番外編 幕間の嫁たち

「——音羽琴と!」

「い、伊瀬紬希の……」

「「古今東西ゲーム!!」」

「いえー!」

「…………は?」


 とある日の休日。タイプの違う二人の美人さんが、楽しそうにゲームの宣言をする。一人は私の従姉妹の琴ちゃん。もう一人はここ最近仲良くなった紬希さん。

 そしてそんな彼女たちの前にいるのは。合いの手を入れる私、音瀬小絃と……一人だけこの状況を何一つ理解していない置いてけぼりの悪友あや子。


「ちょ、ちょい待ち。え?何?何なの?ちょっと小絃。これは何なのか説明しなさい。『紬希さんを連れて遊びに来い』って言われて来てみれば……いきなりなんなの?今から何が始まるって言うの?」

「ん?なにさあや子。もしかして私と同じ世代のくせに『古今東西ゲーム』を知らないの?」


 何も知らずにノコノコと紬希さんに連れられてやって来たあや子は私に説明を求めてくる。やれやれ仕方ないなぁ。いいだろう、説明しよう!

 古今東西ゲームとは別名『山手線ゲーム』という所謂連想ゲームの一つ。あらかじめ決められたお題の内容に沿って、お題の答えを手拍子とリズムに合わせて順々に答えていくというシンプルなゲームだ。

 例えば『赤い食べ物』というお題を出されたなら、『りんご』とか『にんじん』とか『トマト』とか。そのお題通りの答えを言う感じだね。『山手線ゲーム』っていう別名通り『山手線の駅名』がお題になる事もあるんだとか。


 ここで注意しておきたいのは、いくつか決まり事がある事。まずお題に合わない答えを言ったらアウト。さっきの例で言うと『赤い食べ物』ってお題なのに、黄色い食べ物の『バナナ』と答えたり、赤いけど食べ物じゃない『ポスト』って答えちゃダメって事ね。

 前に答えた内容をもう一度言っちゃうのも禁止。当然だけど実在しないものを言うのもダメ。あとは考えが思いつかなくて答えが出せないのももちろんNGだ。


「——ざっくりだけどこんな感じのゲームだね。あや子、わかった?」

「いや、誰がルールの説明をしろと言った。古今東西自体は知ってるわよ。そうじゃなくて……私が聞きたいのはなんでそのゲームがいきなり始まったのかって事。それともう一つ。ねえ小絃」

「なにさ」

「そのゲームと関係があるのか知らないけど……」

「うん」

「…………どうして私は、?」


 額に青筋を寄らせながら。あや子は吐き捨てるようにそう問いかけてくる。そんなあや子は今現在、ロープや何やらで雁字搦めの状態である。あや子がうちに入った瞬間、私と琴ちゃん。そして紬希さんの三人であや子を捕らえそして簀巻きにしてやった。

 心苦しいが仕方ない、これは仕方のない事なんだよあや子。古今東西ゲームを進めるのに必要だからね。


「ぜんっぜん身動き取れないんだけど……これは一体どういう仕打ちよ。小絃はともかく……なんで琴ちゃんと、うちの紬希までこんな真似を……」

「まあまあ。ゲームが始まったらきっとあや子も拘束されてるわけもすぐにわかるさ」


 そう、嫌でもわかる事だろう。楽しみにしていると良い。


「さーてと、と言うわけで、ルール説明も無事に終わった事だし……琴ちゃん、紬希さんお待たせ!そろそろ始めちゃおうか!準備は良いかな二人とも?」

「うん、了解お姉ちゃん。任せてよ。この日のために『お題』に関する事……めちゃくちゃ考えてきてあるからね」

「あ、あの……本当に、こんなことして良いんでしょうか……?」


 やる気十分な琴ちゃんとは対照的に、紬希さんは若干不安そうな表情。それはもう紬希さんはべらぼうに優しい人だから、今から始まるこのゲームに抵抗があるんだろう。けど……


「良いんですよ紬希さん。別に悪い事をしようとしてるわけじゃないんです。寧ろ……皆の仲が更によくなるとても良い事なんですから」

「た、確かにその通りかも知れませんが……」

「大丈夫です。ゲーム中はそこのアホも若干抵抗するかもしれませんが。所詮は照れ隠し。きっと内心は喜んでくれますよ」

「そ、そう……ですかね?」

「そうですよ。琴ちゃんもそう思うよねー?」

「うんっ!お姉ちゃんの言うとおりだよ紬希ちゃん!」

「わ、わかりました……!ご、ごめんねあや子ちゃん。でも私……頑張るから!」

「……オイそこのバカ。何の話か知らないけど、うちの嫁になんか変な事教えてないかしら?なんだかすっごい嫌な予感がするんだけど……」


 あや子の問いかけは当然無視。二人の準備もOKらしいし早速始めるとしましょうかね。


「んじゃ始めるよみんなー!せーの!音羽琴ちゃんから始まる!」

「「いえー!」」

「古今東西ゲーム!」

「「いえー!」」

「お題は——『』っ!」

「…………ッ!?」


 私がお題を口にした瞬間、あや子は怪訝そうな表情から一転。顔を真っ青にして全てを察した。拘束された時よりも激しく身じろぎして抜け出そうとしているけれど……バカめ、もう遅いわ……!


 パンパン!


「私の為に命をかけてくれる!」←琴ちゃん


 パンパン!


「わ、私を一番好きって毎日言ってくれる!」←紬希さん


 パンパン!


「笑顔がとっても素敵で輝いて見える!」←琴ちゃん


 パンパン!


「どんなお洋服も華麗に着こなす!」←紬希さん


 パンパン!


「ちょ、ちょちょちょ……ちょっとぉ!?な、何よコレ!?何なのよホントに!?『好きな人の好きなところ』って……小絃ォ!何なのよそのお題は!?」

「ハッハッハ。……なああや子や。この前私と紬希さんが修羅場る事になったのは覚えているかね?貴様が余計な事をしでかして、紬希さんが悩み苦しむ事になったあの一件を」

「そ、それが何よ……あの後あんたに制裁として、ある事ない事暴露されたけど……あれであの話はおしまいだったハズじゃ……」

「いやいやいや。何を勘違いしているのかねチミは。まさかとは思うけどさあや子——?」

「…………!」

「バカめ!あれで終いと思ったら大間違いだわ!全然足りんわ!」


 そう、これが今日あや子と紬希さんをうちへ呼んだ本当の理由。ちなみにこのアホを簀巻きしたのは、このゲームから途中で逃げ出したり止められないようにするためだったりする。

 紬希さんに多大な迷惑と心配をかけた分、愛する人のエンドレス褒め殺し攻撃に大人しく悶え死ぬがいいわあや子!


 パンパン!


「柔らかくて温かくて抱きしめられると心が満たされる!」←琴ちゃん


パンパン!


「私が困った時に颯爽と現れて私の為に一生懸命になってくれる!」←紬希さん


 パンパン!


「聴く者誰もが魅了される世界一の箏の演奏者!」←琴ちゃん


 パンパン!


「凜々しくてかっこいいけどお菓子作りが趣味なギャップが可愛い!」←紬希さん


 パンパン!


「って言うか……なんであんたは平気なのよ小絃!?こ、こんな……こんな羞恥プレイを琴ちゃんにされて……どうしてあんたはなんともないのよ!?どんな心臓してるわけ!?恥ずかしくないの!?」


 琴ちゃんと紬希さんの『古今東西ゲーム』もとい『褒め殺しゲーム』が盛り上がりを見せる中。耐えきれずに顔をトマトみたいに赤くして、私にそう聞いてきたあや子。恥ずかしくないのかって?やれやれ何を言うのやら。


「勘違いしているようだから教えておいてあげるよあや子」

「……何よ」

「…………これでも私も、かなりダメージ負ってるんだぞ」

「バカじゃないの!?案の定、自爆してんじゃないの!?なんでこんなゲーム企画したのよあんたというバカは!?」


 ……ははは。これ、思ってた以上にキツいわ……大好きな琴ちゃんに褒められるのは嬉しい反面……怒濤の褒めちぎりに身は悶え、少しでも気を抜けば布団の中に逃げ込んで耳と目を閉じて脚をバタバタさせたくなる。

 あー……顔あっつい……何なの琴ちゃん……私の事、好きすぎない……?知ってたけどさ……


「恥ずかしいって思うくらいならあの二人を止めなさいよ!?今ならまだ致命傷で済むでしょうが!?」

「まあ、正直いっそ殺せって思うくらいハズいけど……ある意味私も紬希さんが浮気を疑う原因みたいなもんだしね。彼女への謝罪も兼ねてるわけだし……ここは甘んじて受け入れるよ。それに……」

「それに何よ……!?」

「悪友に楽しく嫌がらせが出来るなら、このくらいグッと我慢するさ」

「最低ねアンタ!?」


 そんな言い争いをしている間にも。琴ちゃんと紬希さんの褒め殺しは更に白熱する。


 パンパン!


「首筋を触ったり舐めたりすると可愛い反応する!」←琴ちゃん


 パンパン!


「普段はかっこいいのにベッドの中だと可愛らしくなる!」←紬希さん


 パンパン!


「大好きだよって耳元で囁くと蕩け顔になるのがえっちで可愛い!」←琴ちゃん


 パンパン!


「経験豊富な振りをして隠れて私の為にえっちの勉強してるのがいじらしい!」←紬希さん


 パンパン!


「「ゴフッ……」」←吐血するお姉ちゃんズ


 ……辱めに耐えきれず、二人仲良く身もだえしながら吐血する。いやぁ。それにしても……琴ちゃんも紬希さんも、よくもまあ自分の好きな人の好きなところあれだけポンポン言えるよなぁ……これって今何周目だ?かれこれすでに1時間くらい続いてる気がするぞ、この古今東西ゲームという名の惚気合戦は……


 ……とはいえ、何事も終わりはやってくるもの。この長い長いゲームも、とうとう終わりを迎える時が来た。


パンパン!


「私を一番好きって毎日言ってくれる!」←紬希さん

「「あっ」」

「え?…………あ、ああっ!」


 合いの手のための手拍子する手もそろそろ痛くなり始めたその時だった。紬希さんが思わず口にした、好きな人の好きなところ。これは……


「ねえ琴ちゃん。私の記憶が間違ってないなら、今の紬希さんのって……」

「ん。そうだね。確か……一番最初に紬希ちゃんが言った事だね。『私を一番好きって毎日言ってくれる』っていう好きな人の好きなところだね」


 古今東西ゲームのルールの中には最初に話したとおり、『同じ言葉を言ってはいけない』というものがある。

 一番最初と、それから今の紬希さんの口にしたものは全く同じ内容のもの。これはつまり——


「勝負ありっ!琴ちゃんの勝ちー!」

「わーい!やったぁ!」

「あぅ…………わ、私の一番あや子ちゃんが好きなところがそれだったから……ついうっかり同じ事を二回も言っちゃいました……まだまだ好きなところ言えたのに残念です」


 勝者の琴ちゃんは嬉しそうに私にハグをして。負けた紬希さんはがっくりと肩を落とす。いやはや、二人ともナイスファイトだったよ。


「…………や、やっと……終わった……のね……」


 そして古今東西ゲームをしていた二人よりも披露している様子のあや子。元々ひねくれ者でかっこつけで素直じゃないこいつにとっては、いつ終わるとも知れぬ自分の愛するお嫁さんの褒め殺しゲームはさぞ耐え難きものだっただろう。ゲーム中は『やめて紬希!言うならせめて二人っきりの時に!いっそ殺して!?』って叫び続けてたし。

 さーてと。それじゃあそろそろ仕上げといきますか。


「小絃……あんた、マジでいつか覚えておきなさいよ……とりあえずこの拘束を、早く解きなさい……」

「おっと。拘束を解くのはゲームが終わってからだぞあや子」

「ハァ?ゲームが終わってからって……もう終わりなんじゃ……」


 頭に疑問符を乗せるあや子。そんなあや子を置いて、私は紬希さんに声をかける。


「紬希さんお疲れ様でした。大健闘でしたけど……負けは負け。

「は、はい。が、頑張ります……!」

「罰ゲーム……?え、ちょっと何よ罰ゲームって……」


 もうすでに罰ゲームみたいなものだったでしょう……?と言いたげに不安そうな表情を見せるあや子。

 ……ねえあや子?さっき叫んでたよね。『いっそ殺して!?』って。OK、わかった。悪友としてご要望通り……


「それじゃあ楽しい罰ゲームの内容の発表です。紬希さん……あなたへの罰ゲーム、それは——古今東西ゲーム中に言った『好きな人の好きなところ』を。!です!」

「小絃、貴様ァあああああああああああ!!!」


 きっちりトドメをさしてやるから感謝する事だね。


 この後、罰ゲームとして紬希さんはきっちり余す事無く自分の好意を一生懸命あや子に伝えていた。そして逃げられないあや子は、私と琴ちゃんが見守る(?)中、紬希さんの愛を全力で受け止めて……そして恥ずかしさのあまり屍と化していた。

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