第25話 そんな理由があったんだ

 みやびが帰還する次の満月まで、あと五日。


 今までお付きは不要と辞退していた妙子に、クーリエとクーリドが付いた。輸送任務の時はメイドが輪番制で彼女をお守りする。

 それぞれのお付きと護衛のフランツィスカを連れ、みやびと妙子は借りた空き家に向かっていた。それでも足りないとレベッカから、牙のメンバーを十人も付けられてしまったが。

 二人を取り囲むようにして移動する物々しい雰囲気に、逆に悪目立ちしてしまい苦笑するみやびと妙子。大通りを行き交う市民が何事かと、こちらに注目していた。

 アーネストが約束した通り、場所は南門から歩いてすぐだった。だがその佇まいに、みやびは目を丸くする。


「こんな大きいお屋敷だとは、夢にも思わなかったわ」

「でも平屋建てよ、屋根が高いから大きく見えるだけ。リンドの住む家はね、そうしなくちゃいけないの」


 妙子の言った意味がよく分からず、首を捻るみやび。そんな彼女をフランツィスカがクスリと笑った。お付きの四人も顔を見合わせ同様に笑う。


「みやび殿、私達リンドはベッドで寝ぼけ竜化してしまうことがあるのです。普通の屋敷では、天井や壁を破壊してしまうでしょう」


 フランツィスカに教えられ、みやびはそういうことかと合点した。

 ゾウかキリンでも出入りするのかと尋ねた時、チェシャはそういう事もあると言っていた。冗談かと思っていたが、本当だったのだ。

 高い天井に大きな扉も、キャッチボールが出来そうなほど広い部屋も、竜化を前提に建てていたのだと。


「みやびさんは気付いているかしら。ベッドの土台は大理石なのよ、リンドが使う場合は天幕を外すけれど」

「目から鱗だわ、ちゃんと理由があったのね」


 妙子は笑顔で頷くと、こちらにいらしてとみやびの手を取る。引かれていったのは、屋敷の脇にある納屋であった。納屋と言ってもレンガ造りの立派なもの。

 その納屋を牙がぐるっと囲み、周囲に目を光らせる。

 中に入ると子供達が出迎えてくれ、みやびと妙子の元に集まって来た。屋敷と納屋のマスターキーは妙子が預かり、年長のアルネがスペアキーを管理している。

 妙子の通訳によれば、アルネはこんな風に話したそうな。


「みやびさま、妙子さまから頂いた本を元に、届いた材料でもう始めています」


 納屋は狩りで捕らえた動物を解体して、使用人が焼いたり煮たりするのに使われていたもの。二基並ぶ竈から、大豆と米を蒸す湯気が見える。

 子供達は自ら食事を用意するので、竈の扱いは大丈夫だとアーネストから聞き及んでいた。教会の指導も行き届いており、ラテーン語の読み書きも出来るという。

 だが残念なことに屋台の完成が遅れていた。熱々を提供する為、屋台にも竈を付けて欲しいと要望したのが原因。次の満月まで間に合いそうもないらしい。

 もつ煮丼の作り方、せっかく子供達が覚えたのになあ。みんなと一緒に市場で売りたかったなあと、みやびの眉尻が下がった。



 その夜、みやびは皿に焼きおにぎりを乗せて廊下を歩いていた。夕食のご飯が少し余ったので、夜勤番にお配りしているところ。

 みやびの焼きおにぎりは醤油ではなく、甘味噌を塗って焼いたもの。東北出身の板前さんが作った、まかないを食べてからのお気に入り。


 そのみやびが、危うく皿を落とすところだった!


〝夜の廊下は、ご用心〟


「あんにゃろうのアドバイスって、この事だったんだ。そりゃ驚くわよ」


 天空の間。入り口の脇でスヤスヤ眠る竜。ばらばらに散っている椅子の破片。

 お付きになったティーナとローレルは、夜勤番から外れているから別の子だろう。だが竜化していると、みやびには誰だか全く分からない。

 お昼寝が足りなかったのねと、皿を床に置くみやび。そして彼女は散っている椅子のパーツ拾い集める。ところがどのパーツも、どういう訳か妙に重い。おそらく金属製だ、軽いのはクッションだけ。


「あれ、これってもしかして組み立て式?」


 座面の三方から、金属の角棒が出ている。そこに脚の部分をあてがうと、ピッタリはまる。もう片方の脚と背もたれをはめ込めば元通り。


「竜化しちゃった時に備えての組み立て式なんだ。これは驚き」


 みやびは椅子を少し離れた場所に置き、焼きおにぎりの皿を乗せた。目が覚めたとき、きっとお腹が空いているだろうと。

 もとより起こしてあげたくても、起こし方が分からない。下手に近付いて寝返りでも打たれたら人生最大の危機だ。

 君子危うきに近寄らず。みやびはそのまま天空の間へと入っていった。

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