第183話 姫のお忍び観光
「アドリアーナ様はつまり、お忍びで観光するためにいらっしゃったわけですわね」
「そうなるわ」
ラグナ新教枢機卿の娘、アドリアーナはうんうんと頷いた。
むこうで言う枢機卿とは、上級貴族のこと。
つまり彼女、侯爵か公爵の家の令嬢クラスというわけ。
お姫様と言っていいのかも?
「この家から対面の家までロープを張り、そこを滑って外出、観光に出ていたのですわね」
「そうなの。ほら、私が来てるって分かっちゃったら、色々大変になるでしょ。国賓みたいな扱いされるかもだし、エルフェンバインの素の顔みたいなのが見られなくなるじゃない」
「そうね。きっとアドリアーナが来たら、よそ行きの顔したきれいな観光地しか見せてくれないと思うな」
「でしょー!!」
アドリアーナが私を指差して、我が意を得たりと大喜び。
「フ、フランクな方ですね」
ターナがちょっと驚きつつも、メモする手をやめない。
「何してるのあなた?」
「はあ、記事にしようかとメモを」
「ちょっと! 記事にされたら私がいるって分かっちゃうじゃない! 自由に観光できなくなっちゃう!」
ここで私、ふと気付く。
「この国、不法滞在には厳しいはずなんだけど、もしかして密入国しているわけではない……?」
「当たり前じゃない。イニアナガ陛下には連絡して、エルフェンバイン公認でお忍びの旅行に来てるの!」
国家公認のお忍び!!
「じゃあアドリアーナ。あなたの観光が終わる頃合いで記事に載せたら? 最後の観光はその土地の人たちから大歓待されるっていうのも良くない? それでみんなに見送られてこの街を後にするの」
「それいいーっ!」
アドリアーナがまた私を指差して、飛び跳ねて喜んだ。
「姫、あまりはしゃがれると……」
聖堂騎士の隊長が慌てている。
だが、私の提案そのものには異論は無いようだった。
「むふふふふ、ということは、またもスクープを私がモノにするということですね!!」
眼鏡をきらーんと光らせるターナだが、私から言わせたら、彼女の実家に下宿したのがイリアノス神国のお姫様だったのだ。
ターナが色々と、運とか縁を持っているんじゃないだろうか?
こうして、この日からしばらく、私はアドリアーナに付き合って観光案内をすることになった。
エルフを匿ったために森に飲まれた家とか。
下町で一番アンダーグラウンドな水麻窟……だけど合法、とか。
合法な闇市とか。
「危険な魅力がいっぱい……! だけどどれもこれも、国の息が掛かっているのが不思議……!」
アドリアーナは大喜びだった。
イニアナガ陛下のスタンスが、危険なものは管理できるように介入した上で、そのまま存続させておくというものなのだ。
アングラなものはそれを利用する人々の、鬱憤を晴らす意味もある。
これをみだりに規制していたら、どこかで爆発すると考えているんだと思う。
お陰で、エルフェンバインは、イニアナガ陛下が統治を始めてから、ただの一度も反乱みたいなものは起きてない。
厳しい統治と、同時にあちこちにたくさんある鬱憤晴らしの施設が、バランス良く機能しているのだろう。
「イニアナガ陛下ってすごい人なのね……。うちの教皇は、全然よ。だってラグナ神国ではお飾りなんだもの。あの人、神聖魔法も使えないし」
「へ、へえー」
自国のトップを大したこと無い、というのは凄いなあ。
「あ、いっけない。ジャネットって辺境伯の娘なんでしょ? 私と同じような立場だもんね。あんまり秘密をばらしたら、国家機密なんとかで私も捕まっちゃう」
もう十分ばらしていると思うけど。
とにかく、一事が万事この様子なので、アドリアーナに振り回されっぱなしだった。
天真爛漫とはこのことか。
「ジャネットってなんだか、うちの聖堂騎士の隊長に似てるわよね……。令嬢なのに武人っぽい」
「よく言われるわね……!」
そこのところは鋭いな。
こうして私の観光案内は終わった。
それには、ターナもずっと付き従っていたのだが、彼女いわく。
「お二人の様子や会話を活写するためには、私なんかが加わってはいけないのです! 私のことは背景だと思って楽しんで下さい……!」
だって。
お陰で、アドリアーナ滞在の後半で発行されたデイリーエルフェンバインは、衝撃的な内容で王都住民を震撼させた。
イリアノス神国のお姫様がいつの間にか滞在してて、こっそりと都市の隅々まで観光していたなんて……! というわけだ。
ちなみに私と顔見知りの人々は、
『ああ、ジャネット様と一緒にいた金髪の子でしょ? ジャネット様相手にあんなに物怖じしないなんて普通じゃないからなんとなく分かった』
このようなことを言っていたらしい。
信頼されているのか、人聞きが悪いのか……。
アドリアーナの、エルフェンバイン滞在最終日。
どこに行っても、王都の人々が大歓迎だった。
アドリアーナはにっこり笑いながら、握手したりハイタッチしたりして回り……。
その裏では、アドリアーナを狙う悪漢とか、首を突っ込んできたジャクリーンとかがいて、これとシャーロット及びデストレード率いる憲兵隊が激突したりと、大騒ぎを繰り広げていたそうだけど。
それはまた別の話だ。
最後は、国民たちに見送られ、去っていくアドリアーナ一行。
イリアノス神国のお姫様は、エルフェンバインをしっかりと堪能したようだった。
「どっと疲れたわ。彼女、すっごくエネルギッシュなんだもの」
「元気でしたわねえ。イリアノス神国ではきっと、お行儀よくなさっているのでしょうね。ですからこちらでは溜め込んだエネルギーが爆発したのですわ」
「あー、それっぽい!」
「ずっとお相手されたジャネット様は本当に大変でしたわねえ。こちらがジャクリーンと丁々発止のやり合いを繰り広げたことなんて、お遊戯みたいなものですわ」
「なにそれ聞きたい」
「あら、今日はお疲れだからゆっくりされるのではなかったのですの?」
「それとこれとは別よ」
「仕方ありませんわねえ」
シャーロットは、仕方ないと言いながら、これから話すのが実に楽しみだという顔で笑った。
紅茶を淹れてくれて、お茶菓子を出して、彼女のお話を聞く準備は整った。
「さあ、話してちょうだい!」
「ではでは、ジャクリーンが性懲りもなく、アドリアーナ様に手出ししようとした時、わたくしはどうしたのか……」
彼女の言葉を聞きながら、私は、これこそ記事にするべき話じゃないのかなあ、などと思うのだった。
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