第161話 落ちていた眼鏡

 途中、なぜかケイ教授も同行してきた。


「よろしくお願いします。やあ、ラムズ侯爵令嬢、今回は王都で評判のあなたのお手並みを拝見できると聞いて馳せ参じました。えっ、僕の研究ですか? ハハハ、一日や二日休んだところでどうということはありませんから」


「そうですのねえ。では色々お手伝いもお願いすると思いますわ」


「ええ、なんでも言い付けて下さい!」


 なんだなんだ。

 私がわけわからない、という顔をしてたら、オーシレイがボソッと呟いた。


「あいつはああだから、出世ができんのだ。本気になると仕事を投げ出して飛びつくから、先に成果をさらわれた研究が幾つあると思っている」


「ははーん。そういう人なんですね」


「そういう男なんだ。だから、あいつが冷静に研究を進めている間は、気になる相手はいないということだ」


 三人娘、残念。

 というかケイ教授、どうも本当にシャーロットにご執心の様子だ。


 彼女と談笑しながら、基本的には賛同したりシャーロットの言葉を褒めたりしている。

 これを後ろから、私とオーシレイが生暖かい目をして見つめているわけだ。


 空っぽな褒め言葉は逆効果では? とは思うが……。

 シャーロットの長広舌が絶好調で回っているので、彼女は彼女で楽しくやっているようだ。

 まあいいか!


 そして、事件現場である教授の家に到着した。

 イリアノスから招かれた有名な学者であるらしく、家はヴァイスシュタットが用意した借家らしい。


 憲兵隊が既に到着していたけれど、オーシレイの顔を見て、一様にハッとした。


「で……殿下! どうぞどうぞ……」


 顔パスだ。

 便利だなあ。


「ヴァイスシュタットはどこに行くにも、色々確認を求められて不便だと思ってたけど、殿下と一緒ならどこでも行けますね」


「王都だと大概のところでお前は顔パスだからな」


「えっ、そうでしたっけ!?」


 オーシレイに思いもよらぬことを言われた。

 そう言えば……。

 私が行くと、みんな快く通してくれるような……。


 こうしてなんの抵抗もなく屋内へ。

 事件があったのは教授の書斎で、床の上には血痕があった。


 憲兵たちが調べて回っている。

 彼らはオーシレイに気付くと、立ち上がって敬礼した。


 オーシレイが頷く。


「教授は俺の友の同僚だ。他人ではない。俺も事件解決に手を貸そうとやって来た。おい、顔をひきつらせるな。捜査をかき回すつもりはない。ここにラムズ侯爵令嬢がいる。おお、その顔は知っているな? そうだ、王都で次々に事件を解決している、噂の推理令嬢だ。彼女に事情を話してくれ」


 シャーロットの噂は彼らもよく知っていたようで、わーっと集まってくる。

 そして、見つかった証拠などを並べつつ、わいわいと話し始めた。


 ケイ教授がしれっと混じっている。


「証拠品はこの眼鏡ですの? なるほど……。ただの眼鏡ではありませんわねえ」


 シャーロットが、金色の眼鏡を手にして眺めている。

 指紋とか大丈夫なのかな?


「指紋は取ってあります。この家で働いている者たちのそれとは異なりました」


「ということは侵入者ですわね。ふーむ……これ、ただの眼鏡ではありませんわね。遺跡の産物ですわ」


「なんだと!!」


 オーシレイが話の輪に飛び込んでいった。

 そう言えば彼、専門家なのだった。


 エルフェンバインの王族は、政務を行う一族としての顔の他に、専門分野を持つよう教育される。

 イニアナガ陛下は政治に近い、法学と歴史学。

 オーシレイは遺跡学というわけだ。


「遺跡の産物は、特定の動力を用いて稼働する。これは眼鏡のつるの部分が太くなっているだろう。そして、不自然な重みがある。素材は樹脂のようだが……内部に機械の構造が存在している」


「つまりこれは、特定の機能を持った眼鏡ですのね」


「そうなるな。この形を取っている以上、レンズの側に何かを投影する、あるいはレンズで捉えたものを分析する機能があるものと見て間違いない。どれ」


 オーシレイが眼鏡を掛ける。

 憲兵たちがアッと声をあげたが、もう止められない。


 彼は周囲をぐるりと見回す。


「ふむ、なるほどな」


 眼鏡を外した。


「教授の書架にある本が、何冊か光って見えた。これと、これとこれと……。どれも、通常の本ではない。遺跡の発掘物だ」


「殿下が大活躍してる」


「ううっ、僕の出番がなくなってしまった。あれはオーシレイの専門分野だからね……。ラムズ侯爵令嬢の歓心が彼に移ってしまう……心配はいらないんだったな」


 なんで私を見ているんだケイ教授。


「これで犯人の動機は判明しましたわね!」


 シャーロットが宣言する。

 彼女の中で、謎の一つは解けてしまったらしい。


「それは何だ? こんな眼鏡を持ち出してまでやることとは……」


「質問の答えは、ケイ教授が知っていますわよ」


「え、僕?」


「はい」


 シャーロットが微笑んだ。


「ヴァイスシュタットでは、厳密な管理を要求されるはずの遺跡からの発掘品を、教授個人が所有していてもいいのですか?」


「え? いや、それは駄目でしょう。発掘品は、発掘された国の遺産か、あるいは国に登録された後に然るべき人物が管理を委託され、所有する。個人のように見えても、その人物は国からの信頼を受けた所有者ですよ」


「では、この家の教授はそういう方でしたの?」


「彼は民俗学の教授なので、遺跡とは関係ないですね」


「では不正所持ですわね」


「そうなるな」


 シャーロットとオーシレイが頷きあった。

 その途端、憲兵たちが動き出す。


「教授を探せ!」


「確保しろー!」


 家の中で捕物が始まってしまった!

 かくして、被害者であったはずの教授は、別件の容疑者として捕まってしまったのである。

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