空き地の冒険~シャーロットの帰還~

第122話 シャーロット久しぶりの事件

 さて、王立アカデミーに滞在する時期も半分が終わり、本日から二年目。

 私こと、ジャネット・ワトサップ辺境伯代理は一つ年を重ねて成長した……と思いたい。

 多分成長した。


 ちょっと背も伸びたし。


 シャーロットとジャクリーンが争ったあの事件から、すでに三ヶ月が過ぎていた。

 あれから王都は比較的平和で、シャーロットは仕事を休んで実家に帰っていたようだ。


 連続で色々な事件を解決し、最後にはジャクリーンとはげしく戦ったわけだから、疲れていたのだろう。

 私と言えば、王都の毎日がちょっと退屈になった。


 カゲリナとグチエルがしょちゅう遊びには来るから、全くやることが無いわけじゃないけれど。

 今日はカゲリナがテリアのポーギーを連れてきた。


 小さな友達がやって来たバスカーは大喜びで、ポーギーと庭を駆け回っていた。

 庭師仕事にならなくて困っている。

 今日初めて来た新人の庭師らしくて、ひょろっとした彼が、バスカーたちから逃げ惑っている。


 あっ、剪定したばかりの低木にバスカーが突っ込んだ。

 あの子ったら、妙に庭師の近くにまとわりつくなあ。


「ジャネット様! いよいよ今年はアカデミーを卒業ですけれど」


 カゲリナの鼻息が荒い。


「どうしたのどうしたの。近い近い」


「それはもう、興奮します! だって、ジャネット様はアカデミーをご卒業なさったらオーシレイ殿下のご求婚を受けるのでしょう?」


「ええ!?」


「貴族の間では話題になっていますよ! 私たちの頼れるお姉さまだったジャネット様が、オーシレイ殿下とご結婚……素敵……」


「ちょっと待ってグチエル。話についていけない」


 いつの間にそんなことになっているのだ。

 そもそも、オーシレイが求婚どころか、王家と辺境伯家の婚約は破棄されたままなのだ。

 私とオーシレイが婚約者になったとかそういう話は全くない。


 どうしてみんな、既成事実のようにそんな事を……。


「あら、だって。最近のジャネット様ったらオーシレイ殿下の研究室にちょこちょこ行かれてるでしょう?」


「殿下がこのお屋敷を訪れたりもしてますし!」


「それはほら、カーバンクルのピーターを連れてきてるの。あの子もバスカーのお友達だし。それに、辺境からちょこちょこ、蛮族から回収した遺跡の品が届くからね。オーシレイに鑑定してもらってるのよ」


 これは全部本当。

 全くこれっぽっちも、私とオーシレイの間にはロマンチックな関係など無いはずなのだけど。


 言われてみれば確かに、最近はなんだかんだと用事があって、彼と週一で会っては最後にお茶をしている。

 傍から見ると、勘違いされても仕方ない状況なのでは……?


「それでジャネット様としては、どうなのです? オーシレイ殿下のこと、どう思われてるんです?」


「うーん……。変な人ではあるけど、嫌いではないわね。ああいうなにか一つの事に打ち込んでいるタイプの職人肌は、個人的には好ましいかも」


 私が返答したら、カゲリナとグチエルが抱き合って、キャーッと黄色い声をあげた。

 なんだなんだ!?


「それってそれって、もう決まりじゃないですか!」


「あ~、二人は両思い!」


「待て待て待って」


 いけない、カゲリナとグチエルの暴走が止まらない。

 去年は、私の下についてから、色々と気を使ってる感じがあったのに。

 今年は妙にフレンドリーだなあ……!


 結局、オーシレイとのことで根掘り葉掘り話を聞かれたあとで、二人はすっかり満足したらしい。

 紅茶のお代わりをしつつ、まったりしている。


 その頃には、バスカーはすっかり大人しくなり、ポーギーを頭に乗せて庭師の仕事を眺めている。


「そう言えば。このお話をするつもりで来たのに、すっかり忘れてました」


 グチエルが口を開く。

 どうやら、二人がうちにやって来た本題は、私とオーシレイの仲を調べることではなかったらしい。


「あのですね。最近、昇格した貴族の屋敷跡が更地になったのですけれど。そこで死体が見つかって」


「空き地に死体が?」


「はい。前々から、空き地が良からぬことに利用されている、と言う噂だったんですけど。貴族の不良息子たちが集まって、空き地で賭け事をしてると」


「ふうん……」


 賭け事の末に、いさかいが起きて人死がでたんだろうか?

 グチエルが噂を持ってきたということは、それなりに貴族たちの間で広まっているのかも知れない。


「ははあ、殺人事件ですね」


 突然、後ろから声がした。

 びっくりして振り返ると、いつの間にか庭師がいる。


 ひょろっとした彼は、帽子と頬かむりのせいで顔がよく見えない。

 声は男の人にしては高い気がした。


「あなた、興味があるの?」


「それはもちろん」


 庭師が答える。

 妙な趣味の庭師もいたものだ。


 私は正面に向き直ると、冷めてしまった紅茶をぐっと飲み干す。

 ふと目を上げると、カゲリナとグチエルが目と口をぽかーんと開き、呆然としている。


「なに? どうしたの?」


「ジャ、ジャネット様!」


「うし、後ろ!」


「はい?」


 後ろには庭師がいたはずだけれど。

 すると、


『わふ!』


 バスカーの元気な声が間近で響いた。


「もう、バスカーったらにおいで気付いてしまうんですもの! ジャネット様を驚かせるつもりだったのに!」


 聞き覚えのある声もする。

 この声は……!


 振り返った私の目の前には、見慣れた人物がいた。

 すらりと長身で、活動的なブラウンのチェック模様のスカート姿。

 猛禽を思わせる鋭い目つきの彼女は……。


「シャ、シャーロット!?」


「はい。シャーロットですわ。ただいま王都に戻りましてよ?」

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