第171話 大山鳴動して猫の子一匹
倉庫に到着。
ここで、混沌の精霊との大立ち回りが待っている……。
そんな腹づもりで私は来たのだけれど。
ズドンを先頭にして、いつでも水の魔法をぶっ放せるようにしている。
できれば倉庫に被害は出したくないなあ。
男爵家としても、ここを壊されたら、修復に結構なお金が掛かりそうだし……。
「ここに混沌の精霊がいます」
ギュターンが断言した。
「やっぱりいるのね」
「いますね。どうして倉庫の中で大人しくしているのかは分かりませんが」
「ズドン、戦争の準備よ」
「お、おーう!」
「その必要はないと思いますわねえ」
シャーロットが不思議なことを言った。
さっき、混沌の精霊の破片みたいなものにひどい目に遭わされたところだったじゃないか。
何を考えているのかな。
「不思議に思っている顔ですわね。足元を御覧なさいな。一番新しい足跡は、先程の農夫の方が倉庫に入っていったものですわ。ついさっきですわね。そしてまだ出てきていないということは……」
「まだ中にいる?」
「そういうことです。ああ、ズドンさん、慌てて飛び込もうとしなくていいのですわよ。むしろそれは農夫の方が危険にさらされますわ。ほら。古い足跡で同じ農夫の方が、何度か行き来した様子がありますわね……。ギュターンさん、農夫の方のお住まいは近いんですの?」
「ええ、はい。独り者の農夫は単身用の集合住宅に住んでいます。世帯を持った者は、荘園の外にある家族用の集合住宅に移り住みます」
どうやら彼は独り者ということらしい。
「単身用の住宅は、もしかして狭かったりしますの?」
「はい。寝床しかありません。集団で食事をするスペースがあるのみです」
「なるほど、それで……」
シャーロットが頷いた。
「さっきから一人で納得してないで、私にも説明してよシャーロット」
「ああ、ごめんなさいジャネット様! 実はですね、既に状況がどうなっているかという情報は全て出揃っているのですわ。以外にも、事の鍵はあの農夫の方が握っていたのですわね」
「どういうこと?」
「こういうことですわ。もしもし」
シャーロットが倉庫の扉をノックした。
「へいへい」
倉庫の扉が開き、農夫が顔を出した。
そして、私たちとギュターンがいるのに気付き、びっくりする。
「な、なんですかね!?」
「あなたの猫を見せてもらおうと思いましたの。ご自分の部屋では飼えないのでしょう?」
「へ、へい」
農夫が恐縮している。
チラチラとギュターンをみているのだけど……。
「もしかして、ギュターンには倉庫で飼っていることは秘密にしていたの?」
「へい」
農夫の返事に、ギュターンは呆れたように強く鼻息を吹いた。
「豆の中にフンをしないようにだけすれば構いません」
「い、いいんですか奥様! やったあ!」
飛び上がって喜ぶ農夫。
彼の背後から『にゃーん』という声が聞こえた。
ズドンが身構え、ギュターンがハッとする。
「精霊の気配だよう!」
「混沌の精霊です」
農夫の股の間から、黒猫がにゅーっと顔を出した。
「精霊だよう!」
「混沌の精霊が……精霊……? 猫……?」
「えっ、この猫が混沌の精霊なの……?」
「ええ。そうなのですわ。ほーら、おいでおいで」
『にゃーん』
シャーロットが黒猫を抱き上げる。
猫は大人しくシャーロットの腕の中に収まると、抱き上げられてぶらーんと長くなった。
「混沌の……? そいつはマルチョウって言って、この間豆畑に迷い込んできた猫なんですよ。なんか声が聞こえるから、猫か? って言ったら本当に猫が出てきて……」
「ああ、そういうことですか」
ギュターンが納得したようだった。
「そういうことってどういうこと?」
「混沌の精霊は、何にでもなれるのです。しかし、風になれば風の精霊より弱く、土になれば土の精霊よりも弱い。だから、一番影響を受けない他の何かの姿をしていることが多いのです。曖昧な姿だった混沌の精霊は、彼が猫と呼んだのでその姿になったのでしょう」
つまり、混沌の精霊は、豆と猫と、そして畑に残った欠片に分かれた。
豆となった精霊は男爵に食べられ、体内で暴走して男爵を殺してしまった。
畑に残った欠片は、そのまま存在し続けた……というか、あの大きな蔓草そのものが混沌の精霊だったのかも知れない。
「それじゃあ、農夫が混沌の精霊に襲われなかったのは……」
「猫になったほうの本体が、彼に気を許したからでしょうね。だから彼は襲われなかったのですわ」
シャーロットに黒猫を手渡されて、農夫は嬉しそうに腕の中の毛玉を抱きしめた。
猫も農夫をペロペロしている。
「猫みたい。混沌の精霊って言うから身構えてたのに」
「あら、ジャネット様。あなたのおうちには、人間大好きな魔犬が元気に暮らしてますでしょう?」
「言われてみればそうだった!」
モンスターも精霊も、そしてギュターンやうちのギルスみたいな蛮族も、みんな接する相手次第なのかも知れない。
相手がどうなるのかなんて、私たちの偏見が決めているのかもね。
結局、事件は混沌の精霊によるものだと公表された。
ギュターンが猫を精霊として行使してみせたからだ。
憲兵たちから国に連絡が行き、跡継ぎのなかったバラニク男爵家は、ギュターンが男爵夫人として暫定的にまとめることとなった。
新聞記者のターナは、大興奮で記事を書き付け、脚色もりもりで私たちの事件解決の様子をまとめたのである。
「半分あなたの創作なのでは?」
「いいんです、ジャネット様! 私、実は作家も目指してるんで! それであのー。今度シャーロット様の特集を作るんですけど、過去の事件についても教えていただいても……?」
「まあいいわよ」
「ありがとうございます!」
ターナは飛び上がって喜んだ。
「もう、特集の名前は決めてるんです! 推理令嬢シャーロットの事件簿って言うんですけど……」
はしゃぐ彼女を連れて、私は家のテーブルにつく。
「でも覚悟しなさいよ。話はすっごく長くなるから。まずは、私とシャーロットが出会ったときの話だけど……」
メイドたちが持ってくる、紅茶のいい香りがした。
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