アドリアーナ姫行方不明事件

第192話 父来たる

 ある手紙が届き、私たち王都にいる辺境伯家一同は「おやまあ」と驚いた。


「お嬢様、大旦那様がいらっしゃるんですね」


「辺境はすっかり平和になったんですねえ」


「蛮族たちが内戦に入ったみたいだからね。こっちを攻めるどころじゃないでしょ。あそこで族長の首を取っておいてよかったわねえ」


 メイドたちと盛り上がる。


「オ、オリは会ったことないなあ!」


「そう言えばズドンは、私が直接雇用したもんね。さっぱりした気性の人だから、きっと父とは気が合うと思うわ」


「おう。お館様はズドンみたいな豪快な奴が好きだからな!」


 ナイツも太鼓判を押す、父とズドンとの相性。


『わふわふ!』


「あっ、バスカーも初めてだったっけ! 楽しみねえ」


 ということで、私たちはみんな、父の到着を楽しみに待った。

 その間、なぜか貴族街にはピリピリとした空気が流れ、妙に警備が物々しくなったりするのである。

 なぜだろう?


 やって来たシャーロットが、私の疑問を聞いて笑った。


「それはそうですわ。辺境伯様は貴族たちの間で恐れられていますもの」


「どうして? 国の守りを一手に引き受けている人なのに」


「それ故に、公爵と並ぶほどの権力を許され、そしてエルフェンバイン最強の武力を持つ方ですわよ? いつも権力闘争にきゅうきゅうとしている方々にとっては、恐ろしくて堪らないでしょう。いいです、ジャネット様? 辺境伯様は王族とは血の繋がりが無い貴族として、この国では最高位にある方なのです」


「あ、そうか!」


 納得した。

 かつて辺境伯は、伯爵と同位だったらしい。

 けれど、蛮族の脅威が高まるにつれて、守りを担当する辺境伯に裏切られては国が滅ぶということで、様々な便宜が図られるようになったのだ。


 結果、辺境伯家は公爵家と並ぶ権力を得たと。

 私たちが蛮族への対応で大忙しだったから、権力を得ても増長する余裕などなく、権力争いにも参加しなかったから、王都の貴族たちは安穏としていられたに過ぎない。


 父が自由になったので、これからはちょくちょく王都にやって来ることになるだろう。

 貴族たちよ、震えて眠れ。


 かくしてその日がやって来る。

 貴族街は恐ろしいものに見つからぬようにと息を潜め、しかしシタッパーノ家やテシターノ家はテンションが高い。

 親分が来るんだものね。


 私たちも王都の門まで迎えに行った。

 野次馬がとても多い!


 デイリーエルフェンバインが、大々的に『ワトサップ辺境伯、王都に来たる!』と喧伝したのである。

 あの新聞、新聞を取れない人々のために、一面だけを切り取ったものを街角に張ったりしているのだ。

 これがなかなか、王都の民には大切な娯楽になっているらしい。


 なので、みんな紙面で見たり、噂話で聞いたりして父の到着を知っているのだ。


「お、来た!」


「うひょお、馬がでかい!!」


「ジャネット様が乗ってる馬と一緒だ!」


 来た来た。

 軍馬にまたがった騎士たちが守りを固め、中央には鉄で補強された馬車が、巨大な二頭の馬に牽かれている。


 翻る旗は、ワトサップ辺境伯家のもの。

 

 騎士も兵士も、本来なら儀礼用の鎧を着てやって来るものだが……。

 我が家には、そんな非実用的なものなどない。

 全て実戦で使われたものばかり。


 一応、きれいに補修はされているけれど……。

 この鎧姿が放つ威圧感は、みんなよく分かるらしい。


「すげえ……!!」


「肩のトゲ、半分折れてる……。実戦で使ってたんだ」


「あれで俺らを守ってくれたんだなあ」


「辺境伯!」


「辺境伯ばんざい!」


 盛り上がる盛り上がる。

 みんな、父の到着に大盛りあがり。

 誰もがそこに注目していたから、それには気付かなかったのだろう。


 辺境伯一行の後ろを、ちょろちょろと、ちょっと違う感じの馬車がついてくる。


「お嬢、ありゃあイリアノスの馬車」


「あのお姫様だね。お父様の馬車についてきたのね」


「だが、様子がおかしいですぜ。あいつら、まるで通夜の後みたいだ」


「ってことは何かあるわね」


 辺境伯家の馬車は私たちに気付き止まる。

 扉が開き、父がのっそりと姿を現した。


「おお、ジャネット! わざわざ出迎えてくれずとも良かったのに」


「王都は平和で、お父様がいらっしゃるのが娯楽になるくらいなの。だから私もがこうしてお父様を出迎えると、みんな喜ぶのよ」


「なるほど! さすがは我が娘。王妃になる器だ!」


 がっはっはっはっは、と笑う父。

 そんな大声で言わなくても。


 周りの野次馬たちが、ウワーッと盛り上がっているじゃないか。


「ジャネット様が王妃に!」


「そりゃあいい!」


「エルフェンバインの未来は明るいぞお!」


 父は周りを見回し、歓声を耳にし、うんうんと頷き……。

 満面の笑みになった。


「国民にも愛されておるな。さすがは我が娘だ!」


「さすがはお嬢様です!」


「やりますなあ!」


「お嬢様に率いられ、蛮族の王の首を取った我らも鼻が高い!」


「戦場で散っていった者たちも喜びます!」


 わっはっはっはっは、と騎士たちや兵士たちも笑った。

 大変内容が物騒である。


 あっ!

 いつの間にか私の後ろにターナがいて、よだれを垂らさんばかりの表情でメモを取っている!

 これは、明日のデイリーエルフェンバインは大変なことになるぞ。


 そんな盛り上がりを見せる私たちだが……。

 横からおずおずと、イリアノスの人たちが声を掛けてきた。


「あ、あのー。ジャネット様」


「ああ、はい。あら。あなたはあの時の!」


 辺境伯の娘、アドリアーナがお忍びでやって来た時に、屋根の上を駆け回っていた聖堂騎士の人だ。


「どうしたの? アドリアーナがいないみたいだけど。……ハッ」


 私はその時、察した。

 今までの経験が生きてきたというか、シャーロットに感化されてしまったと言うか。


「アドリアーナ、さらわれたでしょ」


「ど、どうしてそれを!?」


「分かった。探し出して助け出す」


「は、話が早い……!!」


 この話を、興味深そうに聞いていた父。


「なんだなんだ。俺が到着して早々に騒ぎか? そなたら、主をさらわれたか。良かろう。我らワトサップ辺境伯家が、そなたらを助けてやろう」


 私と父は、頷き合う。

 後はシャーロットにも声を掛けて……と。


 ちょっと物騒な父とのレクリエーションみたいなものだ。

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