第159話 一件落着?
聞き込みをしているシャーロットを発見したので、彼女の手を引っ張って研究室まで連れてきた。
「証拠があったのよ! 確認して!」
「犯人は絶対そういうのを残しているでしょうから、後の楽しみに取っておいたのですけど。どうやら思った以上に迂闊な相手だったようですわね」
到着したシャーロットは、机の上についた足跡を眺めて、近づいて触って、ふんふんと頷いた。
「これは殿方の足跡ですわね。女性のものではありませんわ。ほら、靴跡が殿方のものですし、そもそもアカデミーに通う女学生はこのような靴を履きませんわ」
「男の靴を履いて偽装したという可能性はないのか?」
オーシレイの問いに、ケイ教授もうんうん頷く。
「ありませんわ。殿方と女性では足の大きさが違いますもの。例外はございますけれども、女性の足のほうが細くて、力も弱いから合わないサイズの靴を履いて、跡が残るほど踏みしめるなんてことはできませんわね。つまりこれは、犯人に仕事を依頼された殿方のもので、しかも盗みに関しては素人。こうも無頓着に跡を残していくのですもの」
シャーロットはさらりと、相手のタイプまで推理してみせた。
「す……凄いな彼女は。こうもさらりと状況を整理して、しかも相手を推測してみせる知的な女性なんて初めてだ」
おや……?
ケイ教授の目がキラキラしている。
「いかん」
オーシレイが呟いた。
なんだなんだ。
「よし、シャーロット。この様子なら犯人は完全に分かっているな? 案内しろ。ジャネットも来るといい」
「ええ、もちろん」
「あー」
去っていくシャーロットに、ケイ教授が残念そうな声を出した。
彼もついて来たがったのだが、その後すぐに憲兵がやって来て聞き込みを初めたので、研究室からは出られない。
ということで、私たちは研究室の外側にやって来た。
ケイ教授の部屋は一階。
簡単に窓から飛び出せる。
「足跡がありますわね。一応は消そうと上から踏みしめた跡がありますけれど、むしろ証拠を増やしてしまっていますわ。犯人の体格はオーシレイ殿下くらいの背丈で、もっと肩幅が広く、細かいことが苦手なタイプ……。武官ですわね。もっと細々としたことが得意な男性はいるでしょうに、そういう手合を連れていない方と言えば……」
「外国から来た二人の方?」
「ええ、そうなりますわ」
私の言葉に、にっこり笑って頷くシャーロット。
「イリアノスでもいいのですけれど、あちらは文化的にまだエルフェンバインに近いでしょう? 恐らくもう少し、形跡を隠せるような準備をしてくるのではないかと思いますわ。ご覧くださいな」
シャーロットが指し示した先に、はっきりと靴跡。
先が尖った靴だ!
「アルマース帝国の靴ですわ。砂漠の砂の上をしっかり踏みしめて歩くことには向いていますけれど、柔らかな土の上ではしっかりとつま先の形も残ってしまいましたわね」
これで、実行犯は明らかになった。
残ったかすかなにおいを頼りに、バスカーも走り出す。
私たちを振り返りながら誘導するバスカー。
賢い。
アカデミーは、大きな犬がトコトコ小走りしているので、ちょっと騒然となった。
その後に私とオーシレイが来て、また騒然となった。
「ヴァイスシュタットは何をやっても目立つところねえ……」
「普段ジャネット様が自然体で活動できる、王都がちょっとおかしいのですわよ」
「そうなの……!?」
「俺もちょっとあの街は変だと思っていた」
「一国の王子がそんなこと言うの!?」
「あれだけ事件が起こっても、みんな平然と暮らしているだろう。肝が据わっているな。ああ、いたいた」
オーシレイが三人娘を発見した。
三人でわいわいと言い合っている。
「よろしいかしら! 答案盗難事件の犯人さん!」
シャーロットが声を掛けたら、彼女たちはビクッとなって固まり、ゆっくりと振り返った。
三人を守るように、護衛らしき連中が飛び出してくる。
『わふ』
バスカーが彼らを睨む。
護衛が思わず身構えた。
「ああ、いたいた、いましたわね。はい、この方が答案を盗んだ犯人ですわ」
シャーロットが、アルマース帝国からの留学生、セレーナの護衛を指差した。
髭面のその男性は無表情だ。
しらばっくれるつもりかな?
「あの研究室の窓下には、特殊な土が敷き詰められていましたの。ケイ教授の研究の一端で、あの場所から離れてしばらくすると徐々に黄色く色づくのですわ。ほら、靴が黄色いでしょう」
そこで髭面の男性、ギョッとして足を持ち上げ、靴裏を確認する。
どこも黄色くなっていない。
彼は露骨にホッとした。
「どうやら間抜けは見つかったようですわね」
ニヤリとシャーロットが笑った。
ハッとする髭面の男性。
セレーナはわなわなと震えている。
「そ、そ、そんなのは状況証拠でしょう!! やった証拠がないです!!」
「ええ、ありませんわ。事も答案の盗難くらい。宿にも侵入していないわけですし……憲兵隊さえ焚き付けなければ穏便に済んだのでしょうけれど」
「そうねー」
私が同意し、
「これは国際問題だな」
オーシレイが真顔でそんなことを言うので、三人娘の顔が泣きそうになった。
一国の王子がそういうことを口にするのは洒落にならない。
「で……出来心だったんです!! その、辺境伯名代に教授を取られるんじゃないかって……!」
「噂では凄い女傑で、でも本人来たらすっごい美人だし、私たち焦っちゃって……!」
「お願いします、命だけはー!」
泣き出してしまった。
泣けば済むと思っているのかわいいなあ。
「ジャネット様、笑顔がとても怖いですわよ」
「あ、ごめん。戦場モードになってた。でも、今回はこうして収まったから、一応は許してあげる」
私の言葉に、セレーナの護衛のお髭がホッとした顔をした。
「次はない」
「将の器だ」
髭面がボソッと呟いて、なんか目の色が変わる。
あれは辺境の兵士たちが、戦場で私を見る目と一緒だぞ。
……ということで。
答案の盗難事件はあっという間に解決したのだった。
ケイ教授の歓心を巡って争う三人娘は、外敵っぽい私の登場に一致団結して挑んだが、粉砕されたと。
その一方で、ヴァイスシュタット滞在中、ケイ教授がやたらとシャーロットにアプローチを掛けてくるようになったのはまた、別の話である。
三人とも、敵を見誤っていないかい……?
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