第20話 メイド達の休憩時間

 みやびが帰還する次の満月まで、あと九日。


 ここはメイド用の待機室。テーブルを囲んでレアムールとエアリス、ティーナとローレルがお湯で薄めたぶどう酒を飲んでいた。アルコールを飛ばして香りを楽しむのが、リンド族の嗜みらしい。

 テーブルの中央にはジャガイモを細長く切って揚げた、平たく言えばフライドポテトがある。みやびの手ほどきを受け、作り方はメイド達に浸透していた。

 他にもポテトチップスやハッシュドポテトが、休憩中の定番になりつつある。これらが知れ渡ればジャガイモの需要が大変なことになると、ブラドもパラッツォも目を剥いていたが。


「そう言えばみやびさんったら、エアリスの事を包丁要らず! と叫んでいたわね」


 ここ数日の出来事を思い出しながら、レアムールがフライドポテトに練りからしをこってり付けて頬張る。


「物を切るのは風属性の十八番おはこですもの。切り込みの手順さえ分かれば、タマネギのみじん切りもキャベツの千切りも簡単よ」


 エアリスもフライドポテトを摘まむと、ワサビに付けた。


「でもダイコンのかつらむき? あれは無理。あそこまで風を操れないわ」


 ワサビ付きを口へ放り込むエアリスに、でしょうねとレアムールが破顔した。片手で素材を回しながら皮を剥くような作業は、エアリスでも包丁に頼るしかない。


「水属性が桶に大気中の水分を集めた時、みやびさまはものすごい表情をしておられましたよ。まるで、人が山中で熊に遭遇したようなお顔で」


 そう言ってティーナがケチャップに付け頬張ると、同じくケチャップに付けたローレルが可笑しそうに頷いた。ティーナの比喩が的を射ていたからだろう。


「城に井戸が無い理由を、みやびさまはご存じなかったようですぅ」


 言葉が通じるとは言え、認識の違いはある。その差を埋めるべく、お付きであるティーナとローレルを交えての情報共有。時間を合わせた四人の休憩は、これがお決まりとなっていた。


「今朝のファフニールとみやびさんは、とても距離が近かったわよ。エアリスにも見せてあげたかった」

「距離が近いとは……、どのように?」


 みやびが教会から借り受けた屋敷の大掃除をするため、エアリスは妙子と共に数名のメイドを連れて城外に出ていたのだ。

 そんなエアリスのために、ティーナとローレルが席を立った。

 練習用に持ち込んでいたフライパンを、ローレルが手に取る。ティーナはその後ろに立つと肩に左手を置き、右手はフライパンを持つ手に添えたのだ。


「オムレツを焼くときのフライパンはね、こんな風に振るのよ」


 二人の小芝居に、思わずエアリスは両手を口に当てた。みやびの調理指導は丁寧だが、スキンシップ込みで教わったメイドは一人もいないはず。


「それで、ファフニールはどんな様子だったのかしら」


 身を乗り出すエアリスに、二人は気恥ずかしそうに顔を赤らめた。その反応が全てを物語っている。きっとその場にいた全員が、いたたまれなくなるような甘酸っぱい雰囲気だったに違いない。


「隊長、これは脈ありね」

「ええ、私もそう見たわ」


 顔を見合わせ頷き合うレアムールとエアリス。そんな二人に、フライパンを置いたローレルが不思議そうな顔で尋ねた。


「隊長と副隊長はぁ、みやびさまを口説かないのですか? ブラドさまは立候補するかと仰ったのにぃ」


 その場には居なかったレアムールだが、話しはメイド達から聞き及んでいた。けれど近衛隊の本分とは、君主であるファフニールに寄り添い身命しんみょうを捧げる者。

 レアムールはテーブルに頬杖を突くと、八年前の記憶を手繰り寄せた。気丈にも涙を見せず、九歳で戴冠式に臨み君主となったファフニールを。


〝私はリンド、死ぬまでファフニールのそばにいてあげたいの〟

 妙子の誘いは冗談だと分かっていたが、断ったその言葉に嘘偽りはない。


「みやびさんは素敵な方だわ。でも私は、それ以上にファフニールが大切なの。君主としてスオンを獲得していただくことが、私にとっての最優先。エアリスのご意見は?」


 お湯割りぶどう酒を一口飲むと、エアリスはクスリと笑った。レアムールと、元近衛隊のレベッカと、三人でファフニールを支えてきたのだ。何を今更であった。

 しかもみやびが司教の前で大好き宣言をした話しは、近衛隊と守備隊の間に広がっていた。


「私の気持ちも隊長と同じよ。リンドの族長がスオンを持たない独り身では、それ自体が大問題でしょう。加えて私は、ファフニールはみやびさんでないとダメなような気がするの」

「そのダメな理由を、聞いてもいいかしら?」


 レアムールの問いに、エアリスは人差し指を顎に当て天井を見上げた。それはみやびが考えにふける時の仕草を真似ており、さらに声色まで真似て口を開いた。


「ねえファフニール、分量や手順をメモするのも大事だけど、素材の変化をよく見て。このフライドポテトも、揚げ過ぎると焦げて味も食感も台無しになっちゃうのよ」


 その物真似があまりにもそっくりで、見ていた三人が同時に笑い出す。だがエアリスはお湯割りぶどう酒をまた一口飲むと、真面目な顔になった。


「ファフニールは立場上、原理原則に縛られやすいわ。対してみやびさんは、料理を通して自由な発想と物事の見極めを教えてくれる奇特な存在よ。彼女の弱いところを補えるのは、みやびさんのような人ではないかしら」


 なるほどねとレアムールが頷く。そして隊長と副隊長がみやびに攻勢をかけない理由を、ティーナとローレルも納得したようだ。


「ところであなた達はどうなのかしら。本気だと言うなら、私も隊長も止めないわよ」


 エアリスの言葉に、ティーナとローレルは首を小刻みに横へ振った。


「そんなこと、できませんですぅ」

「そうです、できません」


 二人とも、どうしたというのだろうか。あれ程みやびに懐いているのにと、エアリスとレアムールは顔を見合わせる。


「儀式を発動できるのは、十七歳の誕生日を迎えてからではありませんか。私やローレルとスオンの約束をしたら、みやびさまを五年も待たせることになります」

「そうですぅ。それではまるで、処刑台に立つ日を指折り数える死刑囚と同じではありませんかぁ」


 思わず席を立つレアムールとエアリス。

 エアリスが二人を抱きしめ、レアムールが優しく頭を撫でた。好きだからこそ出来ないというその想いが、あまりにもいじらしかったのだ。


「間もなく十七歳になるフュルスティン・ファフニールか、儀式の発動年齢に達している隊長か副隊長に」

「みやびさまを獲得していただきたいのですぅ」


 エアリスの胸に顔を埋め肩を振るわせる二人を、後ろからレアムールも抱きしめる。休憩に来た他のメイド達が、四人のサンドイッチ状態に何事かと驚いていた。

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