第170話 祭器はどこだ

 凄い顔ぶれになって、荘園の中を歩き回ることになる。

 ギュターンが案内してくれるのだが、一箇所で立ち止まるたびに……。


「見て下さい。ここでおいもを育てているのですが、こんな可愛らしい花が咲くのです。本当はお花を咲かせてしまっては、おいもが痩せてしまうのであまり良くはないのですが……私に任された畑は、おいもを花咲かせて、成った実からまた育てようと思っています。地下茎からも実からも増えるなんて、不思議な植物ですよね」


「へえー。何かのこだわりですの?」


「おいもの花が大好きなんです」


「まあ素敵。趣味で育てられるのは貴族の特権ですわよねえー。一面のお芋が花畑に変わるのは壮観でしょうね」


 シャーロットとギュターンが意気投合してるなあ。

 ギュターンは私が知る蛮族と違って、随分知的で情緒的だ。


 まあ、このお芋の紫色の可愛らしい花は、私も好きかもしれない。


「オリは芋は掘った端から焼いて食っちまいたいなあ!」


「ズドンは分かりやすいわねえ」


 ということで次。 


「ここがトマト畑です。ここは働く方々に任せています。詳しい説明は働く方々にお願いしましょう。こっちに来て下さい。また今日も猫を探しているのではありませんよね」


「ああ、奥様。大丈夫、猫はちゃんと捕まえました。いやあ、奥様はお芋以外にはあまり興味がないお方でして」


 農夫が出てきて説明を始めた。

 ギュターンは南方大陸の生まれで、そこでは主食が芋だった。

 だから、彼女は芋に対して並々ならぬ愛情を注ぐというわけだ。


 違う、必要な説明はそっちじゃない。


「祭具についてなんだけど。何か、土の中に埋められたりしていなかった?」


「祭具……ですか?」


 農夫が首を傾げた。


「シャーロット! ギュターン! 祭具ってどういう形してるの!」


「それはですわね、人形ですわよ」


「はい。このために混沌の精霊によって指示された方法で、生贄を加工し、人形サイズにしてしまうわけで……」


「邪悪っぽい!」


「これが混沌の精霊の依代になります。それそのものでは意識を保てぬほど、混乱した存在ですので、人の形を与えることで思考ができるようになるのです。ただ、今回はそれが災いとなりました。主人が殺されたのはいい気味ですが。ざまあ」


「ギュターン、本音、本音!」


 本当にバラニク男爵のことが大嫌いだったのね。

 嫌いとは言っても、遠い土地まで連れてこられてしまったし、彼女は彼女で愛するものが生まれてしまったわけだし。

 お芋とか。


「そうですねえ……。旦那様が指示をなさって、どこかに埋めたとは思うんですけどねえ……。あの方、あちこちにものを埋めましたから……」


 見当もつかない、というわけだ。


「どうするの、シャーロット?」


「なに、簡単なことですわ。ギュターン、あなたが連れてこられてからどれほどの時間が過ぎていますの?」


「ええと……半年ほどです」


「では農夫の方。半年前にはまだ、物を埋められる状態だった畑はどこにありますの?」


「え……あ、ああ! そういうことですか!」


 農夫がポンと手を打った。


「ええと、それなら豆の畑がまだまっさらだったはずなので! 旦那様なら考えずにそこに埋めますね! あまり後先考えない人でしたから!」


 バラニク男爵、死んでなおひどいことを言われているとか、あまりにも人望がない。

 だけど、後先を考えないからこそ、混沌の巫女であるギュターンを連れてきてしまったのだし、そして混沌の精霊が憑いた人形を適当に畑に埋めてしまったのだろう。


「エルフェンバインの土地では、大地と風の精霊の力が強すぎて、混沌の精霊が上手く活動できないんです。土の中に埋められてしまったら、何もできないと思うのですけれども」


「そこは、混沌の精霊が動きやすい条件が揃ったということでしょうね。豆畑に参りましょう」


 シャーロットが歩き出した。

 ギュターンはやはり案内。


 農夫は、ちょっとこの後用事があるからとそそくさと立ち去っていく。


 到着した畑では、芽吹いた蔓が立てられた棒に巻き付いて伸びているところだった。

 一箇所だけ、異常に育ちがいいところがある。


 そこに近付こうとするシャーロット。


「ああ、いけません」


 ギュターンが呟いた。

 私は、すぐ横でボーッとしていたズドンのお尻を叩く。


「出番!」


「お、おーう!!」


 ズドンが走り出した。

 そしてシャーロットの前に躍り出ながら、ポージングを決める。


「フンヌァーッ!!」


 ズドンの前方に水が渦巻き、人間大の渦潮に変わった。

 その渦潮に突き刺さる、真っ黒い塊。


「おっと……! 危ないところでしたわ!」


 シャーロットが慌てて退避してきた。


「水もないところに渦潮を呼び出すなんて……。あの男性、もしや今の時代の水の巫女……いえ、巫覡ですね」


「そうだったの?」


「そうです。現代における水の精霊魔法の頂点の一人です」


「ええ……」


 なんでそんなのが職に困ってうちの下男になったわけ?

 眼前で、ズドンが次々に水を呼び出しながら、混沌の精霊らしき何者かと勝負を繰り広げている。


 何を見せられているんだろう。

 ズドンの背後で、シャーロットが何か考えているようだ。


「これは自由になっていますわねえ……。それにしても、豆畑で不自然に育った蔓草があり、農夫はそれに気付かなかった? 混沌の精霊によって認識を乱されていますのね? そして近くを歩いた農夫に攻撃はなく、なぜかバラニク男爵だけが殺されていた……ということは……。ズドンさん、ここにいるのは抜け殻ですわ。てきとーうに全力でぶっ放して構いませんわよ」


「お? 豆の畑壊したら、農夫さん可哀そうだよう」


「あー、農夫の人に同情してて手加減してたのね。ズドン、どっちにしてもこれがあると、農夫の人が収穫できないでしょ。やっちゃいなさい!」


「そう言えばそうだよう! ふんぬっ! カリュブディス!」


 私の命令に答えて、ズドンがまたポージングした。

 生まれでたとんでもなく大きな渦潮が、豆畑を飲み込んでめちゃくちゃにする。


 あっという間に渦は消え、後に残ったのはばらばらになった蔓草と……それに覆われていた人形の破片らしきもの。


「固く組み合わさった蔓草に飲まれ、風も届かないまま地上に人形が飛び出ていた。だからこそ、混沌の精霊が動けましたのね。そして精霊は自らの力を、収穫される豆に込めた。それを男爵が口にしたのでしょうね」


 シャーロットはそう推理すると、荘園のある方向を指差す。


「倉庫に、収穫された豆があるでしょう? そこに混沌の精霊はいますわ! ギュターンさん、あなたならば説得ができるでしょう?」


「はい、できます。それにしても……どうして精霊は、農夫を襲わなかったのでしょう」


「それはまだ、語るべき時ではありませんわね」


 久々にシャーロットがもったいぶってる。

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