かしまし三人女学生事件

第155話 オーシレイのお誘い

「俺の学友がヴァイスシュタットで教授をやっていてな」


 いきなり訪ねてきたオーシレイがそんなことを言った。


「ヴァイスシュタットっていうと、イリアノス神国との国境沿いでしょう。王都に次ぐ大きな街だと聞いたけれど」


「ああ。あそこはイリアノスとアルマース二国との交流も盛んだ。少々調べ物をするので、俺はあの街に行くのだが。お前も来ないか?」


「私が?」


 私はきょとんとした。

 ここは我が家の庭園。

 紅茶が満たされたカップを手に、席につくのは私とオーシレイ二人きり。


 私は少し考えた。

 視界の端で、メイド二人が行け行けゴーゴー、とサインを送ってくる。

 なんだなんだ。


 でも、確かに今後のことを考えると、オーシレイと一緒に行っておいた方がいいかもしれない。

 私に妙な粉をかけてくる人も少なくなりそうだし、何より現状の路線だと、彼が私の夫となる可能性が最も高いからだ。

 十中八九そうでしょ。


「じゃあ行きましょ」


 私が返答すると、オーシレイが実に嬉しそうに微笑んだ。

 そんなに心配してたのか……。

 彼のことは人間的に嫌いではないので、別に一緒に旅行するくらいはやぶさかではない。


 何より今は、シャーロットが王都を留守にしている。

 私も手持ち無沙汰だったところだ。


 こうして、私たちは旅立った。

 おともは、オーシレイの護衛や身の回りの世話をするメイドたち。


 あとはバスカーとピーター。


 オーシレイは行く先々に、カーバンクルのピーターを連れて行っているらしく、せっかくだから今回は、友達であるバスカーも一緒にしようという提案だった。

 これは素晴らしい心配り。


 大きな大きな馬車が、ヴァイスシュタット目指して走っていく。

 車中では、お腹を見せて転がったバスカーの上を、ピーターが『ちゅっちゅっ!』とか言いながら走り回っている。

 二匹は今日も仲良しだ。


「最近はシャーロットとばかり遊びに行っているのか?」


「ええ、そう。……あれ? 私って友達が少ない……?」


「少ないかも知れんな……」


 シャーロットともに出掛けるのは、行く先々でほぼ必ず事件が発生して巻き込まれるので、遊びと言うには語弊がある気がする。

 だけど結局楽しいから、遊びなのかも知れない。


 問題は、シャーロットとの刺激的な毎日に慣れた私が、他の貴族令嬢たちとの優雅な遊びに満足できないところである。

 これはまずい。

 今度、カゲリナとグチエルを集めて相談しなければ。


 一般的ご令嬢の遊びに、あの二人は詳しいのだ。

 オーシレイに言われなければ気づかないところだった。


「なんで胸をなでおろしているんだ」


「いえ、助かったなって思って。もう少しで社会不適合者になるところでした」


「そうか」


 オーシレイはよく分からない顔をした。

 その後、馬車の中で、最近の王宮はどうだとか、辺境伯からたくさんの蛮族からの回収物が届いただとか、そういう話になった。

 どうやら、王家と我が家との関係はかなり良好らしい。


 これは父が、私の外堀を埋めに掛かっているのではないか。

 いや、これはオーシレイを一度、辺境に連れてこいという事だろう。


 実際に会って剣を交えてみたいに違いない。

 あの人は戦って相手を理解するから。


「オーシレイ殿下は」


「オーシレイでいい。ここは二人きり……いや、二人と二匹きりだ」


『わふ!』


『ちゅっ!』


 ちょっと自分たちの話題になったと気づいた、バスカーとピーター。

 顔をあげて、なんですか? とこっちを見る。


「しまった、呼び方を改めさせるどころではなくなってしまった」


「ほんとですね」


 私は思わず笑った。


「でも、二人の時はお言葉に甘えて、オーシレイと呼びます」


「ああ、そうしてくれ!」


 嬉しそうだなあ。

 その後、私たちはもふもふたちと遊びつつ、旅程を消化したのだった。


 到着したヴァイスシュタット。

 真っ白な城壁に囲まれた、白を基調とした美しい都市だ。


 エルフェンバイン第二の都であり、イリアノス神国とアルマース帝国が交わる分岐点に存在する国際都市である。

 ちなみに城壁は一見するといびつな形をしているのだけれど、これは中に外敵排除用の仕掛けが色々施されているせい。


 美しい見た目に反して、実は王都よりも遥かに強固な城塞都市でもあるのだ。


 入り口では、ヴァイスシュタットを管理する、ヨルムンガンド公爵に仕える騎士たちが出迎えてくれた。

 エルフェンバイン二つの公爵家のうちの一つ。


 普段はヴァイスシュタットに常駐していて、王都にはやってこないのだ。

 ここはエルフェンバインにとっても要衝だから、空けるわけにはいかないのだろう。


 色々面倒くさいやり取りや手続きを、私はのんびりと眺めた。


 馬車の天蓋がオープンになり、私とオーシレイでヴァイスシュタットの人々に姿を見せ、手を振ることになる。

 なんだこれは。

 もうロイヤルなカップルみたいに見られているじゃないか。


 早い、早すぎる。

 私はそんなことを考えつつ、笑顔を浮かべて上品に手を振った。


 こうして私たちは、ヴァイスシュタットのアカデミーへ。

 ここがオーシレイの目的地だ。


 そこで私は……思わぬ人と再会することに。


「あれ? シャーロット?」


「あら、ジャネット様じゃありませんか」


「なん……だと……」


 固まるオーシレイ。

 二人きりだと思った先に、私の相方であるシャーロットがいたのだ。


「お前たち二人が揃ったということは、またここで騒動が起こるのではないか」


「何を仰ってますの?」


 きょとんとするシャーロットだったが、私には確信めいた予感があった。

 絶対にまた何かが起きる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る