図を察したようで、美味しいですよと無邪気な笑顔をカルディナ姫に向ける。


「これはなんとも……柔らかくて美味いのう。このみたらし? タレがよい」

「この他に予め団子を焼くバージョンと、更にこし餡とウグイス餡のバージョンがあるのですよ、姫様」


 アルネの解説に、なんじゃとと目を剥くカルディナ姫。どんな味なのだろうかと探究心が頭の中でグルグル回る。


「今度お持ちしましょうか」

「それは有り難いがアルネよ、わらわにも作り方を教えてくれんかの」 


 アルネはもちろん子供達が、お安いご用とばかりに頷いた。






 その頃大聖堂では、口づけによる血の交換で眠りについた麻子と香澄がメイド達に担がれていた。二人とも精霊問答を無事クリアしたようだ。

 ティーナとローレルが胸の前で手を組み、目をキラキラさせている。再び立会人を務めたみやびも、親友がリッタースオンとなった事に喜びを隠しきれない。


「レアムール、エアリス、おめでとう」


 みやびがお祝いの言葉をかけると、二人は気恥ずかしそうに頬を朱色に染めてお礼を述べた。麻子と香澄が生還するまで、この世の終わりみたいな顔をしていたのが嘘のよう。


 みたらし団子を食いっぱぐれることになるアーネスト司教も、ファフニールにブラドとパラッツォ、レベッカとヨハンも、感無量という面持ちをしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る