第42話 剣で語りましょう

 みやびはレベッカとヨハンを探す必要もなかった。二人は城の中庭で対峙していたのだ。

 かがり火が、二人の姿を照らしていた。


「レベッカさま、僕を貴方のスオンにして下さい!」

「どうして私なのだ! 近衛隊には年の近いリンドがいるではないか、相応しい相手を選べ」


 そんなレベッカの言葉に、ヨハンはいいえと叫びながら首を横に振った。


「リンドを好きになるのに、いちいち理由付けが必要ですか? 年も関係ありません。僕は貴方が欲しいのです、僕のものになって下さい」


 ティーナとローレルが、そのセリフに顔を真っ赤にした。こんな言葉で口説かれたら、リンド冥利みょうりに尽きるというもの。

 

 ヨハンをかけがえのない好ましい男子と、レベッカは認めている。彼の成長を楽しみにして来たし、その行く末を見守りたいと思っていた。

 そんなヨハンの未来予想図に自分が含まれることを、レベッカは全く想定していなかったのだ。その彼が、琥珀こはく色の瞳が、真剣に返事を待っている。


 ヨハンが一歩も引かないと悟ったレベッカは、背中に背負った長剣のつかに手を掛けた。


「ならば剣で勝負だ、私を打ち負かしてみろ」

「剣で語れと仰るのですね、ならば受けて立ちます」


 応じたヨハンが、恩師より授かりしコルタナに手をかける。

 どうしてそうなるんですかと、割り込もうとするティーナとローレルをみやびは制した。第三者がここで止めたら禍根かこんが残るからだ。二人が納得する形でなければ、スオンの儀式に届かない。


 そこへ調理場から、騒ぎを聞き付けた妙子がクーリエとクーリドを伴い駆け付けた。今にも剣を抜きそうなレベッカとヨハンに、三人は何事かと目を見張る。

 非常事態と訓練を除き、エビデンス城の城内で長剣を抜くのは御法度ごはっとなのだ。それを二人が知らぬはずはないと。


「みやびさん、何が起きているの?」

「これはスオンを賭けた二人の試合よ、妙子さん」


 リンドの離着陸用である石台に、みやびがよっと飛び乗った。そして彼女は腰に手を当てると、人差し指を立ててヨハンとレベッカを交互に見る。


「この石台から落ちたら負け。相手の剣で負傷したら負け。急所を狙うのは禁止。剣の勝負だから魔力の行使と竜化も禁止。このルールでいいかしら」


 君主のスオンであるシルバニア卿が長剣の行使を認め、その立会人となる。ならば二人がここで剣を鞘から抜いても罪に問われる事はない。

 そんな規定があることを当のみやびは知らないのだが、これで城内に於ける私闘が正当化されることになる。


 みやびが提示したルールに異論は無いと、石台に上がるレベッカとヨハン。

 スオンを賭けた、正に『真剣』勝負となるのだ。どちらかが血を流すことになるかもしれない。

 妙子も、クーリエとクーリドも、ティーナとローレルも、固唾を呑んで二人を見守った。

 準備はいいかしらと尋ねるみやびに二人は頷く。ゆっくりと夜空に伸ばした右腕を、みやびは振り下ろした。


「勝負始め!」


 みやびの合図に二人は剣を抜き、お互いに間合いを見計らう。

 先に動いたのはヨハンだった。上段から斜め横に振り下ろされるコルタナを、レベッカも自らの剣で受け止める。一瞬の鍔迫つばぜり合いから二人は離れ、再び間合いを取り直す。


 剣の師匠を同じくするから太刀筋が似るのは当然かも知れない。お互い八年も稽古相手にしていれば、手の内も知り尽くしている。

 ならばリーチの差、腕の長さと剣の長さでレベッカが有利と言えるだろう。ヨハンに勝機があるとすれば、その機敏さだ。


 七歳までは大草原で牧羊犬を追いかけ回し、ビュカレストに来てからは大聖堂の外周を走った。


『ヨハンよ、お前の持ち味は機敏さだ。ただ走るのではなく、更に速く、もっと速く、自らが風となるよう心がけよ』


 そんな師匠の言葉を思い浮かべながら、レベッカの突きを弾いて飛び退く。急所を狙わないルールである以上、双方とも狙うのは腕や足だ。


 剣と剣がぶつかり合い火花を散らす。リーチの差で押してくるレベッカの剣を、ヨハンは素早く弾きかわしていく。

 

 ――自分の中にある、原風景を取り戻したい。


 ――その場所に、この人と肩を並べて立ちたい。


 強く念じたその想いが届いたのだろうか。ヨハンの体を、故郷オアナの風が吹き抜けていった。


「貴方が好きです!」


 故郷の風となり全力疾走でレベッカの懐に飛び込むヨハン。そのコルタナ押し返すべく受け止めるレベッカ。


 ――だが。


 なんとヨハンは振り下ろされる剣を弾きながら、その走った余勢を借りて滑り込みレベッカの股をくぐり抜けたのだ。

 みやびが鋭い視線で二人の動きを見据え、他の者達は口に手を当てていた。


「しまった!」


 振り向いたレベッカの腕に、片膝をついたヨハンのコルタナが刺さっていた。ノコギリ状に、ポコリと血が浮き出る。


「それまで! 勝者、ヨハン君」


 その時ヨハンは気付いた。切っ先のある普通の剣であれば、レベッカの腕を深く傷つけていただろうと。

 これが急所だったら……。


 ――命を奪う前に今一度考えよ――。

 それが慈悲の剣という二つ名を持つ、コルタナの真価なのだと。


「なあヨハン。私は五歳も年上だし、肌の色は褐色だし、眉間に傷を持つ女だぞ」

往生際おうじょうぎわが悪いですよ、レベッカさま」


 ヨハンはコルタナを仕舞うと、レベッカの腰に腕を回して抱きしめた。身長差で見上げる形になるのはちょっと悔しいが。 

 いつか追い越してやると心の中で呟きながら、ヨハンはルビー色の瞳を見つめた。


「そんな事にコンプレックスを抱いていたのですか? そもそも眉間の傷は、僕にとっては貴方の勲章なのです。さあ、腕の血を僕に下さい」


 石台の周囲から、拍手が起こった。

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