第129話 その男、善人

 ということで、ゼンニーン家へ到着。

 憲兵たちもそろそろ撤収するというので、後片付けをしているところだった。


「やや、おかえりなさいお二人とも」


『わふわふ!』


「おお、ごめんなワンちゃん」


 オッペケ氏が私たちに声を掛けたら、無視されたと思ったのかバスカーが抗議の声を上げた。

 そこでサッと修正できるあたり、オッペケ氏は優秀だなあ。


『わっふー』


 バスカーが満足げだ。


「ほらバスカー。これからが君のお仕事でしょ」


『わっふ!』


 そうだった、とハッとするバスカー。

 てこてこと家の中に入り、壁の辺りをくんくん嗅ぎ始めた。


『わふ』


 壁を前足でガリガリする。


「ここ?」


「ああ、この辺りは不自然に分厚い壁があるところですわね」


 シャーロットはにんまり。

 壁をコツコツ、とノックした。


 場所を変えてノック。

 またまた、別のところをノック。


 すると、私の耳にも、壁の向こうでゴソゴソっと音がするのが聞こえた。


「何かいる!」


「ええ、いるでしょうとも! ここですわね! バリツ!」


 シャーロットが見事な蹴りを放ち、壁の一部をぶち抜いた──かと思ったら、そこが扉になっていて、蹴り開けられたのだ!


「ウグワー!」


 奥にいた誰かが、扉に押されて倒れた。

 それは誰かと言うと……。


「おやおや!? これはタクランダー氏!?」


 後ろから覗き込んだオッペケ氏が、目を丸くした。


「死んだはずでは……。というか、どうしてこんなところに? いやいや、そもそもどうしてこの家に隠し扉が?」


 私が疑問を口にするまでもなく、全部オッペケ氏が言ってくれた。


「簡単な推理ですわ」


 得意げなシャーロット。

 来たぞー。


「タクランダーは死んでいなかったのです。あれは替え玉の死体ですわね。だからこそ、炭化させて誰なのか分からなくしていたのですわ」


「な、なんだってー!!」


 オッペケ氏と、まだ残っていた憲兵たちが叫ぶ。

 リアクションがとてもいい。

 シャーロットと憲兵が仲良くなるはずだ。


「タクランダー氏は、こうしてゼンニーン家の増改築の依頼を受けて、様々な隠し部屋のある改築を行いましたわ。これは外から見るよりも、隠し部屋のスペースがあるようですわね。トイレに台所まで設置されていますわ。あ、二階はロフトの寝室ですのね」


 隠し部屋はなかなか広々としていた。

 ここでタクランダーは、のんびり暮らしながら何かを企んでいたのだろう。


 ふと、部屋の中に目立つものがある。

 これは……。


「これ、ゼンニーン家の奥方の写真ですわね」


 写真というのは、エルド教の祭器によって作られる、まるで人物や風景を写し取ったかのような絵のことだ。

 一枚描いてもらうだけでも、凄い金額がかかると思ったけれど。


 そこにあったのは、若き日のゼンニーン家夫妻とタクランダー氏が笑顔で並んでいる一枚だったのだ。


 私は色々察した。


「恋破れたのね……」


「うう……」


 タクランダーが呻いた。


「私は……彼女を諦められなかった……! だから努力して建築家として名を上げた。だが、満たされなかった! だから金を集めた。ひたすら金を集めたのだ! だがそれでも満たされなかった! やはり彼女でなければダメなのだ……! だが、だが! 未だに彼女の心はあいつの元にある! しかもあいつは……本当に根っからの善良な男でいいやつなのだ……!!」


 なんか魂からの叫びだ。

 色々悩んだ末に、ついに犯行に及んだと。


 自分を殺したのがゼンニーン家のご主人だとして、濡れ衣を着せたのだ。

 タクランダーが、どうも心苦しそうな顔をしているので、どうやら良心の呵責を感じているらしい。


 そりゃあそうだろう。

 ゼンニーン氏は、良くない評判のあるタクランダーに仕事を依頼するくらいなのだ。

 若い頃からの友情を、ずっと信じているいい人なんだろう。


「そもそもあなた。そうやってゼンニーン氏が投獄されたとしても、奥方には近づけませんでしょう?」


 シャーロットが不思議そうに言った。


「えっ、どうして」


 きょとんとするタクランダー。


「だってあなた、死んでるんですもの。出てきたらゼンニーン氏が釈放されて、やっぱり奥方と一緒になりますわよ」


「あっ!!」


 それは盲点だった、と愕然とするタクランダー。

 うーん!

 なんだろう、ちょっと間の抜けた人だ。


「はいはい、じゃあひっ捕らえますよー。シャーロット様、ワトサップ辺境伯代理、ご協力感謝します」


 オッペケ氏は私たちに敬礼すると、憲兵に指示を出してタクランダーを拘束。

 連れて行ってしまった。


 その後の話だけれど、逮捕されてやって来たタクランダーを見て、ゼンニーン氏はとても喜んだらしい。


「生きていたのか! 良かった!」


 そう言ったところで、タクランダーの心は完全に折れて、事件を自白したらしい。

 炭化していた死体は、下町から持ってきた行き倒れのものだったようで、この事件で死者はなし。


 タクランダーは迷惑行為をしたということで、半年間の強制労働の刑に処されることとなった。

 後日、デストレードから聞いた話では、


「あのゼンニーン氏はとびきりの善人ですね。タクランダーの減刑を申し出て、保釈金を払うとまで言ってきたんですよ。まあ、今回は幸い、誰も犠牲が出ていないこと。そして本人が自白したんで、タクランダーの罪は軽くなると話しましてね」


 今ではゼンニーン氏は、奥方と二人で、粛々と労働をしているタクランダーに休日ごとに会いに行っているとか。

 なんだかんだで、三人の友情は健在だったのだ。


「私は今回の件で、犯人にも良心の呵責ってあるんだなあってびっくりした」


「それはそうですわよ」


 シャーロットが紅茶を飲みながら告げる。


「人並みの想像力があって、きちんと自分の頭で物を考えられる方だからこそ、タクランダー氏は失敗しましたのよ。彼はとても人間的だったということですわ」


 タクランダー邸の仕事道具はよく整備され、盗みが入らないように常に憲兵が見張っているらしい。

 表向きは、強制労働から帰ってきたタクランダーが逃げ出さないようにだけど。


 大事件になるかと思ったら、実際は一方通行の恋愛感情の暴走だった。

 それもきっと更生できるだろうという見通しもある。


「たまにはこういう、後味のいい事件も悪くないわねえ」


「そもそも、事件が起きなければいいのですけれどね!」


 私の言葉にシャーロットが返し、二人で笑い合うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る