フットボーラー失踪事件

第164話 フットボールを見に行こう

 フットボールというものがあって、元々は倒した敵選手の頭蓋骨を蹴って楽しむ遊びだったのだが、敵味方に別れ、この頭蓋骨に見立てたボールをお互いの本陣へ蹴り合うゲームになった。

 実は辺境発祥なので、私も馴染みが深い。


 兵士や騎士たちが、倒した蛮族の頭蓋骨でゲームするのをよく眺めていたっけ。

 これは戦う者たちの士気と連帯感を高めるためには、最適なゲームなのだ。


 そうかあ。

 王都でもフットボールってやっているんだ。


 今回、私を誘ったのはカゲリナとグチエル。

 貴族にも密かにフットボールのファンはいるみたいで、こうしてちょこちょこ試合が行われているんだとか。

 えっ、あっちは貴族チームなの?


 貴族と平民がチーム同士で対抗戦をするというのは、なかなか新鮮だ。


「うわおー! やっちまえですよー!」


「うおー! へ、平民が貴族をふっとばしたー!」


 カゲリナとグチエルが前のめりになって応援している。

 彼女たちを見てても面白い。


 フットボールはなかなか荒っぽいスポーツで、ぶん殴ったり蹴ったり体当たりしたり以外は、大体何をやってもいい。

 ちょこちょこ怪我をする人も出るらしくて、控えには魔法医が待機していると聞いた。


 こんな催しが、私の知らないところで行われていたなんて……。


「ジャネット様は辺境のご出身でしょう……? こう、スポーツ化したフットボールがぬるいって言われるかと思って……」


「ええ、みんなそれで気を使ってたんです」


「そんなことに……」


 私の隣にナイツが出てきて、「ほおー」と言いながら眺める。


「確かにまあ、お行儀のいいスポーツになってますな。だが、都会の連中は体ができてませんからな。大怪我なんかしたら楽しむどころじゃないでしょう」


「そうよね。微笑ましくて楽しいなあ」


 私たちの感想に、カゲリナとグチエルはホッとしたらしい。

 

「でも、フットボールが微笑ましいって」


「あんなにふっ飛ばされたりしてるのに」


「人間が空を飛んでないんだから平和なものでしょ」


「辺境は死者が出かねないレベルでしたからな。まあ、あれくらいで死ぬようじゃ戦場に出れないんですがね」


 がははははは、と笑うナイツ。

 彼は辺境一のフットボーラーでもあるのだ。

 ただ、パワーに溢れるあまり、頭蓋骨を蹴り砕いてしまったりしたから、反則退場の回数もトップだったなあ。


 今回の試合は、平民チームがぐいぐい押し込んでいる。

 強い強い。

 ハングリー精神というやつかな?


 だが、ここで貴族側から飛び出す一人の青年。


「おっ!!」


 ナイツが思わず声を上げた。


「あいつやりますぜ。辺境でも通用する」


 体格のいい青年が、平民チームからボールを奪い、突き進んでいく。

 タックルしてくる平民たちを、強靭な体幹で振り切り、高らかに叫んだ。


「前に出ろ! 前に!」


 貴族チームがわーっと前に出る。

 青年が蹴り出したボールがキャッチされ、陣地へ蹴り込まれる。

 これで得点だ。


 わーっと歓声が上がる。


「くっそー! 貴族の得点か!」


「だけどやっぱあいつはすげえな! 全然動きが違うぜ!」


 観客席から聞こえる感想が楽しい。


「ねえ、カゲリナ、グチエル。彼って何者?」


「ハッ! ま、まさかジャネット様……!」


「いけませんジャネット様! オーシレイ様が悲しみます!」


「そういうのじゃないよ!?」


 二人の額にチョップをして回った。


「いたい!」


「あいたー!」


「優秀なフットボーラーのことが気になっただけよ。どこの誰なのかしら」


「ああ、はい。彼はですね。マカブル男爵家のご令息、ダンサズさんです」


「男爵家の人だったのね」


「王都、恐るべしですな。まさか貴族の中にあんな傑物がいたとは。ちょっと俺、会ってきますわ」


 ナイツは、そう告げるが早いか、柵を飛び越えて平民席に飛び降り、驚き騒ぐ一般市民たちを掻き分けて突き進んだ。

 ちょうど試合も終わったらしく、彼らはやって来たナイツを見て動きを止めた。


「辺境の英雄ナイツだ!」


「最強のフットボーラーが!!」


「ここにまでナイツの名前が知れ渡っているの……?」


 私の呟きに、カゲリナがカッと目を見開いた。


「ご存じなかったんですか!? ナイツさんは、既に、王都の男たちの憧れなのですよ?」


「ほへー」


 おかしな声を上げてしまった。

 その後、ナイツがデモンストレーションでボールを蹴り始めたので、会場が大いに沸いた。


 彼が大きくキックしたボールが、大きな音を立てて爆ぜながら吹き飛び、文字通り陣地に突き刺さる。

 わーっと歓声が上がった。


「頭蓋骨の時だって蹴り砕いたりしたものね。ボールだと柔らかすぎるのかも」


 ナイツはダンサズと親しく話し、フットボールのコツなどを教授していたようだ。

 彼にも、王都の友人ができたということだろう。

 これはいいことだ。


 この日から、私はちょくちょくフットボールを見に出かけるようになった。

 フットボールチームは、これを生業としているわけではない。


 日々の仕事の合間に、フットボールの練習をし、その成果を休日に見せるものなのだ。

 貴族チームが2チーム、平民チームが4チーム存在していて、彼らが休日ごとにぶつかり合う。

 なかなか楽しいイベントだった。


 そんなある日のこと。

 ナイツが難しい顔をして私に話しかけてきた。


「お嬢。どうやらダンサズのやつが行方不明になったらしいんですよ。誰も行き先を知らねえ。一つ、シャーロット嬢に解決を頼んでもらっていいですかい?」


 なんと、今回はナイツからの依頼で事件が始まるのだ。

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