94話 小絃と紬希のバストアップ大作戦(後編)

「紬希さん……大好きな人の為に胸を大きくしたいってその気持ち、私には痛いくらいわかります。わかりますが……あの超危険人物に頼るのだけはおやめください……」


 禁断の豊乳手術……それもよりにもよってマッドサイエンティストな母さんの怪しげな装置にまで手を出そうとする紬希さんをどうにか思いとどまらせる私。


「だって、でも……このままじゃ私……お胸がいつまで経っても残念な事に……あ、

 あや子ちゃんに嫌われちゃう……」

「わ、わかってますって!他の方法を一緒に考えましょう紬希さん!」


 じわりと瞳に涙を浮かべた紬希さん。その顔は、年上で大人の女性に対して失礼だけど……なんだか小さい頃の泣き虫だった琴ちゃんを見ているようで。泣かせちゃダメだと私の中の『お姉ちゃん』の血が警鐘を鳴らす。

 な、何かないか……考えろ私……他に胸を大きくする方法は……えぇっと……


「そ、そうだ!そういえば胸って揉めば大きくなるって聞いたことが!」

「…………」


 無い頭を振り絞り、ハッと思い出す。確か昔、あや子のアホが持ってた女性誌にそんな事が書かれていたのを読んだ覚えがある気がする。よくわからんが揉まれることで女性ホルモンが刺激されるのが云々かんぬんとか……

 ぶっちゃけ当時はどうせ俗説なんだろうと軽く聞き流していたけれど。少なくとも母さんに頼るよりも安全で、そして雑誌にも載るくらいなんだし多少なりとも信憑性がある話なのでは無かろうか。


「や、やってみる価値はあると思いますよ紬希さん!」

「…………」

「……ん?あの、紬希さん?どうしたんです?」


 希望を持って貰おうと明るく紬希さんにそう勧める私。すると紬希さんは、何故か無言でスッ……と私の前でバンザイを始めたではないか。

 何をされているのだろうと首を傾げる私に、虚ろな目を向け私にこう言ってくる。


「……どうぞ」

「へ?どうぞって……」

「そこまで仰るなら……ちょっと試しに……揉んでみてください小絃さん」

「も、揉むって…………ま、まさか私が紬希さんの胸を揉むんですか!?い、いやそれはちょっと……申し訳ない気持ちになると言いますか……」

「問題ありません。さあ、どうぞ」


 どうやら紬希さんは本気らしい。い、良いのかな……?正直畏れ多い気が……まあ、あくまで医療行為の延長みたいなものと考えたらそこまで気にするような事じゃない……のか?


「そ、それじゃあちょっと失礼しますね紬希さん。い、痛かったら言ってください」


 言い出しっぺだし、それで紬希さんの助けになるのならやらない手はないか。一言断りを入れてから紬希さんの胸に恐る恐る手を伸ばして——


 スカッ


「……?」


 スカッ!


「……ん、んんん?」


 スカッ! スカッ!! スカッ!!!


「…………あれ?」


 必死に紬希さんに手を伸ばすけど、私のその手は虚しく空を切るだけ。掴め……ない……?


「……小絃さん。貴女に一つ、世界の真実を教えて差し上げますね」

「せ、世界の真実?」

「…………無いものは、掴めないんですよ……」

「…………ごめんなさい」


 思わず土下座して謝る私。今日の私はマジでダメダメだ……事あるごとに紬希さんの地雷を踏みまくってる……お陰でお通夜みたいな雰囲気に。……わ、私こんなつもりじゃ……


「いいんです……小絃さんが悪いんじゃありません……どーせ私は……掴めるものもない……真っ平らな小学生にも劣る体型の女なんですから……形式上ブラ付けてますが……こんなのただの飾りです……希望なんて何一つないんです……」

「あ、諦めてはダメです紬希さん!ほ、他に……他に何か方法があるはずです!」


 どんよりといじける紬希さんを三度慰めつつ、別の方法を懸命に模索する。ええっと……えーっと……揉むのが物理的に無理なら……


「も、揉めないなら…………とか?」

「…………!」


 つい先ほど話題に出た『脂肪吸引』の話を思い出し、思いつくままダメ元で呟いて。そして呟いた直後に私は一体何を言っているんだと激しく後悔。

 ……いや、吸ってみるって何だよ私……セクハラか?


「あ、あはは……い、今のは忘れてください紬希さん……て、適当に言ってみただけですので——」

「…………そうか。その手がありましたか」

「へっ!?ちょ、ちょっ!?つ、紬希さん……紬希さーん!?」


 するとどうしたことだろう。体育座りでいじけていた紬希さんは唐突に立ち上がったかと思えば、突如その場で服を脱ぎ始めたではないか。


「な、何をなさっているんです!?なんで脱いでいるんですか紬希さん!?お、おやめください!?」


 上着を脱ぎインナーを脱ぎ。そしてブラまでもお構いなしに脱ごうとする紬希さん。慌てて止めに入る私だったんだけど、そんな私をひらりと躱して構わずに衣服を脱ぎ捨てる。

 あっという間に上半身を露わにした彼女は、身体を震わせながらこう言うのだ。


「……これで、よし。小絃さん準備は整いましたよ」

「何のです!?」

「今、小絃さんが言ってくれたじゃないですか……吸ってみればいいって」

「…………」


 今日ほど私は、真面目な人に適当な事を言うものではないと痛感した事はない。


「お、落ち着いてください紬希さん。吸ってどうにかなるわけないじゃないですか……い、今のは適当に言っただけで」

「やってみなくちゃわかりません。も、もう私に残された道はこれくらいしかないんです……!」


 目が据わり、半ばパニックになりながらも紬希さんは必死に私に懇願してくる。女の子同士とはいえ好きでもないやつに裸を見せて、おまけに胸を吸って欲しいとか言うなんて……相当に追い詰められている証拠だ。震えているのは寒さのせいだけではないだろう。


「お願いします小絃さん……あや子ちゃんの為にも……私、わたし……!」

「う、ぐぅ……」


 ど、どうする……?どうすりゃいい……?多分私がどう説得しようとも、今の精神状態の紬希さんは納得してくれないであろうことは容易にわかる。あんなアホな提案をした責任があるし……何よりこんなに必死になってる紬希さんの気持ちを考えたら……


「…………わ、わかり……ました……て、手伝うって言ったのも私ですもんね。こ、こうなったらとことんお付き合いします……」

「こ、小絃さん……!」


 根負けして受け入れた私。紬希さんは花が咲いたような笑顔を見せてくれる。


「ご、ごめんなさい……無理を言ってしまって……こ、こんなこと頼めるの……小絃さんしかいませんから……」

「……い、一応念を押しておきますが……浮気とかそういう感じのアレじゃないですからね?あくまでも胸を大きくするためにやむを得なくって事で……」

「も、勿論です……!」


 もう後には退けそうもない。覚悟を決めるしか私に道はないと悟った。や、やるぞ……やってやる……!


「じゃ、じゃあやりますけど……ど、どんな風にすれば良いですかね……?」

「ええっと……と、とりあえずひと思いに一気に吸ってみてください……!」

「わ、わかりました……」


 小柄な紬希さんに合わせて、私は膝立ちになる。紬希さんはゆっくりと隠すために組んでいた腕を解き、ゆっくりとその腕を降ろして胸を露わにした。

 そこに見えるのは白い肌となだらかで華奢な身体。そして……薄い桜色の頂。


「そ、それじゃ……いきますよ紬希さん……」

「お、お願いします……っ!」


 しどろもどろになりながらも、覚悟を決めた私は。その頂目がけてゆっくりと唇を近づけて——







 バンッ!


「——小絃お姉ちゃん、ただいまー!ごめんねちょっと遅くなっちゃった!お土産買ってきたよ!」

「私の愛する紬希ー!貴女の愛するあや子さんお仕事終わったわよー!一緒に帰りましょうねー!」

「「……あっ」」

「「……えっ」」


 触れ合う刹那、奇跡的な…………そして絶望的な最悪のタイミングで。琴ちゃんとあや子が現れた。


「「「「…………」」」」


 凍り付く空気。笑顔のまま私たちを見て固まる琴ちゃん&あや子。そして言い訳のしようがないこの状況に何も言えないままの私と紬希さん。


「……あの、えっと……こ、これは……違うんだよ……」


 時間にしてほんの数秒だったけど、体感数十分ほどの沈黙の後。とりあえずなんとか状況説明をと口火を切る私。

 ……その瞬間、全ての均衡が崩れた。


「…………ふ、ふふ…………ふははははは…………!」

「あ、あや子……?」

「いやぁ……残念ね小絃。本当に残念よ……」

「な、何が残念なのさ……?」

「…………あんたとの長年の腐れ縁を、この手で終わらせなきゃいけないだなんて本当に残念だって言っているのよ……!まさかあんたが……うちの可愛い可愛い嫁に……手を出すなんてねぇ……!」

「ちょ、ちょっと待てあや子!?ち、違うんだって!?誤解していると思うけど、これには深いわけが……!」

「新しい小絃のお友達はどの子が良いかしら?モグラさん?それともお魚さん?モグラさんが良いなら……土の中に、お魚さんが良いなら……海の中に。あんたを招待してあげるからさぁ……!」

「こいつ……色々飛び越えてすでに私の死体の処理方法の事しか考えてねぇ……!?」


 半狂乱で笑いながら、純然たる殺意をもって私にゆらりゆらりと近づいてくるあや子。


「…………悲しいね、とっても……」

「こ、琴ちゃん……あの、あのね違うの……!今琴ちゃんが思っているであろう事をやってたわけじゃなくて……」

「紬希ちゃん。貴女は本当に素敵なお友達だったよ……」

!?琴ちゃん、どうしてそこで過去形なの!?」

「大丈夫……大丈夫だよ……紬希ちゃんとは本当に良いお友達だったからね……今は違うけど」

「お願い琴ちゃん!?お話を聞いて……!?」

「友達だったよしみで酷い事はしないから安心して。そう、友達だったよしみで…………一撃で楽にしてあげるから。苦しいのも痛いのも、一瞬で終わらせてあげるから……」

「何の話をしてるのかな琴ちゃん!?」


 少しだけ悲しい顔をしながら、スッ……と紬希さんに拳を構えて恐ろしい事を呟く琴ちゃん。


「ふ、二人とも落ち着いてってば!?本当に浮気とかそういうのじゃないんだよ!?で、ですよね紬希さん!?」

「は、はい!その通りです!わ、私はただ小絃さんに——他に他意は……」

「…………あや子さん、今の発言をどう思われますか?」

「聞かなくてもわかるでしょう琴ちゃん。…………死刑」

「紬希さん落ち着いて!?事実としてはその通りですが、その説明だと火に油を注いでますって!?」


 そして二人の圧に気圧されてパニックになる私と紬希さん。


 その後。迫り来る死の恐怖をその身に味わいながらも、誠心誠意真心込めた土下座と懸命の説明で私も紬希さんもどうにか五体満足で生還できたけれど。鬼のように怒り狂う琴ちゃんとあや子に状況を説明するのに、結局5時間ほど時間を費やす羽目になったのであった。

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